「火星に生命は存在したのか?」
その壮大な問いの答えに一歩近づく発見がなされたようです。
フランス国立科学研究センター(CNRS)はこのほど、火星探査車「キュリオシティ」が採取した岩石試料から、これまで火星で見つかった中で最大の有機分子を発見したと報告しました。
研究者らは「生命誕生につながる化学反応が、火星では予想以上に進んでいた可能性がある」と話しています。
研究の詳細は2025年3月24日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されました。
目次
- 火星には約37億年前に「湖」があった
- 史上最大の有機分子は何を意味する?
火星には約37億年前に「湖」があった

キュリオシティは2012年に、火星の赤道付近にある「ゲール・クレーター」へと着陸しました。
それ以来、「火星にかつて生命が存在していたのか」あるいは「生命誕生に近い状態にあったのか」という謎を解き明かすために、地質学的な手がかりを集めています。
実際に、キュリオシティによるこれまでの調査で、ゲール・クレーターが約37億年前には水で満たされた古代湖だったことが明らかになっているのです。
キュリオシティが採取した「カンバーランド試料」と呼ばれるサンプルは、粘土鉱物を豊富に含んでおり、これはかつてこの地に水が存在したことを物語っていました。
加えて、動植物の健康に欠かせない硝酸塩が多く含まれていたり、地球上では生物由来とされるタイプの炭素からできたメタンも検出されているのです。

これらを踏まえて、NASA・ゴダード宇宙飛行センターのダニエル・グラヴィン(Daniel Glavin)氏はこう話しています。
「ゲール・クレーターには数百万年、あるいはそれ以上の長期間にわたって液体の水が存在していた証拠があります。
つまり、火星のこのクレーター湖のような環境では、生命を形づくる化学反応が進行するのに十分な時間があったと考えられるのです」
そこで研究チームは今回、生命の体を形作るのに欠かせないタンパク質を構成するアミノ酸の痕跡を探すため、新たにカンバーランド試料を調査しました。
カンバーランド試料はまだ地球には持ち帰れていないので、キュリオシティに搭載されている「SAM(Sample Analysis at Mars)」という分析装置を用い、オーブンで試料を加熱することで放出される分子を測定しています。
するとアミノ酸の証拠は見つからなかったものの、代わりに、火星で見つかった最大の有機化合物が発見されたのです。
これは何を意味するのでしょうか?
史上最大の有機分子は何を意味する?
これ以前、火星で確認されていた有機分子は、炭素数が5以下の極めて小さいものばかりでした。
ところが、キュリオシティがカンバーランド試料を新たに調べた結果、炭素原子が10〜12個も連なる長鎖の有機分子が検出されたのです。
それらは「デカン(炭素10個)」「ウンデカン(炭素11個)」「ドデカン(炭素12個)」でした。
研究者らはこれらの有機分子について、試料中に保存されていた脂肪酸の断片と考えています。
脂肪酸は、地球上では生命の化学的構成要素の一つとされる有機分子です。
生物は脂肪酸を生成して細胞膜を形成したり、さまざまな生理機能を果たしたりしています。
つまりは火星上でも生命を形作る化学反応が起こり得ていたことを示しているのです。
しかし一方で、研究者らは「脂肪酸は生物がいなくても、例えば熱水噴出孔での水と鉱物の相互作用など、さまざまな非生物的プロセスによって引き起こされる化学反応を通じて生成されることもあるため、これが直ちに生命の痕跡であるとはいえない」と注意しています。

とは言っても、これまでで最も大きな火星の有機化合物が見つかったという事実だけで、キュリオシティの科学者チームにとっては非常に重要な発見となります。
今回のようなより大きな化合物が見つかったことは、火星上の有機化学が「生命の誕生」に必要な複雑性へと進んでいた証拠となるからです。
それと同時に、こうした有機化合物の存在は「バイオシグネチャー(生命の存在を示す指標)」と呼ばれる、生命が存在する場合にのみ生成されるような大きな有機分子が、長期にわたって火星に保存されうることを示しています。
これは今後の調査で、火星に生命の痕跡が見つかる可能性を高めるものです。
その一方で、火星に送れる分子検出装置には限界があると科学者たちは認めています。
そこで研究チームは今後、火星のサンプルを地球に持ち帰って、より詳細に生命の痕跡を探していきたいと話しています。
参考文献
NASA’s Curiosity Rover Detects Largest Organic Molecules Found on Mars
https://www.jpl.nasa.gov/news/nasas-curiosity-rover-detects-largest-organic-molecules-found-on-mars/
Largest Carbon Molecules Found on Mars Build The Case For Ancient Life
https://www.sciencealert.com/largest-carbon-molecules-found-on-mars-build-the-case-for-ancient-life
元論文
Long-chain alkanes preserved in a Martian mudstone
https://doi.org/10.1073/pnas.2420580122
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部