人間と同じように「この人は何を知り、何を知らないのか」を見抜き、そのギャップを埋めるように情報を伝えてくれるボノボの高度なコミュニケーション能力を示唆する研究が発表されました。
アメリカのジョンズ・ホプキンス大学(JHU)の研究により、ボノボが相手の無知を的確に察知し、その無知を補う行動をとるという、きわめて興味深い証拠が示されています。
人間とボノボは、約600万〜800万年前に共通の祖先を持つとされます。
今回の結果は、「他者の無知を推定してコミュニケーションを取る」という能力が、かなり古い段階から存在していた可能性を示唆します。
研究内容の詳細は2025年2月3日に『PNAS』で公開されました。
目次
- 相手の心をシミュレートする「心の理論」
- 相手の「無知」を見抜くように進化したのはいつか?
相手の心をシミュレートする「心の理論」
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「心の理論」とは、他者が自分とは異なる信念・知識・欲求を持っていると理解し、その内面状態に基づいて行動を推し量る能力です。
人間社会では、たとえば「相手が何を知らないか」を把握して情報を伝えることで、効果的なコミュニケーションや協力が可能になります。
この能力こそが、教育・言語・共同作業など、人間特有とも考えられてきた高度な社会的行動を支えているとされます。
(※特に教育では、子どもがわからないことや知らないことを見抜く力が重要です。)
よく人間は「パンツをはいたサル」と言われますが、この点から見ると、「相手の心を見抜くサル」とも言えるでしょう。
一方、ヒトに最も近い現生類人猿であるチンパンジーやボノボが、どこまでこの「心の理論」に近い能力を持つのかは、長年議論されてきました。
野生のチンパンジーは、仲間が見えていないヘビに警告する行動などが観察されており、「相手が知らない」状態を察知している可能性が示唆されます。
しかし、「厳密に制御された実験環境」で相手の無知を推し量り、それに応じてコミュニケーションを変化させられるかどうかは、依然として明確な証拠が乏しいと考えられてきました。
そこで今回、ジョンズ・ホプキンス大学の研究者たちは、「ボノボが相手(人間の協力者)の知識の有無を判別し、必要に応じて情報を伝えることで問題解決を助けられるか」を検証しました。
調査では、ボノボたちの目の前でテーブルの上に3つのカップを逆さに置き、そのうち1つにブドウやピーナッツなどの「ご褒美」を隠しました。
次に研究者がおやつを探そうとしますが、その研究者があらかじめおやつの場所を知っている場合と知らない場合の2パターンが用意されました。
具体的には、研究者が透明なガラス越しに様子を見られる条件と、不透明なガラス越しで見えない条件を設定したのです。
その際、ボノボが「人間がおやつの在りかを知らない」と判断したときに、指差しやタップで場所を教えるかどうかを調べました。
(※なお実験の前には、何度か練習を行い「カップを当てるとボノボがおやつを食べられる」という協力関係を理解させています。)
もしボノボが「相手の無知」を理解していれば、無知な相手に対してこそ積極的におやつの場所を教えるはずです。
実際、ボノボたちは人間がおやつの場所を知らない場合、指差しで教える頻度が大幅に高まることがわかりました。
一方で、人間がおやつの場所をすでに知っている場合は、指差ししてくれる割合オッズ比で0.29まで低下したのです。
さらに指差しの速度も、相手が無知であるときのほうが平均で1.5秒ほど速いことが確認されました。
また、おやつの入ったカップを示す正確性も非常に高い水準でした。
人間であれば、わざと教えずに相手が困る様子を面白がったり、間違ったカップを指してイタズラすることもあります。
しかし、ボノボたちは無知な相手に対しては、素直に場所を教えていたのです。
相手の「無知」を見抜くように進化したのはいつか?
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過去の文献では、類人猿が相手の知識を「行動のシグナル」からだけ推測しているのか、それとも「心的状態」として推測しているのかが議論されてきました。
つまり、「相手が探しているから助ける」のか、それとも「相手の心を推し量って助ける」のかが謎だったのです。
しかし今回の研究では、透明なガラス越しに隠す場合と、不透明なガラス越しに隠す場合を比較し、ボノボが「相手が見えていなかった=知らない」という内面状態を推測して行動を変えていることが示されました。
これは、人間の視点と自分自身の知識を分けて認識し、「自分は知っているが、相手は知らない」という二つの情報を同時に保持できる可能性を示しています。
人間とボノボは、約600万〜800万年前に共通の祖先を持つとされます。
今回の結果は、「他者の無知を推定してコミュニケーションを取る」という能力が、予想よりも古い段階から存在していたかもしれないことを示唆しています。
人間特有だと思われていた「心の理論に基づく協力や調整」は、実はずっと以前から脈々と受け継がれているのかもしれません。
この発見は、「ヒトと他の類人猿の違いは何か」「共通の認知基盤はどこまで存在するのか」という進化論的な問いに、新たな光を当ててくれます。
今後は、さらに詳しい実験や野生での観察、脳画像研究などを通じて、ボノボを含む類人猿たちの“心の理論”がどこまで複雑な認知を含んでいるのかが解明されていくでしょう。
私たちの「教える」「助け合う」という行動のルーツを、ボノボたちがさらに教えてくれる日も、そう遠くないのかもしれません。
元論文
Bonobos point more for ignorant than knowledgeable social partners
https://doi.org/10.1073/pnas.2412450122
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部