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人間の筋肉を使ったロボットハンドを開発


東京大学と早稲田大学の共同研究チームが人間の筋肉を利用したバイオハイブリッドハンドを開発しました。このハンドは18センチメートルと人の手に近いサイズで、5本の指を独立して動かせます。生体筋肉の柔軟性を活かすことで、従来のロボットでは得られない自然な動きが可能となり、義手・義足などの医療分野での応用が期待されています。設計には中心部に酸素と栄養を届けるための工夫や筋力を動力として関節を動かす仕組みが採用されています。今後は水中から空気中での運用、さらに筋肉の収縮と疲労への対策が課題となります。この研究はロボティクスと再生医療を融合する新たな一歩であり、ロボットの枠を超えた応用が期待されます。

「人間の筋肉でロボットを動かす」──まるでSF映画のワンシーンのような研究が、東京大学と早稲田大学の共同チームによって実用化に向けて動き始めています。

今回開発されたのは、世界最大級といわれる“バイオハイブリッドハンド”です。

従来のバイオハイブリッドロボットは小型のものが主流でしたが、この研究では18センチメートルという、ほぼ人の手に近いサイズを達成。

しかも、5本の指を独立して動かせるだけの繊細な制御を可能にしました。

こうした技術が注目される理由は、ただ大きさを競うためではありません。

人間の筋肉が持つ柔軟性や疲労・回復といった生体特性を、ロボットの駆動源としてそのまま利用できるからです。

将来的には、義手や義足をはじめとした医療分野や、複雑な動作が要求される産業ロボット分野など、幅広い応用が期待されています。

ここでは、高校生から科学に興味を持つ一般の方にもわかりやすいように、バイオハイブリッドロボットの仕組みや今回の研究の画期的なポイントをご紹介します。

研究内容の詳細は2025年2月12日に『Science Robotics』にて発表されました。

目次

  • バイオハイブリッドロボットとは何か?
  • バイオハイブリッドハンドは疲労も再現する
  • 義手や義足が生体材料になるかもしれない

バイオハイブリッドロボットとは何か?

人間の筋肉を使ったロボットハンドを開発
人間の筋肉を使ったロボットハンドを開発 / Credit:Biohybrid hand gestures with human muscles

バイオハイブリッドロボットとは、生物由来の組織とロボットの人工構造を融合させることで、新たな動作様式を実現しようという試みです。

たとえば筋肉や神経といった生体組織をそのまま“モーター”や“アクチュエータ”として利用し、樹脂や金属などで作られたロボット骨格と組み合わせると、従来の機械仕掛けでは得られない柔軟性や生体らしい動きが期待できます。

しかし、この分野では長らく「どの程度まで大型化し、本物の生物に近い動作を再現できるのか」という課題がありました。

多くの研究が細胞レベルで培養した筋組織を用いて、1センチメートルほどの小型ロボットを動かす程度にとどまっていたのは、筋肉を太くすれば中心部の細胞に酸素や栄養が届きにくくなり壊死が起きてしまうという深刻な問題があったからです。

しかも、単に太い筋組織を育てるだけでなく、ロボットとして機能させるにはある程度の収縮力と収縮距離を両立しなければならず、培養した筋肉をどう配置し、どのように動力伝達を行うかなど、越えねばならないハードルが数多く存在していました。

加えて、筋肉は私たちが日常的に経験しているとおり“疲労”する特性を持ち、連続して動作を行うと収縮力が落ちてしまうため、単に「筋肉を作ってロボットにはめ込めばいい」という話でもありません。

生体特有のメンテナンスや回復時間を考慮した制御が求められる一方で、そこにこそ合成素材にはない面白さや将来性があると、多くの研究者が魅力を感じてきたのです。

こうした背景のもと、今回の研究チームが開発したのが、複数本の細いヒト由来培養筋組織を束ねて“寿司ロール”のように巻いた「MuMuTA(多筋組織アクチュエータ:Multiple Muscle Tissue Actuators)」でした。

細い筋線維を束ねることで、中心部にも十分な酸素と栄養が行き届き、壊死を防ぎながら、全体としては高い収縮力を引き出せるという設計です。

さらに、ロボットの指関節には“ケーブル”を通すことで、筋肉が収縮した際の“まっすぐな引き力”を“関節を曲げる回転力”に変換しています。

これは人間の身体でいう“腱”のような役割を持ち、同じような発想はこれまでにも一部の小型バイオハイブリッドロボットで試みられてきました。

しかし、18センチメートルクラスの多関節ハンドを動かせるほどの筋力と収縮距離を両立した例は世界的にも珍しく、しかも5本の指を独立して制御できるという点で、従来の研究を大きく超える成果といえます。

大きな力を出せる筋肉を得るだけでもハードルが高いのに、指ごとに別々のアクチュエータを導入し、多彩な動きを実際に“再現”してみせたことは、バイオハイブリッド技術の実用化に向けた一里塚といえるでしょう。

そして何より、筋肉が長時間の動作によって疲労し、休ませると回復するという“生体らしさ”は、モーターや油圧システムでは得られないユニークな性質です。

こうした特性を上手に活かすことで、ロボットに“休みながら長期間動く”という柔軟な運用や、筋肉そのものの状態変化を使った新しい情報処理など、今までにないアイデアが生まれる可能性を秘めています。

まさにバイオとロボットの境界を越えた試みが、本格的な大型化と実用性の検討へとステップアップしたことを示す画期的な事例といえるのです。

バイオハイブリッドハンドは疲労も再現する

人間の筋肉を使ったロボットハンドを開発
人間の筋肉を使ったロボットハンドを開発 / Credit:世界最大!筋肉で動くバイオハイブリッドハンド

本研究の成果として生み出されたバイオハイブリッドハンドは、長さ18センチメートル、つまり人の手とほぼ同じ大きさです。

しかも、小指から親指まで5本の指をそれぞれ独立して動かせます。

たとえば、ジャンケンの“ハサミ”を作る動作をさせたい場合、小指と薬指、そして親指を曲げる一方で、人差し指と中指を伸ばしたままにするといった細やかな制御が可能です。

また、実験では、指先で小さなピペットチップをつかみ、持ち上げて移動することにも成功しました。

これは複数の関節が連動する必要がある高度な動作で、従来の小さなバイオハイブリッドロボットでは考えにくいレベルの器用さといえます。

研究チームによれば、筋肉の収縮力は約8mN(およそ0.8グラム相当の力)で、収縮率は約13%(最大で4ミリメートル程度の変位)に達しており、“生きた筋肉”ならではの高いポテンシャルが示されています。

興味深いのは、MuMuTAが私たちの筋肉と同じように“疲労”することです。

10分ほど連続で刺激を与えると、収縮力は徐々に落ちてしまいます。

しかし、1時間程度休ませると力が戻るというサイクルも確認されました。

これはまさに人間の筋肉が運動後に休息をとることで回復する仕組みに近く、“生体を使う”ならではのメリットと同時に、運用時の制約も示す結果といえます。

一方で、まだ克服すべき課題も残っています。

まず、このバイオハイブリッドハンドは現在、水中で浮かせた状態で実験されています。

筋組織に十分な栄養を供給し、乾燥や衝撃から守るためです。

今後、空気中でも安定して動かせる技術を確立する必要があります。

さらに、指を曲げた後に“元の位置に戻す”力が弱いことも指摘されています。

生物の指は、屈筋と伸筋が拮抗しあうことで曲げ伸ばしがスムーズですが、今回のハンドでは伸筋にあたる構造が充分に整っていません。

今後は拮抗筋を取り付けたり、弾性素材を使って復元力をもたせたりする改良が期待されます。

義手や義足が生体材料になるかもしれない

人間の筋肉を使ったロボットハンドを開発
人間の筋肉を使ったロボットハンドを開発 / MuMuTAは、中央の壊死を防ぐために十分に細い複数の筋組織から構成されています。平らな培養面で筋繊維が整然と配列されることで収縮力が向上し、そのシート状の筋組織を三次元に巻き上げることで、各組織間のばらつきを抑え、より優れた収縮性能を実現しています。/Credit:Biohybrid hand gestures with human muscles

今回の研究成果は、バイオハイブリッドロボットが“単なる実験的なガジェット”を超えて、実用的な大きさと機能を獲得しつつあることを示しています。

とりわけ、義手・義足などの医療分野での応用が期待されており、生体筋肉の柔軟性を備えた高性能な義手が登場すれば、利用者の負担は大幅に軽減されるでしょう。

また、筋肉の運動をリアルに再現できることから、薬物試験やリハビリテーション研究にとっても大きな前進となる可能性があります。

もっとも、実用化に向けては、水中環境からの脱却や筋肉への栄養供給方法、さらには長時間駆動時の疲労対策など、まだ多くの課題があります。

そうしたハードルを一つひとつ乗り越えていくことで、“人間の筋肉が動かすロボット”というSFのような未来図が、確かな技術となって私たちの生活を支える日が来るかもしれません。

生物と機械が一体となるバイオハイブリッド技術は、ロボット工学だけでなく、再生医療や神経科学、組織工学など多様な分野を巻き込みながら急速に発展しています。

これから先、脳や神経との直接的な連携や、感覚フィードバックを備えた“感じる”ロボットなど、より先進的な研究も加速することでしょう。

次の10年で、私たちが思い描いている“ロボット”という存在が、まったく新しい姿に変わっている可能性は十分にあります。

人間の筋肉を備えたロボットハイブリッドハンドの誕生は、その第一歩です。

科学の進展により、ロボットと生き物の境界は今まさに溶け合いつつあります。

どんな未来が待っているのか──私たちが目撃するのは、まさに“未知との遭遇”ともいえる新時代のはじまりなのです。

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参考文献

世界最大!筋肉で動くバイオハイブリッドハンド
https://www.waseda.jp/inst/research/news/79678

Biohybrid hand gestures with human muscles
https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/en/press/z0508_00386.html

元論文

Biohybrid hand actuated by multiple human muscle tissues
https://doi.org/10.1126/scirobotics.adr5512

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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