ミイラってどんな匂いでしょうか。
多くの人は、長い年月を経た「古びた匂い」や「腐敗臭」を思い浮かべるかもしれません。
しかし、最新の研究によると、古代エジプトのミイラの香りは 「ウッディ(木質)、スパイシー(香辛料)、スイート(甘い)」 でした。
この研究を行ったのは、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(University College London, UCL)を中心とする国際研究チームです。
研究の詳細は、2025年2月13日付の『Journal of the American Chemical Society』に掲載されています。
目次
- ミイラってどんな匂い?
- 3500年の時を超えた香りの分析!ミイラは甘い香りだった!?
ミイラってどんな匂い?
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ミイラといえば、古代エジプト人が死者の体を保存するために行った防腐処理の産物です。
長い年月を経ても保存状態が良いことで知られていますが、これまでの研究では、主に使用された防腐剤の化学的な成分に焦点が当てられていました。
例えば、過去の研究ではミイラの皮膚や包帯から松脂(ピッチ)、蜜蝋、動物性油脂、没薬(もつやく)などの物質が検出されており、これらがミイラの保存に重要な役割を果たしていたことが示唆されていました。
ミイラの秘密が徐々に解き明かされてきたのです。
しかし、まだ手を付けていない領域があります。
それは「ミイラの匂い」です。
これまで、「ミイラからどんな香りがするのか」という疑問に焦点を当てた研究はほとんど行われてこなかったのです。
しかし、エジプトの壁画や文献には、香料が宗教儀式や埋葬の際に使われた記録が残っています。
そこで研究チームは、「ミイラに施された香りが、古代エジプト人の精神的・宗教的価値観とどのように関係しているのか」を明らかにするために本研究を実施しました。
3500年の時を超えた香りの分析!ミイラは甘い香りだった!?
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研究チームは、エジプトのカイロ博物館に保存されている9体のミイラを対象に、最新の化学分析技術を用いて香りの成分を特定しました。
これらのミイラの中で最も古いものは新王国時代(紀元前1570年〜紀元前1069年)に遡るものであり、3500年前の葬送儀礼における香りの重要性を探る貴重な手がかりとなりました。
研究チームは、ミイラからごく微量のサンプルを採取し、それをガスクロマトグラフ質量分析計で解析しました。
この装置を使うと、複雑に混ざり合った香りの成分をひとつひとつ分解し、それぞれの化学組成を特定することができます。
さらに、研究チームは嗅覚に関して訓練を受けた専門家に依頼し、実際に香りを嗅いで評価するという方法も併用しました。
その結果、ミイラの香りは「ウッディ」「スパイシー」「スイート」という3つの要素が組み合わさったものであることが判明しました。
ミイラは案外いい香りだったのです。
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これは、防腐処理に使用された松脂や杜松(としょう)、没薬(もつやく)、乳香(にゅうこう)、シナモンなどの樹脂や香料が、長い年月を経ても揮発し続けていたためです。
そしてこのような香料は、死者を神聖な存在として扱うための儀式的な役割を果たしていたと考えられます。
古代エジプト人は、死後の世界に旅立つ際に、良い香りを纏うことで神々に歓迎されると信じていたのです。
今回の研究の成果は、単にミイラの香りを特定するだけにとどまりません。
これらの香りの成分をもとに、古代エジプトで使われていた香料の「レシピ」を再現できる可能性があるのです。
たとえば、没薬やシナモンの配合を調整することで、「3000年以上前の古代エジプトの香水」を現代に蘇らせることができるかもしれないのです。
参考文献
Ancient Egyptian mummified bodies smell ‘woody,’ ‘spicy’ and ‘sweet’(UCL)
https://www.ucl.ac.uk/news/2025/feb/ancient-egyptian-mummified-bodies-smell-woody-spicy-and-sweet
Ancient Egyptian mummified bodies smell ‘woody,’ ‘spicy’ and ‘sweet’(EurekAlert!)
https://www.eurekalert.org/news-releases/1073141
元論文
Ancient Egyptian Mummified Bodies: Cross-Disciplinary Analysis of Their Smell
https://doi.org/10.1021/jacs.4c15769
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部