イギリスの学術調査機関「HEPI」による最新レポートで、大学生の9割超がAIツールを何らかの形で利用していることが明らかになりました。
わずか1年でこれほど多くの学生がAIに頼るようになった事態は、教育界に大きな衝撃を与えています。
しかも、課題やレポートといった評価に直結する場面でもAI活用が急増しており、大学の教員や運営サイドは従来の評価方法を根本から見直す必要に迫られています。
目次
- 急増するAI利用と評価制度の揺らぎ
- 既に広がりつつあったAI分野のデジタル格差
- 知能の陳腐化は起こるのか?
急増するAI利用と評価制度の揺らぎ
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イギリスのシンクタンクである高等教育政策研究所(HEPI)が2025年2月に公表した調査結果によれば、大学生のAIツール利用率は、この1年で66%から92%へと一気に跳ね上がりました。
中でも注目すべきは、レポートや試験といった“評価”に直結する場面での利用率が88%にのぼった点です。
これほど多くの学生が短期間でAIを取り入れるようになった事例は、教育関係者の間でも極めて稀だと指摘されています。
実際に課題提出用の文章を丸ごとAIが生成したものを編集し、提出している学生も18%に達しており、大学側が想定していた以上のスピードでAIが学業プロセスに組み込まれていることがうかがえます。
こうした学生の急激なAI依存に対し、専門家たちは「教育現場にとって大きな警鐘だ」と口をそろえます。特に問題視されているのが「評価制度の揺らぎ」です。
従来のように一定の課題やレポートを出して、その内容のみで学生の理解度を測るやり方は、AIツールによって書かれた課題なのか、学生自身が考え抜いた文章なのかを区別しにくくなっているため、早急な再検討が避けられません。
HEPIの政策マネージャーであるジョシュ・フリーマン氏は「大学は、AIの存在を前提に評価方法そのものを抜本的に見直す必要がある」と強調し、教員の教育体制にも大幅な変化が求められるとしています。
では、なぜ学生たちはここまでAIに魅力を感じているのでしょうか。
第一に挙げられるのは「時間の節約」です。複数の授業から大量の課題が出される大学生活において、AIツールを使えば下調べや文章作成にかかる時間を大幅に短縮できるというのは大きなメリットです。
また、自分のアイデアや課題内容をすぐに補強したいときにAIを使うことで、短時間で要約・リサーチ・文章校正などをこなせるという利点も見逃せません。
さらに、課題の質を上げるためのヒントや追加情報をAIから得られるため、従来よりも「賢く」「早く」レポートを完成できるという実感を持つ学生も増えているのです。
このように学生のニーズとAIの機能が噛み合った結果、わずか1年で“AIフル活用”の学習スタイルが急拡大しているといえるでしょう。
急増するAI利用を前に、大学側も対応を進めてはいるものの、そのポリシーや指導方針に一貫性がないことが学生から不満として挙げられています。
ある学生は「大学がAIの使用を実質禁止しているように感じるが、実際には明確なルールがなく、禁止とも推奨とも言い切れない」という声を上げています。
また、「AIを使うと学術不正になると言われる一方で、一部の講師は堂々とAIを使っている」といった矛盾したメッセージに戸惑う学生も少なくありません。
さらに、AIを利用して課題をこなしていることを大学側が的確に把握できるのかという疑問もあります。
一部ではAI検出ツールを導入している大学もありますが、誤検知が多いなど精度に課題があり、結果として学生と教員の双方で混乱が生じる場面が増えているのです。
「ほぼ全員がAIを活用する」状態になった今、大学の評価手法はこれまでの常識では通用しなくなりつつあります。
多くの学生がレポートや論文作成に生成AIを取り入れている以上、単純に文章の出来栄えや分量のみを採点するやり方では、どれだけ本人が深く考えたのかを見極めることが難しくなっています。
実際に、AIの力だけで一定の水準の文章を作成できてしまうケースが増えているため、教育現場では「課題そのものの内容や形式を変える」「口頭試問やプレゼンテーションで個人の理解を確認する」など、さまざまな試行錯誤が始まっています。
こうした評価方法の見直しは、短期間で成果を出すのは難しいかもしれませんが、今後の教育システムにおいては避けて通れない課題だと専門家は指摘しています。
さらにこの問題は大学だけでなく、社会全体を巻き込んだ議論にも発展しています。
イギリスの科学技術大臣が「監督者がいれば子どもが宿題にChatGPTを使ってもいい」と発言したことで、教育の現場はさらに動揺を広げました。
多くの教員や保護者からは「子どもや学生が自力で考える力を失うのではないか」という危機感の声が上がっています。
こうした政治レベルの発言と教育機関の現実との間には温度差があり、学生や教員、保護者を含むさまざまなステークホルダーに混乱をもたらしているのが現状です。
HEPIのレポートが指摘するデジタル格差や評価制度のゆらぎは、単なる大学内部の問題にとどまらず、国家レベルでの政策や教育観の見直しをも促す事態へと発展しているといえるでしょう。
既に広がりつつあったAI分野のデジタル格差
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HEPIの調査からは、学生のAI利用が一様に広がっているわけではないことが明らかになりました。
特に際立っているのが「デジタル格差」と呼ばれる問題です。
まず所得の高い家庭出身の学生ほど有料AIサービスを積極的に活用する傾向があり、逆に経済的に厳しい環境の学生は、無料プランやAIツールにアクセスしづらいケースが多いことがわかっています。
また、男女間の差も顕著で、男子学生の方が女子学生よりもAIを使う割合が高く、さらに理系(STEM)専攻の学生ほど「AIを使って自分の成績が向上する」という認識を強く持っているという結果が出ています。
一方、人文科学系の学生では「AIのサポートを受けても成績につながらない」「課題の内容がAI向きではない」と感じる人が多く、AI利用率自体がやや低い傾向にあります。
このように、単純に「全員がAIを使っているわけではない」という事実が、学生間の学習環境や成果に差をもたらす懸念を強めているのです。
今回の調査で顕在化した「デジタル格差」は、今後さらに大きな社会問題へと発展する懸念があります。
有料版のAIサービスや高度な機能を使える環境にアクセスできる学生と、そうでない学生の差は学業成績だけでなく、将来の就職活動やキャリア形成にも影響を及ぼしかねません。
そこで大学や公共機関には、学生全員が同じスタートラインからAIに触れられるよう、サブスクリプション費用の補助や、AIリテラシー講習の充実など具体的なサポート策が求められています。
また、学外でも企業や地域との連携により、AIツールの勉強会やワークショップを開催するなど、幅広い層がAIを活用できる土壌を整備することが重要です。
こうした取り組みが進めば、単なるテクノロジーの“流行”としてではなく、学生一人ひとりの学習体験を深める手段としてAIが定着し得るでしょう。
いまや大学だけでなく、社会全体がこの変化にどう向き合うかが問われているといえます。
知能の陳腐化は起こるのか?
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大学生の学習においては、レポートや課題にAIが積極的に活用されるようになり、AIを使いこなすスキル自体が成績や評価に大きく影響し始めています。
これは従来「知力」や「知識量」とみなされてきた要素が相対的に価値を失いつつあることを示唆しており、一部では「知能(や知識)の陳腐化」が進むのではないかと懸念されています。
このような現象は、過去にも似た事例がありました。
たとえば、暗算や筆算が主流だった時代には、速く正確に計算できる能力が極めて重視されていました。
しかし電卓やコンピュータが普及すると、それらの計算作業は機械に任せることが当たり前となり、暗算や手計算のスキルは「あれば便利」程度の位置づけに変化しました。
同様に、文章作成やアイデア整理、要約といった知的作業も、AIを活用すれば一定水準まで容易にこなせるようになりつつあります。人間が手作業で行っていたプロセスの価値が部分的に下がり、「知能」や「知識量」で差別化するのが難しくなる可能性が高いのです。
とはいえ、AIがあるからといって人間の知能すべてが不要になるわけではありません。
計算機の例を振り返っても、機械が数学的計算を担う一方で、何を計算すべきかを決定したり、結果をどのように応用するかを考えたりするのは人間であり続けました。
同様に、生成AIが文章や情報を用意してくれたとしても、その情報に対して「批判的に検証し、解釈し、自分ならではの視点を加える」というプロセスは、人間ならではの創造的思考や倫理観が必要とされます。
さらに、AIで得られるアウトプットが多様かつ膨大になればなるほど、それを選択し、問題点を発見して修正する能力が重要になります。
言い換えれば、機械が大量の情報を瞬時に処理できる時代だからこそ、人間の学習は「すでに存在する情報を暗記する」ことよりも、「その情報から新しい価値を生み出す」スキルを育む方向へとシフトしていくはずです。
今後、定型的な知識や単純な情報処理の領域では、AIによる代替がますます進むことが予想されます。
しかし、未知の課題を設定したり、複雑な意思決定や深い分析を行ったりする能力は依然として人間にしか担えない側面があります。
- 単純作業や定型的な知的タスク → AIの普及で「陳腐化」が加速
- クリエイティブな発想、複雑な課題設定、人間的なコミュニケーション能力 → むしろAI時代において価値が高まる
したがって、「知能の陳腐化」は一定の領域において起こるものの、人間の存在意義や知的能力のすべてが時代遅れになるわけではありません。
大学をはじめとする教育現場は、AIをただ禁止するのではなく、学生たちが『AIを使いこなしつつ、どのように人間ならではの思考力や創造力を発揮するか』を考える力を育む方向へと舵を切っていく必要があるでしょう。
こうした転換期においては、学習の本質的な目的を問い直すことが、教育の根幹を支えるうえでますます重要になっていくと考えられます。
参考文献
Student Generative AI Survey 2025
https://www.hepi.ac.uk/2025/02/26/student-generative-ai-survey-2025/
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部