なんとも奇妙で愉快な実験が行われました。
それが「吸血コウモリを」をランニングマシンで走らせるという実験です。
まるでモンハンのティガレックスを彷彿とさせる姿ですが、なぜこんな実験を行ったのでしょうか?
カナダのトロント大学(University of Toronto)に所属するケネス・C・ウェルチ氏ら研究チームは、この実験から、血液を主な食事とする吸血コウモリが、血液からどのようにエネルギーを得ているか(代謝のメカニズム)が明らかになったと語ります。
吸血鬼は一体どの様に、他者から吸った血液をエネルギーにしているのでしょうか?
研究の詳細は、2024年11月6日付の学術誌『Biology Letters』に掲載されました。
目次
- 実は「歩いたり走ったりするのが得意」な吸血コウモリ
- 吸血コウモリはどのようにエネルギーを得ている?
- ランニングマシン実験より、吸血コウモリの血液の代謝方法が明らかに
実は「歩いたり走ったりするのが得意」な吸血コウモリ
「ナミチスイコウモリ(学名:Desmodus rotundus)」は、鳥類や哺乳類、主に家畜(ウシ、ウマ、ブタなど)の血液を食料とするコウモリです。
その食性から俗に「吸血コウモリ」と呼ばれています。
この吸血コウモリは夜行性であり、昼間は洞穴や樹洞の中で小規模な集団を作ってぶら下がって寝ています。
コウモリといえば独特の形をした翼が印象的であり、それゆえ、「食事の際には、空からウシの背中に舞い降り、ガブリと噛みついて吸血する」なんてイメージを持っている人も少なくありません。
しかし実は、吸血コウモリは「足」を使って獲物に近づきます。
眠っている動物の数メートル離れたところに着地し、静かに歩いて近づくのです。
しかも、吸血する際には、動物に気づかれないように、小さな傷となるよう噛みつき、傷口に舌を高速で出し入れして血液を摂取します。
吸血する時間は長くて20分程度で、最大で自身の体重の40%に相当する量の血液を吸います。
その結果、食事後は血液の重量や消化のために飛ぶことができなくなり、再び地面を歩いて帰宅するのです。
「吸血鬼」はコウモリに変身して夜空を飛び回りながら移動するイメージがありますが、実際の吸血コウモリは、地面を走って移動する場面が多いのです。
翼を持つコウモリが地面を走る姿はそれだけでもユニークで面白いですが、研究者はここから彼らについてもっと深い洞察が導けることに気づいたのです。
吸血コウモリはどのようにエネルギーを得ている?
最近、カナダのトロント大学(University of Toronto)に所属するケネス・C・ウェルチ氏ら研究チームは、吸血コウモリの代謝メカニズムに注目した研究を行いました。
私たち人間を含むほとんどの脊椎動物は、アミノ酸(タンパク質を構成する有機化合物)を燃焼させることが苦手で、主に炭水化物と脂質を代謝することでエネルギーを得ています。
例えば哺乳類の場合、低強度の有酸素運動は、主に脂質によってエネルギーが供給され、運動の強度が増すにつれて、炭水化物に頼る割合が高まります。
一方で、無脊椎動物であるハエの一種「ツェツェバエ(学名:Glossinidae)」は、血を吸うことで知られており、血液中のアミノ酸を燃焼させてエネルギーにしていることが分かっています。
では、脊椎動物である吸血コウモリ(ナミチスイコウモリ)は、どこからエネルギーを得ているのでしょうか。
吸血コウモリが主食とする血液にはタンパク質が豊富に含まれており、ほとんどの哺乳類がエネルギー生成に頼っている炭水化物と脂質が乏しいため、他の脊椎動物と同じような代謝方法では、十分なエネルギーを生成できないはずです。
そのためウェルチ氏は、吸血コウモリもタンパク質を構成するアミノ酸からエネルギーを得ているのではないかと考えていました。
今回、ウェルチ氏ら研究チームは、吸血コウモリが血液中のアミノ酸をどのように代謝してエネルギーを得ているのかを明らかにするため、24匹のコウモリを用いた実験を行いました。
ランニングマシン実験より、吸血コウモリの血液の代謝方法が明らかに
実験では、吸血コウモリたちをいくつかのグループに分け、それぞれに専用のウシの血を飲ませました。
あるグループでは、必須アミノ酸である「ロイシン」を高濃度で混ぜたウシの血を与えました
別のグループでは、非必須アミノ酸である「グリシン」を高濃度で混ぜたウシの血を与えました。
別のグループでは、そのままのウシの血を与えています。
その後、吸血コウモリたちを3つの強度(分速10m、分速20m、分速30m)で走らせ、酸素摂取量と二酸化炭素排出量などが計測されました。
吐き出された二酸化炭素を分析することで、アミノ酸がどのように代謝されたかを知ることができるからです。
実験において、コウモリは最初歩いていましたが、徐々に速度が上がっていくにつれ、小走りし、最後には跳ね回るように走りました。
ほとんどのコウモリは、90分間のテスト中、ずっと走り続けることさえできました。
吸血コウモリが走り続ける姿はなんともユニークで面白いですが、実験とはいえ、長時間走らされるコウモリからするとたまったものではなかったでしょう。
そして実験の結果、ランニングマシン上のコウモリの息からは、アミノ酸の代謝による二酸化炭素の生成がほぼ即座に検出されました。
さらにグリシンとロイシンの分解が、コウモリの走行中の総エネルギー生産量の60%を占めていることも分かりました。
これは、吸血コウモリがアミノ酸をほぼ瞬時にエネルギーに変換できることを示しています。
蚊などの昆虫が血液中のアミノ酸を代謝するのに長い時間を要することを考えると、これは驚きの結果だと言えます。
また、吸血コウモリでは、必須アミノ酸(ロイシン)も非必須アミノ酸(グリシン)も、効率的にエネルギーに代謝できることが分かりました。
吸血コウモリの小さな体は、与えられたアミノ酸が何であれ、それを最大限活用できるのです。
研究に関わっていないある科学者は、10分未満でアミノ酸を代謝する吸血コウモリの能力に関して、「哺乳類では前例のない」発見だと述べています。
この点に関して、研究チームは、「吸血コウモリは、摂取した大量の燃料(血液から得られるタンパク質やアミノ酸)を効率的に利用するために、このメカニズムを発達させた」と考えています。
ただし吸血コウモリは、血液から得られるタンパク質を効率的にエネルギーとして利用することに特化したことで、脂肪の蓄積や貯蔵能力が低下していおり、空腹状態に長く耐えられないという欠点があります。
それゆえ飢餓に弱く、血を吸えない日が続くと、すぐに命に危険が生じてしまいます。
この欠点を補うため、群れで生活する吸血コウモリたちは、血をたくさん吸った後、お腹を空かせた仲間に対して、血を吐き戻して与えることもあるのです。
吸血コウモリが飛べなくなるまで血をたくさん吸うことには、彼らなりの大切な理由があったのです。
この時、吸血コウモリが歩いたり走ったりできる能力が役立っています。
今回、吸血コウモリをランニングマシンで走らせるという興味深い実験から、彼らの特殊な代謝メカニズムが明らかになりました。
そしてその代謝方法は、「吸血コウモリの食生活」や「走ることが得意であること」と密接にかかわっていたのです。
参考文献
Vampire bats’metabolism mirrors that of blood-sucking insects, biologists find
https://phys.org/news/2024-11-vampire-metabolism-mirrors-blood-insects.html
Vampire Bats Run on Little Treadmills to Reveal How They Metabolize Blood
https://www.sciencealert.com/vampire-bats-run-on-little-treadmills-to-reveal-how-they-metabolize-blood
元論文
Vampire bats rapidly fuel running with essential or non-essential amino acids from a blood meal
https://doi.org/10.1098/rsbl.2024.0453
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部