スマートフォンから絶えず届く通知や電車の案内、SNSのタイムライン。
私たちは毎日、膨大な情報に囲まれながら生活しています。
しかし、そのほとんどの情報を一瞬で理解できていることに気づいているでしょうか。
米国ニューヨーク大学 (NYU) の研究チームは、私たちの脳がなんと125ミリ秒 (まばたきする間) で文章の構造を把握することを明らかにしました。
こうした驚くべき情報処理能力は、私たちが膨大な情報の中でスムーズに生活するために欠かせないものです。
研究の詳細は2024年10月25日付で学術誌『Science Advances』に掲載されています。
目次
- 脳は125ミリ秒で文章構造を見抜く!驚異の情報処理能力
- なぜ文字がバラバラでも読めるのか?「Typoglycemia」という現象
脳は125ミリ秒で文章構造を見抜く!驚異の情報処理能力
スマートフォンの通知や電光掲示板の表示を、一瞬で理解できると感じたことはありませんか?
ニューヨーク大学の研究チームにより、人間の脳は文章の構造を125ミリ秒、つまりまばたきする時間で把握できることが明らかになりました。
これは、主語-動詞-目的語 (SVO) のような基本的な文章構造に対して、脳が非常に敏感に反応することを示しています。
実験では、被験者に「看護師が傷を清潔にする」といったSVO構造の文章を提示し、それが無秩序に並ぶ単語リスト (例:「心臓 肺 肝臓」) と異なる反応を示すかを調べました。
その結果、言語処理に重要な役割を果たす脳の左側頭皮質は、SVO構造の文章に対して強い反応を示し、単なる単語の並びには見られない明確な活動を示しました。
さらに、この反応は文法エラーや不自然な意味の文章 (例:「傷が看護師を清潔にする」) であっても、ただの単語の羅列(単語リスト)より強く反応することが確認されました。
つまり、脳は単語の並びを見た瞬間に「文章らしさ」を素早く見抜けるという驚きの能力を持っているのです。
このような「文章らしさ」を見分ける脳の能力を、「文優位性効果 (Sentence Superiority Effect)」と呼びます。
脳はまず「文章の構造」を瞬時に捉え、意味や文法の整合性は後で確認していると考えられます。
この仕組みにより、私たちが日常的にスマホの通知、道路標識、広告などの情報を一目で理解し、適切に対応することができるのです。
今回の発見は、デジタル時代の情報環境で私たちの脳が、いかに効率的に情報を処理しているかを示しています。
例えば、商品パッケージや駅の案内表示から必要な情報を素早く探し出せるのも、文優位性効果のおかげです。
このような構造優先の処理が、視覚的な情報を即座に把握し、複雑な状況でも重要な情報を見逃さないための鍵となっています。
研究チームは今後、より複雑な文法や異なる言語構造に対しても同様の効果が見られるかを調査する予定です。
特に、AR (拡張現実) 技術を活用したスマートグラスが普及する未来においては、次々と表示される情報を脳がどのように処理するかが、さらなる課題となるでしょう。
この研究が進めば、ARやAIといった未来の技術と脳の処理能力が最適化され、今よりも効率的な情報処理が可能になるかもしれません。
また、インターネット上で時折話題になる「Typoglycemia (タイポグリセミア)」という現象も、瞬時の情報認識力の一例として挙げられます。
なぜ文字がバラバラでも読めるのか?「Typoglycemia」という現象
皆さん次の文章を読んでみてください。
こにちはん、みさなん おげんき ですか?
わたしも げんきです!
このぶしんょうは わざとじゅばんんを いれえかていますが、
そでれも けこっう よめすまよすね?
順番が乱れた文字で構成されているのに、違和感なく読めたのではないでしょうか。
この不思議な現象は「Typoglycemia (タイポグリセミア)」と呼ばれ、単語の最初と最後の文字が正しければ途中の文字が多少入れ替わっていても、脳が全体の意味を認識できるとされています。
ただし、この現象は科学的に実証されたものではなく、インターネットで広まった仮説の一例です。
これは元ネタは海外ですが、日本語でも成立するため、日本のネット上でも、「ちんゃと よゃちめうコピペ」として広まっていました。みなさんも下のようなコピペ文を見かけたことがあるでしょう。
では、なぜタイポグリセミアが起こると考えられるのでしょうか?
それは、脳が単語を一文字ずつではなく、全体の形状やパターンとして捉える性質があるためです。
脳は膨大な情報を効率よく処理するため、単語の「大まかな形」を通じて意味を推測します。
そのため、脳は効率的にパターンを利用して認識し、最初と最後の文字が正しければ、途中が多少入れ替わっていても補正して意味を理解できるのです。
タイポグリセミアはアルファベットで特に顕著に現れます。
例えば、「information」を「ifnromtaion」にしても、ほとんどの人が元の単語として認識できます。
これはアルファベットが個別の文字で構成されているため、単語全体の形が崩れにくく、読みやすいためです。
一方、日本語のようにひらがなや漢字で構成される言語では、タイポグリセミアは見られにくい傾向にあります。
ひらがなは表音文字であり、一文字一文字の音が意味を構成するため、ある程度順番が乱れても脳がパターンや文脈から補完し、正しい言葉として認識することができます。
例えば「こんにちは」と「こにんちは」というように、ひらがなの順番が乱れていても、多くの日本語話者は問題なく「こんにちは」と読み取れます。
しかし、漢字は一文字ごとに意味を持つため、順番が入れ替わると意味が大きく変わってしまうことがあります。
例えば「大雨」と「雨大」のように、同じ文字の組み合わせでも順番が変わることで文脈上の意味が通じなくなります。
私たちの脳が文字をどのように処理するかを示す「タイポグリセミア」の現象。
この不思議な仕組みは、脳が単語のパターンを瞬時に捉え、意味を補完できる能力を持っていることを表しています。
さらに最新の研究で、私たちの脳は文の構造や文法要素を瞬時に捉え、全体の意味を判断する力を発揮していることが分かりつつあります。
日常生活でも、SNSや掲示板を一瞬で理解する場面があるように、脳は絶え間なく流れる情報を効率よく処理し、私たちを支えています。
こうした「瞬間の理解力」が、情報社会を生き抜くための大きな鍵となっているのです。
参考文献
Our brains can understand written sentences in the ‘blink of an eye,’study reveals
https://www.livescience.com/health/neuroscience/our-brains-can-understand-written-sentences-in-the-blink-of-an-eye-study-reveals
MRC Cognition and Brain Sciences Unit
https://www.mrc-cbu.cam.ac.uk/people/matt.davis/Cmabrigde/
元論文
Language at a glance: How our brains grasp linguistic structure from parallel visual input
https://doi.org/10.1126/sciadv.adr9951
ライター
岩崎 浩輝: 大学院では生命科学を専攻。製薬業界で働いていました。 好きなジャンルはライフサイエンス系です。特に、再生医療は夢がありますよね。 趣味は愛犬のトリックのしつけと散歩です。
編集者
ナゾロジー 編集部