映画マニアの間では、Fワード(※)が頻出する映画ランキングなるものが密かに注目されています。
以前に有名だったのは、クエンティン・タランティーノ監督の名作『パルプ・フィクション』(1994)で、154分間に計265回(1分あたり1.72回)のFワードが出てきました。
しかし今はこの記録も大きく更新されており、現在の1位は『スウェアネット:ザ・ムービー』(2014)という作品で、112分間に計935回(1分あたり8.35回)のFワードが話されているのです。
このように映画の中の過激で暴力的なセリフは時代ごとに移り変わりますが、最近、また興味深い研究が報告されました。
1970年から2020年までの50年間に公開された映画16万本を調べた結果、「殺人を示唆する言葉」が大きく増加していることが米オハイオ州立大学(OSU)らの研究で明らかになったのです。
しかもその傾向は犯罪や暴力映画だけでなく、あらゆるジャンルに共通していました。
研究の詳細は2024年12月30日付で学術誌『JAMA Pediatrics』に掲載されています。
(※ 元々は性的な意味を持つスラングで、現在は相手を罵ったり、強い苛立ちを表現する俗語として用いられる)
目次
- ここ50年間で「殺人セリフ」が増加していた
- 殺人セリフが増えている理由とは?
ここ50年間で「殺人セリフ」が増加していた
映画のセリフは、時代を映し出す鏡のようなものです。
ハリウッドでも日本でも、現代の映画と数十年前の映画を見比べてみると、口語表現やスラングが変化していることは明らかでしょう。
しかし今回の研究で明らかになったのは、「単なる言葉の変化」ではなく、暴力的な言葉、特に「殺人に関連する言葉」の大幅な増加でした。
研究チームは、1970年から2020年の50年間に公開された16万6534本の映画のセリフを分析しました。
世界最大規模の映画字幕データベース「OpenSubtitles.org」から映画の字幕データを収集し、コンピュータによる言語解析技術を用いてセリフ内の「殺人に関する動詞」を検出したのです。
具体的には、「kill(殺す)」「murder(殺害する)」「slay(殺害する)」「assassinate(暗殺する)」といった単語の出現頻度を計算し、その変化を統計的に分析しました。
重要な点は、キャラクターが「殺してやる!」というように、実際に殺人を犯すことについて直接的に話している場合のみをカウントしたことです。
なので、「彼は結局、殺されなかった」とか「奴が殺したんだろうか?」といった否定文や疑問文の中に出てくる言葉は除外しました。
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そして分析の結果、映画のセリフにおける「殺人を示唆する動詞」の使用は過去50年間で1.7倍以上に増加していることが判明したのです。
さらにこの増加傾向は、犯罪やホラー、サスペンス映画に限らず、ヒューマンドラマやコメディ、ファンタジー、ファミリー、ラブストーリーなど、あらゆるジャンルの映画に共通して見られました。
これは予想外の結果であり、「暴力的な言葉は暴力をテーマとする映画でのみ増える」という一般的な考えを覆すものでした。
また、殺人に関するセリフを発するキャラクターも男性・女性を問わず、両方で増加しています。
では、なぜ映画の中で殺人セリフが増えているのでしょうか?
殺人セリフが増えている理由とは?
映画における「殺人に関するセリフ」が増えている理由には、以下の5つの要因が可能性として考えられます。
1. 映画の表現の自由度が高まった
1970年以前の映画では、まだ検閲が厳しく、特に暴力的な表現には制限が設けられていました。しかし、1970年代以降、表現の自由が拡大し、よりリアルで刺激的な描写が可能になりました。
特に、R指定映画の増加により、過激なセリフが許容されるようになり、時代を経るごとに過激なセリフが増えていったと考えられます。
2. 社会の暴力的なニュースが増加し、映画がそれを反映
映画は社会の鏡であり、実際の事件やニュースが作品に影響を与えることはよくあります。
・9.11同時多発テロや銃乱射事件などの増加
・戦争や紛争の報道が日常化
・殺人事件の報道が増え、視聴者がそれに慣れた
これにより、映画の中で暴力的なセリフがより多く使われるようになったと考えられます。
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3. 映画市場の競争激化による「過激な表現」の増加
ストリーミングサービスの普及により、映画業界は熾烈な競争状態にあります。
視聴者の関心を引くために、より刺激的でインパクトのある表現が求められ、その結果、暴力的なセリフの使用が増えている可能性があります。
4. 他のメディア(ゲーム・ドラマ・アニメ)の影響
ゲームやテレビドラマ、アニメなどでも暴力的な表現が増えており、映画もその影響を受けています。
・「Grand Theft Auto」や「Call of Duty」などの暴力的ゲームの流行
・Netflixのダークな犯罪ドラマの人気
・デスゲーム系やバトルロイヤル系アニメの増加
これにより、映画のセリフにもより暴力的な表現が取り入れられるようになったと考えられます。
5. 観客の感覚の変化(鈍感化)
視聴者は、暴力的な映像や言葉に繰り返し触れることで、それに慣れてしまう傾向があります。
要するに、観客が過激なセリフに慣れて、反応が鈍くなるため、映画の制作者もより刺激的な表現を求められるようになった結果、暴力的なセリフがさらに増加したと考えられます。
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また他方で、映画における暴力的な言葉の増加が、実際に視聴者の行動や社会にネガティブな影響を与える可能性が危惧されていますが、これに関しては明確な答えが出ていません。
しかし過去の研究では、暴力的なメディアを頻繁に視聴することが、攻撃的な思考や行動の増加、現実世界の暴力への鈍感化、被害者への共感の減少につながることが指摘されているため、今後の調査が必要でしょう。
さらにチームは映画だけでなく、テレビドラマやビデオゲーム、SNSなど他のメディアにおける暴力的な言葉の増加についても調査する予定です。
果たして、映画内で増え続ける暴力セリフは、現実世界の私たちに何らかの影響を与えているのでしょうか?
参考文献
The words in movies are shifting, and it’s not good news
https://www.psypost.org/the-words-in-movies-are-shifting-and-its-not-good-news/
元論文
Trends of Violence in Movies During the Past Half Century
https://doi.org/10.1001/jamapediatrics.2024.5741
ライター
千野 真吾: 生物学出身のWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部