どうやら私たちは完成したものよりも、最後まで完成させる行為に強い価値を感じているようです。
この現象は「ワン・アウェイ効果」と呼ばれ、米ウィスコンシン大学のロビン・ターナー(Robin Tanner)氏らによって発見された。
彼らは、最終的に報酬がもらえるカードのスタンプがすべて集まっているカードと、最後ひとつだけ欠けているカードを失った時の喪失感と、他者に売却するときの希望金額を参加者に尋ね、それぞれの価値を検討しています。
実験の結果、最後ひとつだけ欠けているカードは、すべてスタンプが集まっているカードよりも失った時の喪失感が大きく、売却するときの希望価格が高いことが分かりました。
この結果から、スタンプを集めるコストや、報酬を獲得するまでの距離を差し引いても、完了させる行為自体に高い価値を感じていると言えるでしょう。
研究の詳細は、2024年4月27日に学術誌「Journal of Consumer Research」に掲載されました。
目次
- ゴールまでの進捗具合の認知は歪んでいる
- 完了させる行為自体に重きを置いている
ゴールまでの進捗具合の認知は歪んでいる
読者の皆さんは、何か収集しているものはありますか。
切手やコイン、フィギュア、ポストカードなど、ジャンルはさまざまですが、身の回りに収集したくなった経験が一度はあるはずです。
集め始めると「次はこれを手に入れたい」「もう少しで揃う」と、つい夢中になってしまうものです。
目標までの道のりが遠く感じることもあれば、あと少しで集め終わることができると思っていたのに意外と難航することもあるでしょう。
これは、私たちのゴールまでの進捗具合の認知がしばしば歪んでいるためです。
米スタンフォード大学のファン・スーチー氏(Szu-chi Huang)の研究によると、序盤は進みが速くゴールまで大きく近づいたと感じるのに、目標に近づくにつれゴールに近づいていないように感じる現象を報告しています。
彼らは、Tシャツの寄付キャンペーンの初期と終盤の寄付した段ボールの写真(初期は段ボール2箱と終盤は段ボール10箱)を見せ、進捗具合や目標達成(Tシャツを1,000着寄付する)の可能性、目標達成にはあとどれだけ努力が必要だと思うかを参加者に評価させました。
![キャンペーン初期と終盤に集められたTシャツが入っている段ボールの写真。](https://image.kingsoft.jp/starthome/nazology/2025-02-03/8bdbb9529181686b5e376f3aa0ab6feb_lg.jpg)
実験の結果、初期の進捗を過大評価し目標達成の可能性が高いと感じる一方で、終盤の進捗状況は過小評価され努力がより必要だと感じられる傾向があったのです。
興味深いことに、目標達成に高い価値を感じている場合にのみ、この傾向は確認されました。
つまり目標達成を望んでいる人ほど、ゴールまでの進捗具合の認知は歪みやすいのです。
進捗の認知が歪んでいることは目標を達成するうえで理に適っているとも言えます。
なぜなら初期には進捗を楽観し、終盤には進捗を過小評価することで、目標達成への努力とモチベーションを維持できるようになっていくからです。
特に初期の進捗の認知の歪みに関しては「エンダウド・プログレス効果」が良く知られています。
「エンダウド・プログレス効果」とは、進捗が何もない状態よりも、少し目標達成に近づいた状態を人為的に作り出すことで目標達成のモチベーションが向上する現象のことです。
例えば、初回限定でポイントカードに2つスタンプを押すサービスは、エンダウド・プログレス効果を活用した典型的な例です。
最初から進捗があるように見せることで、残りの達成までの道のりが短く感じられ、行動を促進します。
こうした進捗の認知の歪みに関する研究は、これまで初期段階に焦点が当てられていました。
しかし近年、進捗具合が悲観的に評価される終盤において、目標達成の動機付けを高める現象が確認されました。
それは最終的に目標を達成する行為自体に価値があると感じる現象で、「ワン・アウェイ効果」と呼ばれています。
完了させる行為自体に重きを置いている
スタンプをすべて集め終わり、次に店に行ったときに無料の特典を得ることができるカードと、あとひとつスタンプを貰えばすべてのスタンプを集め終わるカードが目の前にあるとします。
読者の皆さんなら、どちらのカードを失った時の喪失感が大きいでしょうか、また誰かに売ってほしいと頼まれた場合どれくらいの値段をつけるでしょうか。
実際にどちらの方が喪失感が大きく、売却時に高い価格をつけるかを調べた研究があります。
それは米アイオワ大学のボーエン・ルアン氏(Bowen Ruan)らの研究です。
実験に参加したのは、オンラインで募集した185名でした。
研究チームは、すべてのスタンプが集まった特典がもらえる状態のカードと、最後ひとつだけスタンプが欠けているカード、それぞれのカードを失った時の喪失感と、他者に売却するときの希望金額を尋ね、それぞれの価値を参加者に検討してもらいました。
実験の結果、スタンプがすべて揃っていないカードは、すべて揃っているカードよりも失った時の喪失感が大きく、売却するときの希望価格が高いことが分かりました。
また後続の実験では完成に至るまでの要素1つが欠けた場合のほかに、2つあるいは3つ欠けた状態での売却希望価格を調べ、すべて揃っており無料の特典がすぐ手に入る場合と比較を行なっています。
分析の結果、スタンプが揃っていない条件ではスタンプが3つ足りないカード、2つ足りないカード、1つ足りないカードの順に売却希望価格が高くなり、4個すべて揃っているカードは3個足りないカードと同程度の売却希望価格になりました。
![完成まで1つ欠けている条件の時に最も売却希望価格が高くなった](https://image.kingsoft.jp/starthome/nazology/2025-02-03/546e66e4156ce0be16cf09b8fd0ea391_lg.jpg)
この結果は、完成品よりも完成していないけれども完成に近いものほど価値が高く感じられる傾向を示しています。
つまり私たちは「もう少しで完成する」という状態に強い魅力を感じ、その過程や努力に価値を見出しているのです。
この心理は、収集癖にも深く関わっていると考えられます。
コレクターは、一見すべてが揃っている状態に最も価値を置いているように思われがちですが、最後まで集め切る行為に対しより強い価値を感じ、「もう少しで完成する」という状態に強い魅力を感じていると言えるのです。
収集癖がない人もつい、あと一つで完成するパズルや、あと一話で終わるドラマに強く惹かれるのも、この心理が働いているのかもしれません。
参考文献
So near and yet so far: the mental representation of goal progress
https://psycnet.apa.org/doiLanding?doi=10.1037%2Fa0028443
The Endowed Progress Effect: How Artificial Advancement Increases Effort
https://www.semanticscholar.org/paper/The-Endowed-Progress-Effect%3A-How-Artificial-Effort-Nunes-Drèze/f643e63630349e19d66cb3383342c9d51eab0ed9
元論文
The One-Away Effect: The Pursuit of Mere Completion
https://www.researchgate.net/publication/370348004_The_One-Away_Effect_The_Pursuit_of_Mere_Completion
The value of mere completion
https://psycnet.apa.org/record/2023-80180-001
ライター
AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしていました。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。
編集者
ナゾロジー 編集部