毎日が忙しくなるほど、ADHD症状は和らぐ可能性があるようです。
これまでの研究で、ADHD(注意欠如・多動症)は発症すると一貫した症状が続くのではなく、症状が和らぐ時期もあれば、逆に重くなる時期もあることがわかっていました。
そしてこのほど、米ワシントン大学医学部(UWSOM)の最新研究で、ADHD症状が緩和する時期は仕事やプライベートで忙しくなっている時期と一致する傾向があることが判明したのです。
一体なぜ忙しいとADHD症状は軽くなるのでしょうか?
研究の詳細は2024年10月16日付で医学雑誌『Journal of Clinical Psychiatry』に掲載されています。
目次
- 忙しくなるほど、ADHD症状は緩和する
- 「忙しさ」がADHD症状を減らす理由とは?
忙しくなるほど、ADHD症状は緩和する
ADHD(注意欠如・多動症)は主に不注意・多動性・衝動性の3つを特徴とする発達障害です。
その多くは12歳前後の小児期に発症しますが、成人後になっても新たにADHDと診断されるケースは少なくありません。
特に大人のADHDでは多動性や衝動性の症状こそ薄まるものの、不注意や集中力の欠如が強く目立ち始め、遅刻や物忘れ、仕事中のうっかりミスが増えやすくなるのです。
一方でADHDは発症すると、以後一貫した重い症状がずっと続くものではないことがわかっています。
時期や状況によって、ADHD症状が影を潜めてほとんど寛解したように見えることもあれば、急に症状が重くなる時期が現れるなど、変動が見られるのです。
そしてワシントン大学医学部による最新研究では、特にADHD症状が緩和する時期と密接に関連している要因が新たに判明しました。
研究チームは今回、ADHDと診断されている米国およびカナダ在住の患者483名を追跡した長期データを分析しています。
この調査はそれぞれの被験者(調査開始時の平均年齢は8歳)を16年間にわたって追跡したものです。
その間に被験者の63.8%はADHD症状の変動を経験していました。
これらの患者は追跡期間中にADHD症状をほとんど示さない寛解期が平均3〜4回訪れ、その後数年以内に症状が再発しています。
チームはその寛解期に見られる被験者の生活状況データを比較分析して、何らかの関連性がないかどうか調べました。
するとADHD症状の寛解期は人生の忙しい時期に現れる可能性が高いことが判明したのです。
例えば、追跡期間に寛解を示した被験者は、幼い子供ができて子育てに忙しくなっていたり、親元から離れて独立した生活を始めたり、新たに家族ができて金銭的義務を負ったため、仕事が増えるなどしていたのです。
アメリカ在住の女性、ソフィー・ディディエさん(24)もその一人です。
ソフィーさんは15歳のときに医師からADHDと診断されました。
高校に入学した頃は特に症状がひどく、授業に集中するのが困難で落ち着きがなく、延々と喋り続けてしまうため、先生によく注意されていたといいます。
しかしソフィーさんはあることに気づきました。
学校の課題や部活動のラクロス、その他の課題活動が立て込んでスケジュールが厳しい時期になるほど、ADHD症状が緩和していたのです。
「毎日の日課を懸命にこなしているときほど心が安定し、物事をうまくコントロールできているような気がしました」とソフィーさんは話しています。
では、なぜ忙しくなるほどADHD症状は影を潜めるのでしょうか?
「忙しさ」がADHD症状を減らす理由とは?
そもそもADHDを持つ人においては、やることがなかったり、達成すべき目標が漠然としていたり、指示が曖昧な状況において、ADHD症状が強く現れやすいことが知られています。
こうした状況にあるとADHD患者は何をどのように進めるべきかわからなくなり、目の前のことから気が逸れて、不注意や集中力の欠如が現れやすくなるのです。
そこでADHD症状を管理するセルフマネジメント方法として、具体的な目標設定やスケジュール化が役に立つことが以前から指摘されてきました。
特にADHD患者が目標やスケジュールを作る上では、漠然とした大きすぎるものではなく、小さくてもいいので明確な目標を設定することが大切です。
例えば、「散らかった部屋を掃除する」といった漠然としたものよりも、「お昼休憩の1時間を使って机の上だけを片付ける」とか「寝る前の時間でクローゼットの中を整理する」といったタスク分割をします。
そうするとやるべきことがより明確になり、作業時間も短くて済むので、ADHDの人にとっても集中力が持続しやすく、不注意も起こりにくくなります。
これを踏まえると、「忙しい状況」というのは、まさにこうしたセルフマネジメントに近い環境をADHD患者に自然と要請することになるのです。
先ほどのソフィーさんのように、学校の課題もして、部活動のラクロスもして、その他の課外活動もするとなると、1日のスケジュールを細かく設定することになるでしょう。
その結果、やるべきことが明確に定まって高い集中力を維持しやすくなったと考えられるのです。
このように仕事やプレイベートが忙しくなることは、ADHDを持つ人に具体的なスケジューリングを要求し、それが症状を緩和させる有益な行動につながっている可能性があります。
これを受けてADHD症状に悩んでいる人は、毎日をわざと忙しくさせる必要はありませんが、明確なスケジューリングを活用することで集中力を高く保ち、不注意を減らせるようになるかもしれません。
参考文献
Study describes fluctuations, remissions seen with ADHD
https://newsroom.uw.edu/news-releases/study-describes-fluctuations-remissions-seen-with-adhd
Is Being Busy Good for People With A.D.H.D.?
https://www.nytimes.com/2024/11/13/well/mind/adhd-symptoms-busy-schedule.html
元論文
Characteristics and Predictors of Fluctuating Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder in the Multimodal Treatment of ADHD (MTA) Study
https://doi.org/10.4088/JCP.24m15395
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部