急に怒鳴りつけてきたかと思えば、次の日には優しくアドバイスをくれたり、また翌日には高圧的な態度で理不尽な要求を押し付けてきたり…
このように上司の態度がコロコロ変わる「ジキルとハイド型」だと、部下の仕事パフォーマンスはガタ落ちしてしまうようです。
この研究結果は米スティーブンス工科大学(SIT)によって報告されたもので、単に横暴であるだけの上司よりも、善と悪の間を行ったり来たりする上司の方が、従業員への心理的苦痛が大きくなることが明らかになりました。
研究の詳細は2024年10月31日付で心理学雑誌『Journal of Applied Psychology』に掲載されています。
目次
- あなたの身近にもいる?「ジキルとハイド型」の上司とは
- 上司が「ジキルとハイド型」だと、従業員の生産性が「ガタ落ち」する
あなたの身近にもいる?「ジキルとハイド型」の上司とは
皆さんはこれまでのバイト経験や現在の会社勤めをする中で、攻撃的で意地の悪い上司やリーダーに出くわしたことがあるでしょう。
いつも高圧的な態度で接してきたり、理不尽な要求をしてきたり、短気ですぐ怒鳴りつけるなど、上司に対して悶々とした日々を過ごすことがあるかもしれません。
過去の研究では、攻撃的で横暴なリーダーシップは部下や従業員のメンタルに深刻な打撃を与えて、生産性を落とすことが十分に示されています。
その一方で、皆さんの上司の中には、高圧的で横暴な一面もあるが急に優しく柔和になるタイプもいるのではないでしょうか?
このように善と悪の間を行ったり来たりするリーダーシップを指して、研究者らは「ジキルとハイド型」と喩えています。
ジキルとハイドとはご存知のように、英国の小説家ロバート・ルイス・スティーヴンソンによる古典小説『ジキル博士とハイド氏』(1886)にちなむ言葉です。
劇中では、人格も学識もともに優れている紳士のジキル博士が、自ら発見した薬を飲むことで、残忍で醜悪な小男ハイド氏に変身するという物語。
この小説は一人の人間のうちに潜む善と悪の二面性をテーマにしており、世間的には解離性同一性障害(※)の代名詞として「ジキルとハイド」の例えがよく使われています。
(※ 解離性同一性障害:自分の中にまったく別の人格を持つ精神疾患の一つで、本人にとって耐えられない状況を他人の出来事のように切り離したりします。かつては多重人格障害とも呼ばれていました)
今回の研究で言及されている善と悪を行き来する上司とは、解離性同一性障害を指すわけではありません。
上司自身が「部下に厳しくしすぎたから今日は甘めに行こう」というように意識的に2つの面を行ったり来たりする場合、あるいは本人には自覚がないものの、厳しい一面と甘い一面を無意識に行ったり来たりしてしまう場合をメインとしています。
しかし、ジキルとハイド型の上司が従業員にどんな影響を与えるかは明らかにされていません。
そこでチームは会社の上司が二面性を行き来する上司だと、従業員はどうなるのかを調べてみました。
上司が「ジキルとハイド型」だと、従業員の生産性が「ガタ落ち」する
本調査では、アメリカとヨーロッパに拠点を置く企業のフルタイムワーカー(正社員)650名以上を対象としました。
オンラインでの質問調査が実施され、参加者それぞれに自らの上司のリーダーシップを評価してもらいます。
例えば、部下を怒鳴ったり、侮辱したり、公然と批判する行動をどれだけ取るか、反対に部下に誠実に接し、公平な決定を下して業務を進めているかなどに回答してもらいました。
それから参加者自身の会社勤めにおける心理的ストレスや疲労感、それから仕事のパフォーマンスや生産性に関する質問にも答えてもらっています。
そしてこれらのデータを比較分析した結果、上司が常に高圧的で横暴なタイプであると、これまでの研究どおり、従業員の心理的ストレスが高く、生産性も落ちやすくなることが示されました。
ところがそれ以上に、上司が高圧的で横暴な一面と誠実で優しい一面を行き来する「ジキルとハイド型」であったとき、上司が常に高圧的で横暴な場合と比べて、従業員はより強い心理的ストレスと疲労感を感じており、仕事のパフォーマンスや生産性も大きく落ちていたのです。
では、どうしてジキルとハイド型の上司の方が、常に横暴で攻撃的な上司よりも従業員を疲弊させやすいのでしょうか?
その理由について、研究主任のシュー・ハオイン(Xu Haoying)氏は、ジキルとハイド型の上司に対する「予測の難しさ」にあると指摘します。
例えば、常に横暴な上司の場合は、どういうときに怒鳴ったり、理不尽になるのかのパターンが読みやすいので、従業員の方も「さあ、そろそろ雷が落ちるぞ、くるぞくるぞ… ホラ、来た!」というように、ある程度の予測ができるのです。
それでも心理的なダメージはありますが、まだ事前に予測できる分、心の準備ができているのでしょう。
これと対照的に、ジキルとハイド型の上司は、二面性をコロコロと行き来するので、いつ鬼モードに入って、いつ仏モードに入るのか、従業員の方も予測しづらくなります。
「従業員は、良い上司と悪い上司、どちらの上司が現れるかを常に推測してしまうことになるので、精神的に疲弊し、やる気を失い、能力を十分に発揮できなくなるのです」とハオイン氏は説明しました。
このように、上司の態度がいい行動と悪い行動の間で予測できないほど揺れ動くと、従業員のやる気とパフォーマンスが急激に低下し、ひいては会社全体の損失にもつながりかねません。
またハオイン氏は「この種のリーダーシップは部下にも伝染することが示唆されており、その部下が次に上司の立場になったときに、また同じような態度を部下たちにとってしまう可能性がある」と危惧します。
そうなると、その会社はジキルとハイド型の上司を量産する悪循環に陥り、従業員にとって働きづらい環境を形作ってしまうでしょう。
そうならないように、上司の方々は「鬼の顔」と「仏の顔」をあまり行き来しすぎないように心がけた方がいいかもしれません。
参考文献
“Jekyll and Hyde” Leaders Do Lasting Damage, New Research Shows
https://www.stevens.edu/news/jekyll-and-hyde-leaders-do-lasting-damage-new-research-shows
元論文
Jekyll and Hyde leadership: Examining the direct and vicarious experiences of abusive and ethical leadership through a justice variability lens.
https://doi.org/10.1037/apl0001251
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部