最近、日本でも物価高の影響が目立ちはじめています。
スーパーに立ち寄ったとき、いつもは200円前後で買えるキャベツが500円に値上がりしていて、「高すぎる!」と思わず声が出そうになった方もいるのではないでしょうか。
しかし、よく考えてみると、スターバックスでコーヒーを頼むときの500円にはあまり抵抗を感じず、むしろ当たり前に支払っているなんてことも。
同じ500円なのに、片方は「高い!」と驚き、もう片方は「まあ仕方ないか」と納得してしまうこの差はどこから生まれるのでしょうか。
価格をめぐる不思議な心理の仕組みを探ります。
目次
- 「感情」と「境界」が価格感覚を左右する
- ブランド・コミットメント「同じ価格でも高く感じにくい」
「感情」と「境界」が価格感覚を左右する
まず注目したいのが、「感情的価値」と「価格の境界線(内的参照価格)」という2つの要因です。
「感情的価値」とは、商品やサービスの利用によって得られる心理的メリットのこと。
たとえば、スターバックスのコーヒーを例に考えてみましょう。
スターバックスのコーヒーは、単にコーヒーの味という機能だけでなく、「洗練された空間」、「オシャレな雰囲気」など、心地よい感情を伴う要素が大きなポイントになっています。
そのため500円程度でも「そこまで高くない」と思いやすいわけです。
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これに対し、キャベツはあくまでも食材としての実用性に重きをおきます。
普段から100~200円程度で買えるイメージがあるため、もし500円という価格を見かけると、「割高だ」と感じる人が多いでしょう。
つまり、キャベツのように、感情的価値が少ない場合、どうしても価格の高さが目につきやすくなるのです。
もう一つ重要なのは「価格の境界線(内的参照価格)」。
人には「この商品は大体いくらぐらい」といった相場観があり、それを越えた瞬間に高いと判断しやすくなるといわれています。
行動経済学では、こうした個人の目安を「内的参照価格」と呼びます。
キャベツなら100~200円と想定している人にとって、500円は大幅に上回る価格ですから、「高い!」と強く認識されるわけです。
一方、スターバックスのようなカフェで提供されるドリンクには、そもそも300~600円といった一定の価格帯を想定している人が多くいます。
さらに、この「境界線」は大きな金額帯でも同様に働きます。
たとえば、9800円の商品と1万円の商品を比較すると、前者が1万円の境界を割っているため、相対的に安く感じられやすいという指摘があります。
ところが、アップグレードする商品の価格を設定する場面では、この端数価格が逆に不利になる場合もあるようです。
「9800円から1万1800円にアップグレードする」となると、1万円を越える心理的ハードルを二重に意識してしまい、いっそう高いと感じやすくなるのです。
要するに、内的参照価格を超えるかどうかが価格認知に大きく作用し、「わずかな差額でも大きく感じてしまう」現象が起こるわけです。
このように、同じ金額であっても人によって「高い」、「高くない」の判断が真逆になる背景には、感情的価値と内的参照価格の相互作用があります。
スターバックスのように「特別感」を強く訴求している場合は同じ500円でも納得感が生まれやすく、日常的な食材のように大幅に相場を超えた価格になれば、同じ500円でも途端に「これは高い」と感じられてしまうのです。
ブランド・コミットメント「同じ価格でも高く感じにくい」
ここでさらに、ブランドへの「愛着」という視点を加えてみましょう。
ある研究では、ロイヤルティ(継続購買)とコミットメント(心理的愛着)は必ずしも同じではないと示唆されています。
単に価格が安いから買い続けるだけの人と、「このブランドが好きだから」と買い続ける人では、同じようにリピート購入していても心理面が異なるため、値上げがあった際の反応も変わりやすいのです。
また、別の研究では、商品が持つ機能的価値(実用面)だけでなく、感情的価値(気分が上がる・好ましさ)や社会的価値(見栄え・ステータス)が複合的に作用すると、より強い愛着が生まれることが示されています。
こうした消費者は、少し価格が上乗せされても「むしろその価値に見合う」と判断しやすいわけです。
ここで「端数価格」の話を思い出すと、安く見せるメリットはある一方、アップグレード商品を買ってもらう際には不利になる場合があります。
しかし、もし利用者が「多少高くても欲しい」と思うほどブランドを強く支持していれば、こうした価格のトリックに左右されにくいでしょう。
たとえば高額なスマートフォンの購入で、「appleだから買う」というこだわりが強い人は、端数かどうかに関係なく最上位機種を選ぶことが少なくありません。
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「見せかけのロイヤルティ」(価格が安いからだけでリピート)と「真のロイヤルティ」(高くても愛着があるから買う)を区別する動きもあります。
後者の層は、少々の値上げでは購買意欲が揺るぎにくいと報告されています。
つまり、愛着が強いほど「自分にとってこのブランドの製品こそ特別だ」という意識が優先され、内的参照価格や端数価格の設定をそこまで気にしなくなるのです。
このように、私たちが価格を「高い・安い」と判断するときは、心理的な境界線や商品の魅力だけでなく、「そのブランドをどれだけ好きか」も大きく関わります。
500円程度の違いでさえ、ブランドへの思い入れがある人にとっては気にならないことも多いわけです。
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同じ500円でも「高い」と感じるかどうかは、感情的価値と内的参照価格の相互作用が大きく左右するということがわかりました。
スターバックスのように特別感を打ち出している場合は、そこに強い愛着を持つ人ほど境界線を気にせず「これくらい出してもいい」と思いやすくなります。
一方、キャベツのように実用性がメインで、相場観を超えた高値がついていると、「たった500円でも非常に高く感じる」といった反応が出やすいわけです。
私たちの「高い・安い」の感覚は単純な金額の問題というより、心理的基準とブランドへの好意が複雑に組み合わさって生まれるのです。
もし買い物で「これ、同じ値段なのに妙に高く感じるな……」と思ったときは、自分がどんな相場観や感情的価値、そしてブランドに愛着を持っているか、少し振り返ってみると新たな発見があるかもしれません。
参考文献
ブランド・コミットメントに及ぼす消費価値の交互作用効果
https://www.jstage.jst.go.jp/article/marketing/41/1/41_2021.026/_pdf/-char/ja
消費者のブランド選択行動におけるロイヤルティとコミットメントの関係
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmd/12/1/12_1_1_1/_pdf/-char/ja
ライター
岩崎 浩輝: 大学院では生命科学を専攻。製薬業界で働いていました。 好きなジャンルはライフサイエンス系です。特に、再生医療は夢がありますよね。 趣味は愛犬のトリックのしつけと散歩です。
編集者
ナゾロジー 編集部