今や世界で最も人気のあるヒーローの一人、スパイダーマン。
彼の最大の武器は手首から発射するクモの糸であり、人や物を引っ張ったり、建物から建物へと飛び移るのに使われます。
子供だけでなく大人も憧れるイカした武器ですが、米タフツ大学(Tufts University)の研究チームは今回、スパイダーマンに着想を得たウェブシューター技術を大真面目に開発してみました。
本物にはまだまだ遠く及びませんが、針の穴から発射した液体を急速に固化させて、クモ糸のような繊維を作り出すことに成功しています。
この繊維は実証テストで、自重の80倍以上の物体を持ち上げることもできました。
研究の詳細は2024年9月24日付で科学雑誌『Advanced Functional Materials』に掲載されています。
目次
- スパイダーマンの武器「ウェブシューター」を本気で再現する!
- ドーパミンで急速な固化反応を実現
スパイダーマンの武器「ウェブシューター」を本気で再現する!
スパイダーマンは米マーベル・コミックが生み出したスーパーヒーローで、コミックの他、これまでに多数の映画シリーズが製作されています。
2002年から始まる第一シリーズ『スパイダーマン』3部作では、主人公ピーター・パーカーの体内で作られたクモ糸が手首から直接発射される設定になっていました。
しかしリブート版の『アメイジング・スパイダーマン』(2012)以降は、ピーター・パーカー自らがクモ糸発射装置である「ウェブシューター」を作って手首に装着する設定が主流となっています。
ウェブシューターはスパイダーマンを特徴づける最大の武器であり、建物の下敷きになりそうな市民を救出したり、ターザンのように建物間を飛び移る空中移動、それから悪党の目潰しや捕縛に使われています。
ウェブシューターが実際に開発できれば、きっと皆さんも一つは欲しくなるでしょう。
開発の突破口が偶然に開ける!
タフツ大学のシルクラボ(Silklab)は以前から、カイコが作り出すシルク(絹糸)を使った開発研究を行ってきました。
原料となるのはカイコの繭(まゆ)を溶液で煮ることで得られる「フィブロイン」です。
フィブロインはカイコの絹糸の主成分であり、糸を構成するタンパク質を指します。
フィブロインは「結晶性が高く、水に溶けない」「頑丈で、絹糸の引張強度は針金の強度に匹敵する」「生体への安全性が高く、外科用の縫合糸にも使える」といったメリットがあります。
シルクラボはすでに、フィブロインを応用した「革製品に似た素材」「水中でも使える接着剤」「農作物の保存期間を延ばす食用コーティング」などの開発に成功してきました。
その一方で、スパイダーマンが使うウェブシューターのような絹糸発射装置を再現するまでには至っていません。
ところが突破口は偶然に開かれました。
ある日、研究員がフィブロイン溶液(フィブロインを含有する溶液)を使った接着剤の開発プロジェクトに取り組んでいたときのこと。
フィブロイン溶液の入っていたガラス容器を「アセトン」という有機化合物で洗浄していた折、ガラスの底にクモの巣そっくりの繊維組織ができていることに気づいたのです。
それは半固体のぶよぶよしたヒドロゲルでした。
研究員が調べてみると、フィブロイン溶液はアセトンと反応することで固化することがわかりました。
シルクラボの研究チームはこれを見て、「スパイダーマンのウェブシューターを再現するのに使えるぞ!」と考えたのです。
ドーパミンで急速な固化反応を実現
ただ問題はフィブロイン溶液とアセトンの固化反応が数時間かけてゆっくりと起こることでした。
これではスパイダーマンのように瞬時に絹糸を発射することはできません。
そこでチームは以前から接着剤の製造に使われている「ドーパミン」を用いることにしました。
これは意外に聞こえるかもしれません。
ドーパミンは一般に脳内の神経伝達物質として知られ、やる気や集中力、気分の高揚などに寄与しています。
しかしドーパミンは自然界の生物も普通に作っており、特に化学分野ではそのドーパミン構造が接着剤の材料として役立つことがわかっているのです。
例えば二枚貝から分泌されるドーパミン含有タンパク質は水中でも安定した接着力を発揮することができます。
そしてドーパミンには溶液から水分を勢いよく引き離す働きがあるため、チームがフィブロイン溶液にドーパミンを混ぜたところ、急速な固化反応が生じることが確かめられたのです。
いよいよ、ウェブシューター実践!
次はいよいよ実践です。
チームは注射器のような容器にフィブロイン溶液を入れて、針の部分にアセトンの層を仕込みました。
またフィブロイン溶液を注射器から押し出すタイミングでドーパミン溶液と混ざって反応するよう、下のように別のチューブを針の部分につなげます。
そしてフィブロインとドーパミンが混ざった溶液が針穴のアセトン層に触れることで固化反応の引き金が引かれます。
固化反応により水分が空気中で急速に蒸発し、粘着性のある糸状の繊維だけが残され、接触するあらゆる物体に付着するのです。
さらにチームはフィブロイン溶液にキトサンという化学物質を加えて繊維の引張強度を最大200倍に、それからホウ酸緩衝液を加えて接着性能を約18倍にまで高めました。
これにより、糸状の繊維は自重の80倍以上の重さを持ち上げることに成功しています。
こちらは固化した糸状繊維がメスを持ち上げる様子です。
実証テストではメスの他、鉄のボルトやガラス容器、木のブロックなどを高さ約12センチの距離から持ち上げることに成功しています。
また糸状繊維の太さは針の穴に応じて様々に変更でき、実験ではヒトの髪の毛ほどの細さ〜最大0.5ミリメートル幅まで対応できることがわかりました。
研究者によると、糸状繊維の強度はまだ本物のクモ糸の強度よりも約1000倍ほど弱く、現段階では何らかの役に立つ実用化も不可能とのことです。
それでもチームはウェブシューターを再現する動作原理の開発において、大いなる一歩を踏み出しました。
あとは今後の研究によって、糸状繊維の強化や接着距離の改良をどんどん進めていくことです。
その暁にはスパイダーマンのウェブシューターと同等の技術レベルが達成できるかもしれません。
そうなれば、未来の世界ではウェブシューターがレスキュー隊の標準装備になり、スパイダーマン顔負けの活躍をしているかもしれません。
参考文献
Inspired by Spider-Man, a Lab Recreates Web-Slinging Technology
https://now.tufts.edu/2024/10/10/inspired-spider-man-lab-recreates-web-slinging-technology
Spider-Man slinging gets real: Lab’s web silk fiber shooter lifts 80x its own weight
https://interestingengineering.com/innovation/spider-man-slinging-gets-real
元論文
Dynamic Adhesive Fibers for Remote Capturing of Objects
https://doi.org/10.1002/adfm.202414219
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。
他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。
趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部