森林浴をしたり、川沿いを歩くことで、ストレスが軽減され、リラックス効果が得られることはよく知られています。
しかしみなさんの中には、大都会の真ん中に住んでいるので、近くに自然環境がないという方も多いでしょう。
そんな方々に朗報です。
フィンランド・トゥルク大学(University of Turku)らの最新研究で、実際に自然の中に行かなくても、頭の中で自然の風景を思い描くだけでストレスが軽減されることがわかったのです。
仕事や私生活に疲れたときは、静かな森や川辺を思い浮かべるといいかもしれません。
研究の詳細は2024年6月5日付で科学雑誌『Journal of Environmental Psychology』に掲載されています。
目次
- 写真や映像でも「癒し効果」が得られる
- 自然環境を思い浮かべるだけでリラックスできる
写真や映像でも「癒し効果」が得られる
多くの人が「自然の中に行くとリラックスできる」と感じた経験があるのではないでしょうか。
森林浴や海辺の散歩、公園での読書など、自然とのふれあいは心身の健康に良い影響を与えることが知られています。
このような自然の効果は、心理学の世界では「ストレス低減理論(Stress Reduction Theory)」や「注意回復理論(Attention Restoration Theory)」といった枠組みで説明されています。
しかし最近では、現実の自然に触れなくても、写真や映像、さらにはバーチャルリアリティでも同様の癒し効果が得られることがわかってきました。

では、もし自然の中に「実際に行くことすらできない」場合はどうでしょうか?
たとえば都会の真ん中や病院のベッドの上でも、頭の中で自然の風景を思い描くことで、同じように心が癒されるのでしょうか?
この疑問を出発点に、今回の研究は設計されました。
研究者たちは「人間の想像力(メンタル・イメージ)」そのものが、実際の経験と同様の生理的・心理的な反応を引き起こす可能性に注目したのです。
自然環境を思い浮かべるだけでリラックスできる
研究チームは今回、トゥルク大学の学生50名を対象に、以下のような実験を行いました。
まず、参加者には負荷の高い計算問題に取り組んでもらい、意図的にストレスを与えます。
その後、参加者は「自然に関連する単語(森、花、湖など)」と「都市に関連する単語(バイク、バー、交差点など)」をそれぞれ5分間聞きながら、それぞれの情景を頭の中で思い描くよう指示されました。
研究チームは、主観的な回復感の自己評価に加えて、心拍数・心拍変動・皮膚電気活動といった生理的な反応も測定しました。
その結果、自然のイメージを思い描いた後の方が、都市のイメージよりも明らかに「心身ともにリラックスしている」ことが示されました。
たとえば、心拍数は自然イメージ中に下がり、副交感神経の働きが高まって、身体がリラックス状態にあることが示されました。
さらに皮膚電気活動の指標でも、自然イメージの方が強く反応しており、ポジティブな感情的覚醒が促されたと考えられます。

それと同時に、この効果は「自然が好き」という個人の好みにより強く影響されていました。
つまり普段から自然に対して親しみを感じている人ほど、自然にそれほど関心がない人に比べて、想像による癒し効果が強かったのです。
興味深いのは、これらの効果が「実際の自然体験なし」で得られたという点です。
これは自然へのアクセスが難しい人にとって大きな意味を持ちます。
たとえば入院中の患者や都市部で暮らす人々にとって、「自然を思い描く」だけでも心のケアにつながる可能性があるのです。
今回の研究は、従来の「自然に行くことが必要」という前提をくつがえす、興味深い一歩となりました。
皆さんが仕事や私生活に疲れたときは、少し目を閉じて、森の中の小道を思い描いてみてはいかがでしょうか。
参考文献
No park? No problem. Just imagining nature can ease your stress
https://www.psypost.org/no-park-no-problem-just-imagining-nature-can-ease-your-stress/
元論文
The restorative effects of mental imagery of nature: A study on subjective and physiological responses
https://doi.org/10.1016/j.jenvp.2024.102346
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部