「ある人にいわれた言葉が忘れられない」
そうした経験が誰しも一度はあるのではないでしょうか。
もしかしたら、それは言葉の内容よりも、その人の「声」に秘密があるのかもしれません。
米シカゴ大学(University of Chicago)の研究チームはこのほど、他人の記憶に強く残りやすい声質があることを発見しました。
それはどんな特徴を持つ声だったのでしょうか?
研究の詳細は2025年2月26日付で科学雑誌『Nature Human Behaviour』に掲載されています。
目次
- 忘れられない「声」は存在するのか?
- 「覚えやすい声」と「忘れやすい声」があった!
忘れられない「声」は存在するのか?

私たちは日常生活の中で、常に多くの声に晒されています。
しかし、なぜか特定の人の声だけが心に強く残ったり、何年経ってもふと蘇ったりすることはないでしょうか?
それは声の高さや話し方の特徴によるのか、それとも単にそのときの印象や感情、話の内容によるものなのか、研究者たちは疑問に思ってきました。
これまで、記憶に残りやすいものといえば、顔や風景、物体などの“視覚的な刺激”が中心に研究されてきました。
たとえば、顔の記憶に関する研究では、特定の顔は他よりも一貫して覚えられやすいことが示されています。
一方で、聴覚的な刺激、特に「声」に関しては、これまで体系的な調査はほとんど行われていません。
音は移ろいやすく、内容や状況に左右されやすいと考えられていたため、声そのものに普遍的な記憶特性があるかどうかは不明だったのです。
研究チームはこの点に着目しました。
彼らは聞き手の個人的な経験や感情を超えて、声そのものに「覚えやすさ」の違いが存在するのではないか、という仮説を立てたのです。
「覚えやすい声」と「忘れやすい声」があった!
今回の研究では、アメリカ英語話者の音声クリップを収録した大規模データベース「TIMITコーパス」が使用されました。
この中から選ばれた多数の音声クリップを3,000人以上のオンライン参加者に聴かせ、記憶課題に取り組んでもらいました。
具体的に説明すると、参加者は次々に流れる短い音声クリップを聴き、以前に聴いたことのある声を認識したらキーボードのキーを押す、というシンプルなタスクです。
その結果、驚くべきことに、誰が聞いても「覚えやすい声」と「忘れやすい声」が一貫して存在することが分かりました。
個々人の過去の経験や集中力の状態にかかわらず、覚える声・忘れる声には大きな一貫性があったのです。

チームは各声クリップについて、ピッチ(基本周波数)、音量、テンポ、母音の発音パターンといった音響的特徴、さらには方言やパーソナリティ特性(別途実験で主観評価されたもの)を数十項目にわたり測定しました。
これらの特徴を統合したコンピューターモデルを作成したところ、モデルは声の記憶に残りやすさをかなりの精度で予測できることが明らかになりました。
特に、声のピッチが高く、音量が大きい声は記憶に残りやすい傾向があることが示されています。
反対に、声の高さが低かったり、音量が小さかったり、テンポが遅く、発音がはっきりしていないなどの特徴を持つ声は、忘れられやすかったようです。
この結果は、視覚刺激だけでなく、聴覚刺激にも”本質的な記憶に残りやすさ”が存在するという新たな理解をもたらしました。
単なる個人差や感情、話の内容の問題ではなく、声そのものに普遍的な特徴があったのです。
今回の研究成果は、バーチャルアシスタント、ポッドキャスト、オーディオブックなどをより印象深くするための設計に応用できる可能性があります。
さらに将来的には、記憶障害を持つ人々を支援するために、特別に設計された音声コンテンツやナビゲーション支援が開発されるかもしれません。
参考文献
Study shows that some voices are more memorable than others, irrespective of who is listening to them
https://medicalxpress.com/news/2025-03-voices-irrespective.html
元論文
The memorability of voices is predictable and consistent across listeners
https://doi.org/10.1038/s41562-025-02112-w
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部