15 %以上高いようです。
アメリカのペンシルベニア大学で行われた研究によって、ADHD(注意欠如・多動症)の傾向を持つ人々が、限られた時間内でより効率的に資源を見つけ出す――いわば「採食能力」の高さを示すことが明らかになりました。
一般には「集中力が続かない」「落ち着きがない」と捉えられがちなADHDですが、その特徴がむしろ新しいチャンスを探る「探索行動」において有利に働く可能性があるとしたら、一体どのような意味を持つのでしょうか?
研究内容の詳細は『Proceedings of the Royal Society B』にて発表されました。
目次
- なぜ“ADHD”が淘汰されなかったのか? 背景にある進化論
- 食料採取実験で明らかになったADHDの探索力
- ADHDの優れた食料採集能力が現代社会で罠にはまっている
なぜ“ADHD”が淘汰されなかったのか? 背景にある進化論

私たち人間を含む多くの生物にとって、限られた資源をどのように探し、どのタイミングで別の場所へ移動するかは、生存戦略を左右する重要なテーマです。
生態学の分野では、この「採食行動」を数理的に解き明かすために「最適採餌理論」が生まれ、蜂から鳥、サル、そして人間に至るまで幅広い種で検証されてきました。
一方で、ADHD(注意欠如・多動症)は集中力が持続しにくい、落ち着きなく動き回るといった特徴が挙げられる一方で、「探索」や「新しい刺激への強い関心」という側面も指摘されています。
ですがもしADHDが単なる障害ならば既に淘汰されてしまっていてもおかしくないのに、多くの人々に現在も残っている事実は、こうした性質が一定の環境では「才能」として働く場面もあるのかもしれません。
特に、遊牧民のような生活様式を持つ集団でADHD関連遺伝子が高頻度に見られるという報告から、ADHD的特性が環境によっては有利に働く可能性があるのではないかという仮説が提示されてきました。
しかし、実際にADHD傾向のある人がどのように資源を探索し、報酬を得る行動を取るのかは十分に解明されていません。
そこで今回研究者たちは、オンラインの「茂み採食タスク」を使い、資源の枯渇と移動コストをあえて設定した条件のもとで、ADHD自己申告スコアとの関連を徹底的に調べることにしました。
食料採取実験で明らかになったADHDの探索力

今回の実験では、アメリカ在住の一般成人457名がオンラインで「ベリーを摘むゲーム」に参加し、どれだけ効率よくベリー(報酬)を集められるかを競いました。
ゲームのルールはシンプルで、画面に表示された「茂み」からベリーを収穫し続けるか、移動時間をかけて別の新しい茂みへ移るかを選ぶだけです。
ただし、同じ茂みから収穫を続けるとベリーの数は少しずつ減るように設定されており、一方で新しい茂みへ移動するには1秒または5秒の“待ち時間”が発生します。
参加者は「短い待ち時間」パターンと「長い待ち時間」パターンの両方を体験し、合計8分間でできるだけ多くのベリーを集めようと試みました。
さらに、プレイ終了後にはADHD(注意欠如・多動症)傾向を測る自己申告によるADHDスクリーニング(※スクリーニングとは、病気や特性の有無を簡易的に調べる検査のことです)テストを受けてもらい、そのスコアとの関連が分析されました。
結果として、多くの人はベリーが減りはじめてもなかなか茂みを離れず、「もう少しだけ取れるかもしれない」と思って長めにとどまる傾向が見られました。
しかし興味深いことに、ADHD傾向を示すスコアが高かった人ほど、茂みを早めに見切りをつけて別の場所へ移動することが多く、実際に最終的なベリーの獲得率が高かったのです。
最終的にADHD傾向が高い人は、オンライン実験の「茂み採食」タスクにおいて、累積報酬で約15%、1秒当たりの獲得率で約17%ほど多くのベリー(報酬)を獲得しました。
つまり、衝動的に動き回る性質がむしろ「早めに切り上げて、新しいチャンスを探す」行動につながり、より多くのベリーを得る結果をもたらしたと考えられます。
ADHDの優れた食料採集能力が現代社会で罠にはまっている

今回の結果からは、ADHD傾向のある人が「落ち着きがない」「集中力に欠ける」という一面的な解釈だけでは説明できない可能性が浮かび上がります。
多くの動物が採食行動を工夫するのと同じように、人間も資源を「どこまで取り続けるか」と「いつ新たな場所へ移るか」を絶えず判断しています。
そのとき、ADHD特有の衝動性や飽きっぽさが「常に新しい可能性を探る」行動に結びつきやすいと考えられます。
実際、今回のオンライン実験でも、早めに茂みを離れることで得られる報酬が増え、結果的にADHD傾向が強い人ほど成績がよかったのは興味深い点です。
ただし、こうした特徴がどんな環境でも有利に働くとは限りません。
例えば、複数の選択肢をじっくり比較しなければならない課題や、一度決断すると簡単には戻れない状況では「早く見切りをつけて移動する」行動がリスクになる可能性もあります。
たとえば本研究で用いられたように「茂みを離れるか残るか」の二択しかない状況では、ADHD的な特性が早期の探索行動を促すことで報酬率を高める可能性があります。
しかし、実社会や別の実験では同時に複数の選択肢が提示され、「どれが最も有利か」を学習しながら行動しなければならないケースも多いです。
このような場合、ADHD的な特性は不利に働きます。
たとえばFrankらの研究によると、複数の選択肢それぞれに報酬の確率が設定されている強化学習課題で、ADHDの人は選択を頻繁に切り替えすぎるため、どの選択肢が高報酬かを十分に学習できず、最終的な成功率が下がる傾向があります。
つまり、複数のオプションが常に並立している状況では、ADHDの衝動的スイッチが情報収集を妨げる結果になりやすいと考えられます。
またDekkersらの研究では、「安全だが低報酬」「リスクがあるが高報酬」といった選択肢が提示される課題において、ADHD傾向の強い人は期待値の計算・比較が十分行えず、高い期待値の選択肢を選ぶ頻度が低いと報告されています。
結果を吟味してから行動を決定する必要がある場面では、じっくり考える前に衝動的に判断してしまう特性が不利に働く可能性があります。
複雑な損得計算が伴う場合には、過度な“即断”が成果を下げる要因となり得るでしょう。
それでも、環境が「複数回試行できる」「移動コストが少ない」など、探索が有利になる条件であれば、ADHDの特性は進化的な適応とみなせるかもしれません。
実際、かつて人類が狩猟採集の生活を送っていた頃、身近にある「茂み」から食料を採取し、食べ尽くしたら別の茂みに移動するという行動は、実のところ複数回の試行が容易にできる状況でした。
森や草原のあちこちには、似たような茂みや果樹などの小規模な資源が点在しており、周辺環境を熟知している集団であれば「ここはもう取りきったから、少し先の場所を見に行こう」といった移動が簡単に行えたのです。
こうした条件下では、特定の茂みにこだわり続けるよりも、比較的容易に新しい場所へ何度でも試しに足を運び、効率が悪いと感じればすぐに切り上げる「こまめな探索」が可能だったと考えられます。
こうした環境はADHD的特質が有利になると考えられ、結果として、人類の中でADHD的特質が淘汰されずに現代まで残り続けた可能性も考えられます。
条件によっては、ADHD的特質が生存を有利にした場面もあったのかもしれません。
さらに、神経科学や遺伝学の分野では、ADHDに関連するドーパミンやノルアドレナリンなどの脳内物質が「新規探索や集中力の調整」に深く関わるという知見が積み重なっています。
今回の研究結果は、そうした神経科学的メカニズムが「早めに環境を切り替えて報酬を得る」という行動パターンと結びついている可能性を示唆します。
一方で、オンライン実験という形式やコロナ禍での実施といった特殊な条件もあるため、実際にADHDが診断されている人々にどこまで当てはまるか、また現実の生活環境で同様の結果が得られるのかは、今後さらに検証が必要です。
それでも、従来は「集中力が続かない」「せっかち」とネガティブに捉えられがちだった側面に、実は「探索能力を高める」利点が隠れているかもしれないという発想は、教育現場や働き方を考える上でも新しいヒントになるでしょう。
たとえば未知の問題を解決したり、新しいアイデアを次々と生み出したりする場面では、ADHDの特性が大いに活かされる可能性があります。
さまざまな認知特性が存在する中で、それぞれがどのような条件で強みになるかを理解することは、多様性のある社会を築くうえで重要な視点といえそうです。
元論文
Attention deficits linked with proclivity to explore while foraging
https://doi.org/10.1098/rspb.2022.2584
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部