2024年、生物学の最前線では数多くの大ニュースが続々と報告されました。
たとえば「産まれる前に半分の卵が死ぬイモリの謎が200年越しに解明」「生と死を超える“第3の状態”でヒトのゲノムがまったく別の生物に変化」「敗北すると格下相手にも負け続ける“勝者敗者効果”の衝撃」「哺乳類でママしか授乳できない理由の数学的証明」など、思わず目を疑う話題ばかり。
さらに「プラセボ手術が本物の手術と同等の治癒効果を示す不思議」「生態系を根底から揺るがす“鏡像細菌”誕生の危機」「愛情を注がれたラットに正義感と善悪判断が芽生える」という驚きの結果まで登場しました。
これらは進化論や医療、生命倫理を大きく変えてしまう可能性を秘めています。
そこで本記事では、2024年度版の生物学ニュースTOP7をわかりやすくまとめ、各研究の核心と今後の展望をご紹介します。あなたの“生命観”をガラリと変えるかもしれない最新トピックを、ぜひ最後までチェックしてみてください。
目次
- 第7位:「半分の卵が死亡する」イモリの200年にわたる致死システムの謎がついに解明
- 第6位:生命には生と死を超えた「第3の状態」が存在すると判明
- 第5位:格下の相手に負け続ける恐ろしい「勝者敗者効果」を人間で確認
- 第4位:「ママしかおっぱいが出ない理由」を数学的に証明することに成功!
- 第3位:プラセボ手術にも本物の手術のように体を治癒させる効果がある
- 第2位:鏡の世界にいる『鏡像細菌』は絶対に誕生させてはならない【共同声明の発表】
- 第1位:人間に愛されて育ったラットは正義感と善悪判断を芽生えさせる
第7位:「半分の卵が死亡する」イモリの200年にわたる致死システムの謎がついに解明
産まれる前に半分死ぬイモリの話です。
オランダのライデン大学(LU)で行われた研究により、卵の半分が孵化前に死亡するというイモリの奇妙な致死システムの謎が解明されました。
この奇妙な現象については200年以上前に発見されてから現在に至るまでに、致死システムの仕組みや死ぬことで得られるメリットなどさまざまな説が報告されてきましたが、どの研究も染色体や遺伝子の包括的な分析が行われておらず、決め手に欠けていました。
しかし新たに行われた研究では、詳細な遺伝子地図が作成され、イモリの致死システムが第1染色体に起きた1回の大規模な変異に起因していることが示されました。
また致死システムが簡易な進化促進装置、あるいは種分化装置として機能しており、わずか2世代という僅かな期間で新種を作り出す手段になること、さらに先祖となる集団からの遺伝子混入に対して、致死システムが保護機能を発揮し、新種の確立を助けていることなどが判明しました。
さらに研究では、進化メカニズム解明の決め手となったイモリの第1染色体の新事実も明らかにされています。
卵の半分が死ぬという事実からは、自然の摂理に反する理不尽さを感じずにはいられませんが、生命にとってはしばしば効率的な増殖能力よりも新種を確立することのほうが重要なのかもしれません。
今回は記事本文にて、イモリの謎にまつわる歴史的な経緯を紹介しつつ、研究内容の詳細な解説を行っていきます。
第6位:生命には生と死を超えた「第3の状態」が存在すると判明
上の動画では、試験管の中を泳ぎ回る奇妙な存在が映されています。
顕微鏡を使ってさらに拡大すると、この存在がアメーバのような単細胞生物ではなく、多数の細胞から構成されていることがわかります。
この生物はいったい何でしょうか?
一見すると、どこかの池や沼から取ってきた微生物のように思えます。
現在、未知の生命の正体を調べるときには、遺伝子解析が主流となっています。
しかし、この存在のゲノムは既に判明しています。
それはホモ・サピエンスです。
この奇妙な存在のゲノムは100%人間で、遺伝子編集などは全く行われていません。
通常ならば、ホモサピエンスのゲノムが何を作るかは、言うまでもないでしょう。
多少の個人差はあっても、這いまわる小型の多細胞生物などでは「断じて」ないはずです。
しかし近年の研究では、生と死を超えた第3の状態に突入することで、ホモサピエンスのゲノムを持つ生物を、新たな多細胞生物へと変化させることが可能であることがわかってきました。
研究ではここ十数年の研究成果がレビューされており、栄養、酸素、生化学的刺激が与えられた場合、人間やカエルの体が死後に新たな機能を備えた「多細胞生物」に変化できることが示されています。
研究者たちは死の生物学が進んだ結果「生物の死に関する従来の理解や「生命」および「生物」の定義が時代遅れになっている可能性がある」と結論しています。
生とは、死とは、そして命とは何なのでしょうか?
第5位:格下の相手に負け続ける恐ろしい「勝者敗者効果」を人間で確認
人気漫画のワンピースで剣士のゾロが世界一の剣豪ミホークにはじめて敗北するシーンは非常に印象的で、2人が口にしたセリフは名言と言われています。
敗北したゾロはミホークにナイフを胸に致命傷になるギリギリまで刺され、負けを認めなければこのままナイフを刺し込み殺すと言われます。
しかしそれに対してゾロは「ここを一歩でも退いちまったら、もう二度とこの場所へ帰ってこれねェような気がする」と言い、ミホークは「そう。それが敗北だ」と返しました。
このことから、勝負における敗北はメモ帳に単に勝敗記録が書き込まれるだけでなく、精神的に何か大きな変化が起きてしまうことを暗示させます。
心理学においてこの現象は「勝者敗者効果」と呼ばれており、直近の勝負での勝ち負けが、次の勝負の戦績において甚大な影響を与え、直近で勝った者は次の勝負で勝ちやすく、負けた者は逆に負けやすくなることが知られています。
この効果は自然界で生きる動物たちでは特に強力に作用しており、初戦で負けた動物は実力にかかわらず次の勝負で勝てる確率は劇的に低下することが示されています。
カナダのマクマスター大学(McMaster University:Mac)で行われた新たな研究では、この効果がEスポーツや文章読解力のような肉体を駆使しない分野でどのように働くのかが調べられました。
第4位:「ママしかおっぱいが出ない理由」を数学的に証明することに成功!
パパはなんでおっぱいでないの?
この疑問を1度は尋ねた人は多いでしょう。
哺乳類において自然環境でのオスの授乳が確認されているのは、ダヤクフルーツコウモリ (Dyacopterus spadiceus)ただ一種でありその他全ての哺乳類はメスだけが授乳を行います。
しかし逆を言えば、オスが授乳するような進化は決して不可能ではないことも示しています。
少し考えただけでも、オスが授乳できるようになることの利点は数多くあります。
たとえば授乳中のメスが死んでしまった場合、オスが授乳することができれば子供を救うことができます。
またオスとメスの双方が授乳可能であることは、栄養供給量の面からみても有利となります。
また哺乳類のどのオスにも遺伝的に乳腺組織があることが知られています。
たとえば乳汁漏出症を発症した人間の男性では、母乳が勝手に漏出してしまうことが知られています。
オスの授乳を起こすための遺伝的ハードルは意外にも低いのです。
しかし実際の進化は1種類のコウモリを除き「オスの授乳」を促しませんでした。
イギリスのヨーク大学(York)で行われた研究により、哺乳類においてメスだけが授乳を行いオスが授乳を行うように進化しなかった理由が、数学的に解明されました。
第3位:プラセボ手術にも本物の手術のように体を治癒させる効果がある
偽物の薬が本物の薬のように作用するプラセボ効果は、人体の不思議を代表する現象です。
プラセボ効果が影響を与える範囲は極めて広範に及んでおり、痛みやうつ症状の軽減だけでなく、パーキンソン病患者の運動機能の改善にも効果があることが知られています。
プラセボ効果の発生する仕組みについてはまだ解明されていない部分が多くありますが、一説には「患者が効果を信じることで体がその期待に反応し治癒効果に等しい反応が起こる」と考えられています。
そこで1990年代、ブルース・モーズリー氏は外科手術にも同じような効果が現れるかを確かめる試みが行われました。
調査に当たっては、酷い膝の痛みを訴える180人の患者を2つのグループに別け、一方のグループには本物の手術を行い、もう一方のグループにはプラセボ手術とも言われる偽の手術を行いました。
本物の膝の手術では、小さな金属の管を膝に挿入し、傷ついた軟骨を修復したり痛みの原因となる砕けた骨片の除去が行われます。
一方、プラセボ手術では膝を小さく切開するだけであり、器具を入れて軟骨を修復したり骨片を取り去ったりは行われません。
そのためプラセボ手術を受けた患者は、本物の手術を受けた患者と同じような傷跡が表面に残ることになります。
しかし研究により、手術をしたふりだけをする偽手術「プラセボ手術」にも、本物の手術に匹敵する効果が得られる場合がある、ことがわかってきました。
第2位:鏡の世界にいる『鏡像細菌』は絶対に誕生させてはならない【共同声明の発表】
私たちが知る生物界とは異なる「もう一つの生命」が生まれつつあります。
それは通常の生物分子の左右をそっくり反転させた鏡像分子から作られた「鏡像細菌」と呼ばれる存在です。
現在の地球に存在する捕食者の消化酵素や免疫システムは彼らに歯が立ちません。
もし彼らが自然界へと放たれたなら、現在の生態系を根底から揺るがしかねない大惨事となるでしょう。
2024年12月12日付けで、科学誌「Science」に掲載された声明では、ノーベル賞受賞者を含む38名からなるチームが「鏡像細菌(ミラーバクテリア)」の創造を目指す研究や、それを支援する資金提供を各国政府は即刻禁止すべきだと強く訴えています。
この論文の著者で、エール大学の免疫学者ルスラン・メジトフ氏は「こうしたリスクは、いくら強調してもし過ぎることはありません」とし「もし鏡像バクテリアが動物や植物に感染して広がった場合、地球上の広大な環境が一気に汚染され、命にかかわる影響をもたらしかねない」と述べています。
同じく著者の一人で、2019年にノーベル化学賞を受賞したシカゴ大学のジャック・ショスタック氏も「その結果は、これまで私たちが直面してきた問題をはるかに凌ぐ壊滅的な事態を招く恐れがあります」と述べています。
研究者たちは、これら危険を未然に防ぐためにも、法的規制によってこのような研究自体を禁止すべきだと主張しています。
なぜ研究者たちはこれほど鏡像細菌の誕生を恐れているのでしょうか?
第1位:人間に愛されて育ったラットは正義感と善悪判断を芽生えさせる
愛されたネズミの物語です。
愛媛大学によって行われた研究により、人間に愛されて育ったラットには人間に似た正義感や善悪判断を思わせる行動がみられること判明しました。
実験ではラットたちに「いじめ」の現場や溺れている子供が提示されたときに、どのような行動をとるかが調べられました。
ラットたちは加害者マウスに接近して行動を制止するような動きを見せたり、溺れている子マウスに接近する行動を示しました。
また愛されて育ったラットに、安楽死させられたラットと麻酔により昏睡しているラットの両方を提示すると、昏睡しているラットの体を心配しているように揺さぶる行動を見せることが明らかになりました。
一方で、人間に愛されず標準的な飼育環境で育ったラットには、このような行動はみられませんでした。
この結果は、愛されて育てられるという経験が種を超えて「正義感や善悪判断」を育む基礎になる得ることを示唆しています。
あたかも人間に愛情たっぷりに育てられることが、人間らしい心をラットたちの心に芽生えさせるかのような研究結果は、非常に興味深いと言えます。
さらに今回の研究では脳科学的な分析も行われており、愛された経験が脳の遺伝子の働き方にどのような変化を与えるかも調べられています。
愛情がラットたちの行動や脳にどのような変化をもたらしたのでしょうか?
今回はまず実験全体を1話~3話までを4コマで示しつつ、その後に詳細な紹介を行いたいと思います。
そしてきっと最終話(4話)は涙なしには語れないものになるでしょう。
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部