大きいだけでなく重いです。
ドイツのマックス・プランク研究所(MPI)で行われた研究により、天文学者たちはこれまでに知られていた中で最大の宇宙超構造体「キープ(Quipu)」を発見しました。
キープは、地球から約130~250メガパーセクの範囲に存在し、その全長は約428メガパーセク、すなわち約14億光年にも及ぶとされています。
この途方もないフィラメント状の構造は、約70もの銀河団や超銀河団が連なって形成され、宇宙全体の銀河や物質の大きな割合を占める重要な存在です。
研究チームは、X線を放射する銀河団のデータを詳細に分析し、「フレンズ・オブ・フレンズ」アルゴリズムを用いて銀河団同士のつながりを調査することで、キープのような巨大なネットワークを明らかにしました。
その結果、キープをはじめとした5個の超構造体は観察範囲にある銀河団全体の約45%、銀河の約30%、そして全物質の約25%が含まれると推定され、宇宙の体積の約13%を占めるとされています。
(※ここでいう「物質」は普通の物質と暗黒物質の両方を含んでいます)
この発見は、既存の巨大構造(たとえばスローン万里の長城など)と比較しても圧倒的なスケールを誇り、宇宙がどのように構築され、進化してきたのかという私たちの理解に新たな視点を提供するものです。
研究内容の詳細はプレプリントサーバーである『arXiv』にて公開されています。
目次
- 全物質の25%を含む超構造体
- キープの発見がどんな役に立つのか?
全物質の25%を含む超構造体
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私たちが夜空に輝く星々や銀河を見ると、それぞれが孤立した存在のように感じられるかもしれません。
しかし、実際の宇宙は、銀河や銀河団、さらには超銀河団が互いに重力で結びついて、まるで巨大なネットワーク(コズミックウェブ)のような構造を形成しています。
宇宙の大規模構造を理解することは、宇宙がどのように形成され、進化してきたのか、そしてダークマターやダークエネルギーといった謎の存在がどのように影響しているのかを探るために非常に重要です。
そこで今回、ドイツのマックスプランク研究所をはじめとした研究者たちは、こうした大規模構造の全貌を明らかにするため、X線を放射する銀河団のデータを駆使して分析を行いました。
X線は、銀河団内部に存在する非常に高温のガスが発するため、銀河団の質量や存在位置を正確に把握する手段として優れています。
また、ほぼ全空域をカバーするCLASSIXサーベイというプロジェクトのデータも活用され、宇宙全体の銀河団分布を網羅的に調査することが可能になりました。
研究者たちは、銀河団(たくさんの銀河が重力で集まったグループ)がどのようにして互いに「つながっている」のかを調べるために、「フレンズ・オブ・フレンズ」アルゴリズムという手法を使いました。
このアルゴリズムは、ある銀河団の周囲に「近くにいる仲間」(物理的な距離で一定以内にある銀河団)があれば、それらを順番に結びつけていく方法です。
簡単に言えば、「もしAとBが近くにあって、BとCも近ければ、A、B、Cは同じ大きなグループに入る」という考え方です。
これにより、個々の銀河団が実は巨大なネットワーク、すなわち「超構造体」としてまとまっていることが見えてきました。
研究では主だった5種類の超構造体について調べられておりそれは以下の通りになっています
- キプ(Quipu)
・大きさ(全長):約428メガパーセク(約14億光年)
・推定質量:約2.4 × 10^17 太陽質量- シャプレー(Shapley)
・大きさ(全長):約90メガパーセク
・推定質量:約0.8 × 10^17 太陽質量- サーペンス・コロナ・ボレアリス(Serpens-Corona Borealis)
・大きさ(全長):約234メガパーセク
・推定質量:約1.8 × 10^17 太陽質量- ヘラクレス(Hercules)
・大きさ(全長):約154メガパーセク
・推定質量:約0.6 × 10^17 太陽質量- スカルプター・ペガサス(Sculptor-Pegasus)
・大きさ(全長):約216メガパーセク
・推定質量:約1.3 × 10^17 太陽質量
またこれら5個の超構造体だけでも、観察範囲の全物質の25%と体積の13%が含まれていることが示されました。
そしてこの中でも最も巨大な超構造体キープの全長は428メガパーセク、すなわち約14億光年にも及ぶことが明らかになりました。
また、キープは、主要な長い軸に沿って、いくつかの細い枝(サブフィラメント)が左右に伸びるという、複雑かつ美しいネットワーク状のパターンを示していました。
この独特な外観から、研究チームは最も大きな超構造体をインカ帝国で用いられた記録装置「キープ(Quipu)」と名付けました。
インカ文明では、結び目や色、糸の長さを利用して膨大な情報を記録しており、その見た目は、太い主たる糸に複数の細い結び目付きの糸が連なる様子に似ています。
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キープの発見がどんな役に立つのか?
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今回のキープの発見は、単に宇宙の「大きさ」を示すだけでなく、宇宙そのものの成り立ちや進化を理解するための大きな手がかりとなります。
現代の天文学では、銀河や銀河団が集まって構成する「コズミックウェブ」の存在は広く知られていますが、従来、宇宙全体の大規模な構造は、全体としてはおおむね均一に分布していると考えられていました。
しかし、キープのような巨大な超構造体が明らかになったことで、この均一な分布の中にも局所的に非常に密集した領域が存在することが示されました。
この発見は、宇宙の大規模構造がどのようにして生まれ、成長してきたのかについて、既存の「均一」な宇宙観に疑問を投げかけ、再評価を促す可能性を秘めています。
また、キープのような大きな構造は、その莫大な質量によって、周囲の銀河がどのように生まれたり成長したりするのか、また、宇宙背景放射(CMB)と呼ばれる初期宇宙の残像にまで影響を与えると考えられています。
たとえば、キープの重力がCMBを通り抜けると、わずかな温度の変化(統合サックス・ウルフ効果)が生じる現象が起こります。
こうした温度変化は、宇宙の膨張速度やダークエネルギーの性質を調べる上で、とても重要な手がかりになる可能性があります。
さらに、キープは、銀河や銀河団の動き、いわゆる「ストリーミング運動(局所的な重力の影響で一方向にまとまって動く現象)」にも影響を与えています。
銀河は宇宙の膨張によって遠ざかっていますが、キープのような巨大な構造の重力がその動きに微妙なずれを生むため、宇宙の膨張速度を示すハッブル定数の測定にも影響を与えていると考えられます。
そしてキープの存在は宇宙の膨張率にかかわるハッブル定数にも影響を与える可能性を秘めています。
つまりキープの発見は、私たちが宇宙を「均一」と考える従来の見方に新たな視点を与えるとともに、宇宙の進化、ダークエネルギーやダークマターの影響、さらには宇宙背景放射を通じた初期宇宙の状態にまで、幅広い影響を及ぼす可能性があるわけです。
今後、さらに詳細な観測やシミュレーションが進むことで、こうした巨大構造が宇宙論全体にどのような意味を持つのかが、より明確になっていくことでしょう。
元論文
Unveiling the largest structures in the nearby Universe: Discovery of the Quipu superstructure
https://doi.org/10.48550/arXiv.2501.19236
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部