私たちが日常、何気なく使っている「サクサク」、「ドキドキ」、「ざわざわ」。
こうした音を真似たような言葉には、単に音だけでなく、感情やイメージを一瞬で呼び起こす不思議な力が宿っています。
音とイメージがあいまってリアルな情景を脳内に描き出す現象は音象徴(サウンド・シンボリズム)と呼ばれます。
これは、特定の音の響きが感覚や感情と自然に結びつく現象であり、例えば「キラキラ」という言葉は光の反射を、「ゴツゴツ」という言葉は硬い表面を直感的に想起させます。
世界中の言語で確認されているにもかかわらず、とりわけ日本語では「擬音語・擬態語・擬情語」という形で豊富に発達してきました。
なぜ日本語はこんなにオノマトペが多いのか。
どうして音の響きだけで状態や気分まで伝わるのか。
オノマトペのメカニズムなど、人間の認知と言葉の深い関係に迫ってみましょう。
目次
- なぜ音が感情やイメージに直結する?
- 人間の認知を揺さぶるオノマトペの可能性
なぜ音が感情やイメージに直結する?
日本語のオノマトペは、単に動物や物の音(擬音語)をまねた言葉だけではありません。
「どきどき」は心臓の鼓動の音にとどまらず、「緊張や不安の高まり」をも映し出し、「わくわく」は期待や楽しみの気持ちを伝えるなど、心情(擬情語)や状態(擬態語)まで幅広くカバーします。
こうした「音」と「イメージ」の結びつきを分析する分野が音象徴(サウンド・シンボリズム)です。
音象徴の考え方によれば、私たちは音の響きから自然と感覚・感情を連想するという仕組みを脳内で行っているのです。
日本語の母音や子音の組み合わせには丸い・柔らかいイメージや尖っている・固いイメージがあるとされます。
母音の「a」は広がり、大きい感じ、「i」は甲高く鋭い印象、「u」は丸みを帯びた小さな穴をイメージさせると言われます。
無声音「k」が含まれるオノマトペは「カチッ」や「キラキラ」のように、硬質感やシャープさを伴う場合が多いです。
一方で、子音が濁音になれば「ガチッ」、「ギラギラ」のようにより強い・荒いニュアンスへ変化します。
このように、音の組み合わせそのものにイメージが内包されており、オノマトペはそのイメージをひとかたまりの言葉として表現するわけです。
さらに面白いのは、異なる言語間でも、爆発音なら破裂音を使う、乾いた音なら摩擦音を使う、といったある程度の共通傾向が見られることです。
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たとえば、犬の鳴き声を各国語で言うとご存じでしょうか?
- 英語「bow-wow」(バウワウ)
- フランス語「ouaf-ouaf」(ワフワフ)
- 日本語「わんわん」
一見バラバラですが、破裂音+母音で強めの鳴き声を表す点で通じるところがあります。
物理的に同じ音を聞いているのに言語によって違って聞こえるのは、それぞれの音韻体系をとおして音を映し取っているから。
破裂音で強さを感じ取ったり、摩擦音で乾燥を感じ取ったりという部分では、世界の言語に何らかの共通性があるのです。
そうした音象徴はオノマトペをさらに多彩にします。
「かさかさ」は落ち葉のこすれる音から、乾燥した肌や潤いのない心情のメタファーにも発展します。
「がんがん」といえば、金属音や頭痛の鋭さ、エネルギッシュに作業を進めるニュアンス(仕事ががんがん進む)など多面的に使われます。
音の発生源から、その対象が持つ性質や精神的なイメージへとメタファー的に意味が広がるのです。
認知言語学では、こうしたイメージ拡張の過程をメタファー化と呼び、目に見える音響現象から目に見えない心理・感覚へと言葉の概念が飛躍すると考えます。
また、オノマトペは記憶や学習にも影響力があります。
新しい概念を覚えるとき、抽象的な言葉より音の響きが直感的なオノマトペだとイメージがつかみやすいと感じたことはありませんか。
これは人間の脳が「音を知覚→意味を推測→感情・感覚と結びつける」というプロセスに親和性があるからだと指摘されます。
英語などでは動作そのものを細かく動詞で表す一方、日本語では副詞的にオノマトペを添えて微妙なニュアンスを表現する文化が育まれたとも言えます。
こうした音象徴は一見「子どもの言葉遊び」のように思われがちですが、その背後には人間の脳と言語の深い結びつきが潜んでいます。
音とイメージ、さらには感情や心理状態までリンクさせる独特の仕組みこそ、日本語のオノマトペが持つ不思議な魅力であり、私たちが無意識に使っている言語の魔力といえるでしょう。
人間の認知を揺さぶるオノマトペの可能性
オノマトペが持つ音がイメージを直感的に伝えるという力は、私たちの日常で幅広く活用されています。
まず注目したいのが、子どもの言語獲得における役割です。
幼い頃に覚える「わんわん」、「にゃーにゃー」、「いないいないばあ」などは、意味を詰めこむ前に音そのもののリズムで楽しむものです。
こうしたオノマトペは対象の実体を単純化して提示する機能があり、幼児にとって視覚と聴覚の一致がとりやすいのです。
学術研究においても、オノマトペを多く含む絵本が、子どもの語彙力や発話意欲を刺激するとの報告があり、教育の現場でも積極的に活用されています。
次に大人の世界でオノマトペが威力を発揮するのが、漫画や広告、文学といった創作・表現の分野でしょう。
漫画では「ガーン」、「ドキドキ」、「ぞわぞわ」という文字を見ただけで、音が鳴ったような感覚になり、同時に登場人物の心理状態や状況を瞬時に察知できます。
いわば視覚と聴覚と感情をまとめて表す万能ツールであり、他の国の言語圏でもMANGAの翻訳版にオノマトペをそのまま残すケースさえあるほどです。
また広告・商品パッケージで「ふわふわ」、「サクサク」といった言葉を使うと、食感や触感が脳裏に浮かび、購入欲が刺激されます。
視覚的に訴える画像に耳で感じる音のイメージが掛け合わさることで、より強烈な印象を与える仕組みと考えられています。
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さらに、医療や心理学の領域でもオノマトペは重要視されています。
患者が「ズキズキする」、「チクチクする」、「イライラする」といえば、医師や看護師はその痛みの種類や原因、心のストレス状態を推測しやすくなります。一口に「痛い」ではなく、具体的なオノマトペを使うことで、コミュニケーションが正確かつスムーズになるのです。
また、一部の研究者は「あるオノマトペを聞いたとき、脳のどの領域が活性化するか」を調べ、音象徴が脳内回路にどう関わるかを探ろうとしています。
この分野はAIや自然言語処理にも波及しており、音のニュアンスをどう機械に理解させるかが大きな課題となるでしょう。
日本語のオノマトペは、単なる音まねを超えて感覚や感情を一瞬で伝える力をもっています。
つまり、オノマトペは私たちの認知やコミュニケーションをより感覚的・ダイレクトに繋ぐ音の架け橋といえます。
子どもの学習支援、漫画や広告の演出効果、医療や心理の現場での微妙な感情・痛みの共有など、その応用範囲は実に多岐にわたります。
日本語独特の「擬態語・擬情語・擬音語」の世界を、今後さらに解明していくことによって、人間の五感や脳の仕組みがいっそう鮮明になってくるかもしれません。
ライター
岩崎 浩輝: 大学院では生命科学を専攻。製薬業界で働いていました。 好きなジャンルはライフサイエンス系です。特に、再生医療は夢がありますよね。 趣味は愛犬のトリックのしつけと散歩です。
編集者
ナゾロジー 編集部