サルモネラは食中毒の原因になる細菌です。
食べ物やペットからサルモネラに感染すると、嘔吐、下痢、発熱などの食中毒症状を引き起こします。
人間の胃や腸にはこうした病原体と戦い体を守る仕組みがあるにもかかわらず、一体どのようにしてサルモネラに感染するのでしょうか?
その答えの一つが、アメリカ・カリフォルニア大学(University of California)のアンドレアス・バウムラー(Andreas J. Bäumler)氏らの研究により発見されました。
サルモネラは小腸で炎症を起こし、アミノ酸の正常な吸収を邪魔して腸内の栄養素のバランスを崩すことで、自分たちが大腸で生き残りやすい環境を作り出していたのです。
研究の詳細は、2024年11月15日付で科学誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America』に掲載されています。
目次
- 短鎖脂肪酸による防御機構と病原菌の戦い
- サルモネラは生存を有利にするため腸の栄養環境を操作していた
短鎖脂肪酸による防御機構と病原菌の戦い
サルモネラ属の細菌は、町田予防衛生研究所によると2019年〜2023年の過去5年間の食中毒原因第5位にランクインするほど身近に潜んでおり、その名前を一度は耳にしたことがあるでしょう。
食中毒は、サルモネラといった原因となる病原体が食べ物などから摂取され、人間の体を守る仕組みに打ち勝って増殖したり毒素を出したりすることで発症します。
(なお、本記事では便宜上、バウムラー氏らの研究対象であるSalmonella enterica serovar Typhimuriumを「サルモネラ」と表記します。)
では、人間はどのように体を守っているのでしょう?
防御の仕組みは胃腸の粘膜や免疫反応など様々ありますが、ここでは我々の腸に住んでいる腸内細菌と短鎖脂肪酸(以下、SCFA)に注目します。
腸内細菌は、体に良い働きをする「善玉菌」、悪い働きをする「悪玉菌」、状況次第でどちらの働きもする「日和見菌」の3つに分けられ、その割合は健康な日本人ではおよそ2:1:7とされています。
ちなみに、健康食品でお馴染みの乳酸菌やビフィズス菌はどちらも善玉菌の一種です。
健康な状態では、主に善玉菌が食物繊維やオリゴ糖などの吸収されなかった炭水化物を大腸で発酵させて、酢酸、プロピオン酸、酪酸といったSCFAを作ります。
これらのSCFAは弱酸のため、大腸内のpH(酸性=pH7未満、中性=pH7、アルカリ性=pH7超)を低下させて酸性環境を保ち、病原菌が生存しにくいようにしています。
また、SCFAは、酸が水に溶けた時の水素イオン(H+)の放出しやすさを示す酸解離定数(pKa)が約4.7のため、pHが4.7より高くなる(中性に近くなる)ほど水素イオン(H+)を放出しやすくなります。
大腸内は弱酸性環境(pH5.7〜6.2)のため、多くのSCFAが水素イオン(H+)を持った状態(プロトン化)で存在し、簡単に細胞膜を通り抜けられるので細胞外から細胞内に入りやすくなっています。
プロトン化した状態でSCFAがサルモネラなど病原体の細胞内に入ると、細胞質が中性(pH7.2〜7.8)のため、SCFAは水素イオン(H+)を放出し、細胞質内は水素イオン(H+)が増えてpHが低くなり、酸性化します。
すると、酸性化によって細胞の構造や遺伝子にダメージが加わったり、酵素が上手く働かず細胞のエネルギーであるATPの合成に支障をきたすなどして、病原体が増殖できなくなります。
このように、腸内細菌が作ったSCFAに由来する酸の力は病原体への感染を防ぐうえで重要な役割を果たしています。
逆に、病原体はどのような武器を持っているのでしょうか?
サルモネラは、T3SS-1(Type III Secretion System-1)とT3SS-2(Type III Secretion System-2)という2種類の分泌システムを使って、それぞれ細胞侵入と細胞内での生存を図ります。
これらの分泌システムは針のような構造(分泌装置)を持っており、その針を侵入先(宿主細胞)に突き刺して、侵入や免疫回避、細胞内での生存を助ける成分を注入します。
そして腸内の炎症を引き起こし、その結果として増加した酸素や硝酸塩、テトラチオネートなどを使って呼吸やエネルギー生成を行います。
その他にも様々な感染メカニズムを駆使して腸内でサルモネラが増殖し、最終的に食中毒をもたらします。
しかし、高濃度のSCFAと大腸の酸性環境が、病原体の酸素呼吸および硝酸塩呼吸による増殖を抑制し、その生存能力を打ち消すという研究結果もあります。
では一体どうやってサルモネラはSCFAによる防御機構を回避しているのでしょうか?
サルモネラは生存を有利にするため腸の栄養環境を操作していた
サルモネラは主に大腸で増殖しますが、増殖場所ではない小腸にも侵入することがわかっていました。
そのため、バウムラー氏らの研究チームは、マウスを使ってサルモネラがどのように小腸と大腸の栄養素バランスを変化させるのか追跡しました。
最初に、マウスに通常のサルモネラ(野生型、WT)とT3SS-1、T3SS-2が機能しない無毒性のサルモネラ(invA spiB変異体)を感染させ、大腸や血液中のアミノ酸濃度を調べました。
その結果、サルモネラの毒性因子が小腸の炎症を引き起こし、アミノ酸の吸収不良を招いているとわかりました。
病原体の細胞内でアミノ酸の脱炭酸が行われると、水素イオン(H+)を消費するためpHが上昇(アルカリ化)し、SCFAによる細胞内の酸化に対抗できるため、本来、小腸で吸収されるべきアミノ酸が炎症により吸収されず大腸に多く存在すると、病原体によって有利になると推測されます。
サルモネラの場合、サルモネラの細胞内でリジンとオルニチンというアミノ酸を脱炭酸し、カダベリンとプトレッシンという物質を生成し、細胞内の水素イオン(H+)と一緒に細胞外(宿主の大腸内)に排出することでSCFAによる細胞内酸化を抑制していると考えられました。
実際に実験データでサルモネラ感染後にマウスの大腸内でカダベリンとプトレッシンの濃度が上昇していたことから、研究者らはリジンとオルニチンに着目しました。
そこで、マウスの糞を使って腸内環境を再現した培地をpH6.7とpH5.7に調整してSCFAを加え、そこにリジン、オルニチンまたはサルモネラ増殖に関与している物質(L-アスパラギン酸、フマル酸、リンゴ酸、酸素、硝酸、テトラチオネートとエタノールアミンのいずれか)を添加した状態で、通常のサルモネラを培養しました。
すると、pH5.7の酸性環境ではリジンとオルニチンのみでサルモネラの増殖がみられました。
さらに、p H6.7、5.7に調整した培地にSCFAのみ、SCFAとリジンまたはオルニチンを添加し、通常のサルモネラ、リジンの脱炭酸で生成されたカダベリンを排出できないcadBA変異体、オルニチンの脱炭酸で生成されたプトレッシンを排出できないspeF potE変異体を培養しました。
その結果、pH5.7の環境だと、cadBA変異体はリジン添加培地で増殖できず、speF potE変異体はオルニチン添加培地で増殖できませんでした。
つまり、サルモネラがリジンまたはオルニチンの脱炭酸によって、SCFAによる増殖阻害を回避していることが証明されたのです。
以上の研究結果から、サルモネラは小腸で炎症を起こし、アミノ酸の吸収を妨げることによって、大腸にアミノ酸が豊富に存在する状態を作り出し、リジンやオルニチンを脱炭酸してpHを調整し、SCFAの防御機構から逃れながら増殖することが明らかになりました。
つまり、サルモネラは自らの生存を有利にするため、大腸内の栄養環境条件を戦略的に操作していたのです。
この新たな知見により、クローン病や潰瘍性大腸炎など炎症性腸疾患、腸内感染症の治療法あるいは予防法の進展が期待されます。
病原体の感染メカニズムについて研究が進めば、腸内細菌を整えるための食事計画など「腸活」にも応用されるかもしれませんね。
参考文献
New study shows how salmonella tricks gut defenses to cause infection
https://health.ucdavis.edu/news/headlines/new-study-shows-how-salmonella-tricks-gut-defenses-to-cause-infection/2024/11
元論文
Salmonella virulence factors induce amino acid malabsorption in the ileum to promote ecosystem invasion of the large intestine
https://doi.org/10.1073/pnas.2417232121
ライター
門屋 希実: 大学では遺伝学、鯨類学を専攻。得意なジャンルは生物学ですが、脳科学、心理学などにも興味を持っています。科学のおもしろさをわかりやすくお伝えし、もっと日常に科学を落とし込むことを目指しています。趣味は釣り。クロカジキの横に寝転んで写真を撮ることが夢。
編集者
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。