あなたの周りにも、会話のテンポが独特だったり、細部にこだわる割に大事なことはすぐに忘れてしまう人はいませんか?
こうした性質は、「大人の発達障害」として知られており、基本的には社会生活においてネガティブな要因と捉えられています。
実際、発達障害(ASD、ADHD、LDなど)を持つ大人は、社会の中で「生きづらさ」を感じることが多いと言われています。
しかし、それは本当に「彼らの問題」なのでしょうか? 社会の在り方が、彼らの能力を活かしきれていないだけではないでしょうか?
近年、こうした特性を「弱点」ではなく「個性」として捉え、活かすべき資質であるという考えが広がっています。これを「ニューロダイバーシティ(神経多様性)」と呼び、多くの企業や社会が注目しています。
目次
- 大人の発達障害とは?
- 発達障害の強みを活用する社会「ニューロダイバーシティ」
大人の発達障害とは?
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発達障害は、幼少期に診断されることが多いものの、大人になってから発覚するケースも増えています。
特に、子どもの頃には単なる「性格の個性」と見なされていた特性が、社会生活や職場環境において適応の困難さを通じて明らかになることが多いのです。
ここには主に次のような要素があります。
ASD(自閉スペクトラム症):ここに当てはまる人は、論理的思考や細部へのこだわりが強い一方、対人関係やチームワークが苦手とされる。
ADHD(注意欠如・多動症):ここに当てはまる人は、創造性や瞬発力に優れる反面、集中が続かない、時間管理が苦手といった課題があります。
LD(学習障害):ここに当てはまる人は、読み書きや計算が困難な場合があるものの、空間認識力や直感的な問題解決能力に優れるとされる。
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こうした発達障害は、「障害」と呼ばれているようにネガティブな要因として捉えられる場合が多くなっています。
しかし、実際広く世間を見渡してみると発達障害を持ちながらも、驚異的な才能を発揮した著名人は少なくありません。
たとえば、物理学者のアルベルト・アインシュタインはASDの特性を持っていたとされ、幼少期は言葉の発達が遅れていたものの、後に天才的な数学的直観を発揮しました。
発明家のトーマス・エジソンはADHDの特徴を持ち、学校では「問題児」扱いされてしまい、結局学校にほとんど通わず、実質的に「不登校児」でしたが、その多動性(衝動性)と好奇心を活かし、多くの発明を生み出しました。
また、現代のIT業界でも、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツや、テスラのイーロン・マスクはASDやADHDの特性を持つと言われています。
彼らの論理的思考や創造性、革新への執着心は上手く引き出せた場合、大きなポテンシャルを発揮するのです。
つまり発達障害のネガティブな要因は、あくまで彼らが適応しづらい環境に無理においた場合に生じる問題であって、実際は他の人とは異なる思考形態、特性を持つ人と考える方が適切なのです。
そのため、最近は発達障害を「障害」ではなく「個性」として捉える「ニューロダイバーシティ」という考え方が登場しています。
発達障害の強みを活用する社会「ニューロダイバーシティ」
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この考えは1990年代に社会学者のジュディ・シンガーによって提唱され、特にIT業界や研究職などで発達障害者の能力を活かす動きとして広がっています。
この概念では、神経発達の違いを医学的な「欠陥」ではなく神経発達の多様性として捉え、それぞれの特性を適切な環境で活用することで、個々の強みを最大限に発揮できると考えています。
では具体的に、どのように発達障害の強みを活用すれば良いのでしょうか?
発達障害を持つ人々が社会で最大限の能力を発揮するには、その特性を理解して環境を整備することが重要です。
ASDの人は、明確な指示や一貫したルールのもとで働くことで、その優れた分析力を発揮しやすくなります。そのため、ソフトウェア開発やデータ解析など、細かい作業や論理的思考を活かせる職種が適しています。
対照的に、ADHDの人は時間管理や、マルチタスクが苦手とされますが、変化の多い環境や自由度の高い職場で創造力を発揮しやすく、マーケティングやクリエイティブな仕事が向いているとされます。
マイクロソフトではASDの人を対象にした特別な採用プログラムを実施し、彼らの高い分析力を活かしてソフトウェアテスト業務を担当させています。
ドイツの大手ソフトウェア企業SAPでは、聴覚過敏を持つASDの人がストレスを感じにくいように、静かな作業スペースを設けることで集中しやすい環境を提供しています。また、タスクを細分化し、一つの作業を短いステップに分けることで、指示を明確にし、混乱を防ぐ工夫を行っています。
他にも、時間を守ることが苦手で遅刻が多いならば、フレックスタイム制を上手く利用する、対人関係に不安が多いならテレワークを活用するなど、個々の特性に合わせた柔軟な働き方を提供できれば、集中しやすい時間帯に業務を行うことができ、対面コミュニケーションの負担を軽減して、生産性の向上につなげられる可能性があります。
多様な個性を活かせる社会へ
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社会全体で発達障害に関する正しい知識を広めることも不可欠です。
企業研修や教育機関での啓発活動を通じて、偏見を解消し、発達障害を「個性」として認める文化を醸成することが求められます。
また、政府の取り組みとして、発達障害を持つ人材の適職マッチングやカウンセリング支援の強化も重要とされています。こうした支援制度の活用が、発達障害を持つ人の社会参加を促進する鍵となるかもしれません。
重要なのは、社会が適切な環境を用意すること、また本人も自分にとって適切な居場所を見つけることです。
ADHDの人に、時間厳守や、細かいルールに神経を使う仕事をさせようとしても上手く行きません。これは個性であり、無理に実行させようとしても雇用者、労働者ともに不幸になるだけです。
発達障害のある大人が生きやすい社会とは、「違いを受け入れ、それを強みとして活かす社会」です。そのためには、企業の理解、社会のサポート、そして当事者自身の自己理解が欠かせません。
近年の研究でも、ニューロダイバーシティを組織の強みに変えることが、企業の競争力向上に寄与することが示されています。
私たちが「普通」と考えている枠にとらわれず、多様な才能を尊重することが、より豊かで創造的な社会を実現する第一歩なのです。
参考文献
「ニューロダイバーシティという力を活用しよう」https://doda-x.jp/article/3133/
「職場におけるニューロダイバーシティがビジネス成功を促進する方法」https://jp.weforum.org/stories/2024/10/how-neurodiversity-in-the-workplace-can-drive-business-success/
元論文
Innovation through neurodiversity: Diversity is beneficial
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/36880441/
The neurodiversity concept was developed collectively: An overdue correction on the origins of neurodiversity theory
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38470140/
ニューロダイバーシティとは何か-経営学における概念と理論的視座の検討-
https://www.jstage.jst.go.jp/article/aaostrans/12/4/12_2024-005/_article/-char/ja
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部