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50年代のおかしな実験「微小重力でネコを落とすとどうなるの?」


ネコの驚くべきしなやかな着地能力は、微小重力環境でも発揮されることがわかっています。19世紀フランスの科学者マレーが連続写真を使ってネコの着地動作を解析し、20世紀中頃にはアメリカ空軍が微小重力下での実験を行いました。実験により、微小重力でもネコは方向性を維持しながら着地できることが確認されました。この研究は宇宙飛行士訓練に応用され、彼らもネコの「立ち直り反射」を参考に空中での姿勢制御を学んでいるのです。

ネコは驚くべき「しなやかさ」を持つ生き物です。


彼らは少々高いところから落下しても、空中で巧みに身を翻し、背中を打ち付けることなく見事に着地することできます。


ネコとの付き合いが長い人類は古くから、彼らのしなやかな反射神経の秘密を解明しようとしてきました。


その中で人類は半世紀以上も前に、とある奇妙な実験をしています。


それは「微小重力の中でネコを落下させるとどうなるのか?」というものです。


重力が弱い中でもネコはちゃんと身を翻して着地できるのか、それを調べようとしたのでした。


では実際の動画も含めて、その経緯を振り返ってみましょう。


 




目次



  • 微小重力でネコを落下させるヘンな実験
  • 宇宙飛行士は「ネコ着地」を訓練させられる?

微小重力でネコを落下させるヘンな実験


ネコの身体能力を解明しようとする取り組みは「クロノフォトグラフィー(連続写真)」の発明によって本格的にスタートしました。


連続写真は短時間に大量の写真を撮ることで、ネコが空中でどのような動きをしているのかをコマ送りで観察することができます。


パラパラ漫画みたいなものですね。


そして1894年に、フランスの科学者であるエティエンヌ=ジュール・マレー(1830〜1904)が、ネコを仰向けの姿勢から落下させ、体を反転させて着地するまでの様子を毎秒12フレームで撮影した一連の連続写真を公開しました。


実際の写真がこちら。


画像
『Falling Cat』(1894)/ Credit: en.wikipedia

この連続写真はネコが空中でどのように身を翻し、4つ足で着地するのかについて理解を進めることになりました。


しかしこれで満足しないのが人間の好奇心です。


人類は1940年代〜50年代にかけて、パラボリック・フライト(放物線飛行)の効果を発見しました。


パラボリックフライト(放物線飛行)とは宇宙空間に行かずに微小重力環境を作り出す方法です。


水平飛行している航空機の機首を上げ、約45度まで上がった状態でエンジンを停止し、その後、放物線を描くように機体を自由落下させることで、機内を一時的に微小重力状態にすることができます。


これを受けて研究者たちは次のような悪魔的な発想を思いつきます。


「微小重力環境のように上下の区別がつかない状態でネコを落下させると、着地能力はどうなるのだろうか?」


そしてアメリカ空軍航空宇宙医学研究所(USAFSAM)はこの実験を実際にやってみることにしました。


1947年に米オハイオ州の上空で行われた実験映像がこちらです。


画像
Credit:USAF test with Cats in microgravity

(※ 動画はこちら。音量に注意してご視聴ください)



ナレーションの説明によると、ネコたちは微小重力の中で確かに上下の方向感覚を失っているようだったと述べられています。


しかし微小重力でもネコのしなやかさを完全に奪うには至りませんでした。


ネコは方向感覚を失っているように見えましたが、それでも自分がゆっくりとどの方向に落ちていくのかは理解しており、通常の重力下と同じように身を反転させて着地していたのです。


この実験を見た方は「これが一体何の役に立つのが?」「ただネコがかわいそうなだけじゃないか」とお思いでしょう。


しかし意外にも、この実験結果はのちの宇宙飛行士の訓練に役立つことになるのです。


宇宙飛行士は「ネコ着地」を訓練させられる?


この最初の実験に続き、1957年には8匹の子猫を対象に放物線飛行を行った実験も報告されました(Journal of Aviation Medicine, 1957:PDF)。


ここで研究者は「この実験は私たち自身の好奇心を満たすためだけでなく、微小重力状態におけるネコの耳石器官(平衡感覚に関わる末梢器官)の役割を明らかにするためでもある」と説明しています。


また1958年にも米軍の戦闘機「F-94 スターファイア」に乗せられて微小重力を体験しているネコの何とも居心地悪そうな写真も公開されました。


実際の写真はこちらでご覧いただけます。


画像
Credit: canva

しかしこれら一連の奇妙な実験はまったくの無駄ではなく、宇宙飛行士の訓練に役立つことになりました。


たとえ微小重力下の活動であっても、宇宙飛行士はは足を滑らせて背中から地面に落下してしまう場合があります。宇宙服の背中には大きなリュックのような装置がありますが、あれは生命維持装置であり、故障してしまうと命の危険に晒されます。


そのため宇宙飛行士は背中から落下しないように訓練を行うのですが、NASA(アメリカ航空宇宙局)はネコの着地スタイルが、この訓練に応用できると考えたのです。


スタンフォード大学の研究者は1969年に発表した報告の中で「自由落下するネコの姿勢はねじれた円柱のようなものであり、そのねじれを元に戻すようにして素早く空中で体勢を立て直している」と説明しています(International Journal of Solids and Structures, 1969)。


ネコは高い場所から落下するとき、自分の身体を素早く回転させて足を下に向ける「立ち直り反射」と呼ばれる能力を持っています。


この際、ネコは回転を制御するために身体の異なる部分(例えば頭、胴体、尾)を別々に動かしますが、無重力環境で自分の身体をどのように動かすと回転や姿勢制御ができるかという訓練で、「立ち直り反射」の理解が役立つというのです。


そして現在、宇宙飛行士たちの間では実際にネコのように空中で体をねじって体勢を立て直す訓練が導入されていますProceedings of the 2021)。


このように人類が好奇心から始めたおかしなネコ実験は最終的に、宇宙飛行士を身を守る行動の確立につながっているようです。


全ての画像を見る

参考文献

Scientists Put Cats in Microgravity to See What Would Happen
https://www.sciencealert.com/scientists-put-cats-in-microgravity-to-see-what-would-happen

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

ナゾロジー 編集部

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