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【ノーベル医学賞2024】マイクロRNAを小学生にもわかるように解説


2024年のノーベル医学賞は、マイクロRNAを発見したアンブロス氏とラブカン氏に送られました。

生物学に従事する人々にとってマイクロRNAは非常に馴染みが深いものですが、多くの人にとっては「マイクロなRNAってどういうこと?」と、よくわからない存在になるかと思います。

そこで今回は「細胞を工場」「DNAを設計図」「RNAを設計図の部分写し」とわかりやすく例えることで、マイクロRNAがどの部分に働き、どんな影響を及ぼすかを解説したいと思います。

目次

  • 細胞工場の中での「マイクロRNA」の役目
  • マイクロRNAは遺伝子活性度の制御を担う指揮者
  • マイクロRNAと病気の関係

細胞工場の中での「マイクロRNA」の役目

全体の設計図「DNA」と設計図の部分写し「RNA」の関係

私たちの細胞は、日々多くのタンパク質を製造することで、命を支えています。

髪も爪も皮膚も多くがタンパク質で構成されており、身体中を流れる赤血球が酸素を運べるのも、酸素運搬用のタンパク質が存在するからです。

私たちの体を支える骨も、コラーゲンという皮膚にも存在するタンパク質にカルシウムが付着することで形成されています。

人間や動物の体は、常にタンパク質を作り続けている細胞と言う「小さな工場」が無数に集まってできていると言えます。

しかし工場の機械設備だけあっても製品はできません。

細胞工場がタンパク質という製品を作り出すには設計図が必要です。

その設計図の役割を果たしているのが核に収められたDNAです。

DNAには人間や犬や猫など、種ごとに必要とする全てのタンパク質の設計図が含まれています。

設計図の違いが生き物の形の違いをうみだしているとも言えるでしょう。

そのため毛などに残されたDNAを調べることで、逆にその毛がどんな生き物のものであるかを特定することも可能です。

まとめ

「細胞ではDNAという設計図をもとに、タンパク質という体の部品を絶え間なく製造している」

しかしタンパク質が作られる主な装置群が存在するのは核の外側の領域です。

また細胞工場は命を維持するために、同時に何百個ものタンパク質を製造する必要があります。

一方で、核内に存在するDNAは基本的に1セットしか存在しません。

何百というタンパク質製造現場に、1セットしかないDNAが引っ張りだこになっては大変です。

そこで登場するのが「設計図の部分写し」となるRNAです。

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DNAは全体の設計図でRNA(mRNA)は設計図の部分写しとして機能しタンパク質製造現場に運ばれます/Credit:Canva . 川勝康弘

RNAはDANから必要とされるタンパク質の情報だけを写しとって、タンパク質が製造されている現場まで運ぶ役割を果たします。

こうすることでDNAを安全な核内に留めながら、無数の製造現場に必要となる種類と量を届けることができるのです。

まとめ

「DNAが全情報を含む設計図ならば、RNAは必要な部分の情報だけを写し取った設計図の部分写しである」

ここまでは、細胞工場の中でのDNA(設計図)とRNA(設計図の部分写し)の基本的な話を中心にしてきました。

ただ「基本的」という言葉どおり、全てがこの仕組みで上手くいくわけではありません。

その問題の1つが「いらなくなったRNA(設計図の部分写し)をどうするか?」というものです。

細胞工場も現実の工場と同じように、ある時期には特定のタンパク質の需要が高まり、別の時期には需要が低下することがあります。

そのため、需要に応じて大量に製造してしまったRNA(設計図の部分写し)が余ってしまうこともあるのです。

この余ってしまったRNAを放置しておくと、タンパク質製造の現場は必要がないタンパク質を製造し続けてしまいます。

タンパク質の製造現場は細胞全体の需要など気にせずに、とにかくRNA(設計図の部分写し)どおりにタンパク質を作り続けるのが仕事だからです。

細胞工場の中には、下の図のように、不要になったタンパク質を分解するための破砕機のような分解マシーン(プロテアソーム)も存在します。

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タンパク質を粉砕する分解マシーン/Credit:wikipedia

しかし分解マシーンを動かすコストはタダではなく、不要なタンパク質が増えれば必要とされる分解マシーンの数も増え、さらに無駄が増えてしまいます。

分解マシーンを用意する前に調節する仕組みがあれば、このような無駄を省けます。

ここで登場するのがマイクロRNAです。

マイクロRNAの役割

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マイクロRNAがくっついたmRNAからはタンパク質が作られるのを抑制されてしまいます/Credit:Canva . 川勝康弘

マイクロRNAの正体は20塩基ほどの小さなRNAです。

マイクロRNAは作り過ぎてしまったRNAに結合する機能があり、設計図の部分写しとして働かないようにする機能があります。

タンパク質製造現場で動いている装置(リボソームという)は、ある意味で、プレス機のような仕組みをしており、RNA(設計図の部分写し)を差し込んで、原料となるアミノ酸を流し込みプレスすることで、アミノ酸を繋げ、タンパク質を作っていきます。

しかしマイクロRNAが結合してしまうと、RNAの差し込みが上手く行われず、プレス機が停止してしまいます。

またRNAに余分な構造がくっついていることで、新たなプレス機を作るときに障害となり、新規のプレス機の組み立ても上手くいかなくなってしまいます。

さらにマイクロRNAが結合したRNAは、安定性が低下して分解されやすくなることも知られています。

プレス機の動きや新規組み立ての迷惑になる前に、余分なRNAを分解してしまえば、より効率的でしょう。

このようにしてマイクロRNAは、余分なRNAがこれ以上不必要なタンパク質を作るのを阻害するのです。

まとめ

「マイクロRNAは余ってしまったRNAに結合して無駄なタンパク質が作られるのを防げる」

ここまでの説明を聞くと、マイクロRNAは無駄をなくすための節約システムのような印象を受けるでしょう。

確かにマイクロRNAは需要のないタンパク質を作るのを防ぐのが第一の任務です。

ですが視点を生命全体にまで拡大すると、より大きな使命がみえてきます。

マイクロRNAは遺伝子活性度の制御を担う指揮者

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マイクロRNAは遺伝子活性度の調節を行う大切な役割を担っています/Credit:Canva . 川勝康弘

生命において重要なのは、必要な時に必要なタンパク質を作ることと、その裏返しとして、必要でないときに無駄なタンパク質を作らないことだと言えます。

食べ物の消化が終わったのに、胃酸を作るタンパク質を活性化させたままでは、胃粘膜が傷つき胃もたれを起こしてしまいます。

ある意味では、この調節こそが生命現象そのものと言えるでしょう。

そのため前章では細胞を工場に見立てて、マイクロRNAを使った節約術を解説してきました。

しかしここでは少し視野を大きくとり、生命全体からみたマイクロRNAを考えてみたいと思います。

そこで具体例を工場からオーケストラに変更します。

オーケストラが美しい曲を奏でるには、必要な時に必要な楽器の音色が強く、または弱く演奏される必要があります。

ある時はバイオリンの音色、またある時はチェロの音色が強くなる必要があり、主旋律の役割を交代しながら全体の調和を達成します。

そういう意味では工場もオーケストラも似てはいます。

ですがオーケストラの演奏を聞いていてもわかるように、バイオリンやチェロの音色はスイッチのように瞬間的にオン・オフになるのではありません。

タンパク質需要も同じであり、これまで必要とされていたタンパク質の需要は瞬間的に停止するわけでもありませんし、新たに必要とされたタンパク質が最初から最大需要で求められるわけでもありません。

徐々に強く、徐々に弱く、スムーズな調節が必要となります。

このような調節は設計図の写しであるRNAの合成量を調節するだけでは達成できません。

オーケストラの指揮者がそうであるように、不要な部分を積極的に削りつつ、完全になくさないようにする微妙な調整が必要です。

生命体においてマイクロRNAは、この指揮者に相当する役割も果たしています。

実際、あるRNAに対しするマイクロRNAが生産されたとき、そのRNAの機能が100%阻害されること稀です。

また興味深い事実として、1種類のマイクロRNAが結合できるRNAが複数(100種類以上)存在することが知られています。

さらに特定のマイクロRNAが阻害する効果も、RNAごとに微妙に違うものになっています。

そのためあるマイクロRNAが製造されると、あるタンパク質製造速度が30%OFF、また別のタンパク質では50%OFFのように、1種類のマイクロRNAを作るだけで広範なタンパク質の製造量に影響を与えることができます。

オーケストラを例にとると、指揮者がある瞬間に出した指示がバイオリンの音量を30%落し、チェロの音量を50%落とすといった複合的な役割を果たす必要があります。

さらに1つの細胞内には複数種類のマイクロRNAが存在することで、あるマイクロRNAからは10%OFFまた別のマイクロRNAからは20%OFFの指令を受け取るなど、複雑な相互作用のネットワークを作ることが可能になります。

現実のオーケストラは指揮者は1人ですが、生命活動では複数のマイクロRNA群が協調して指揮を行っていると言えるでしょう。

そしてこの複雑なネットワークの存在が、神秘的な生命活動を可能にしているのです。

これまでの研究によって膨大な種類のマイクロRNAが多様な生命に存在することが知られており、生命活動におけるマイクロRNAの重要さが次々に明らかになっています。

他にも最新の研究では、マイクロRNAが細胞の外に放出され、他の細胞の活動を調節できることもわかってきました。

また生物によってはマイクロRNAは兵器としても使用されており、ある細菌が他の細菌の成長を邪魔するために特定のマイクロRNAを放出していることも報告されています。

さらに特定の樹木の根に生息する共生は、根に居続けるために「定住許可書」のような役割をするマイクロRNAを放出していることも発見されました。

このように地球上の生命はマイクロRNAをさまざまな用途のためにカスタマイズして使用しているのです。

そして人体においては、マイクロRNAは病気を防ぐためにも使われています。

マイクロRNAと病気の関係

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マイクロRANが細胞増殖を促進するタンパク質の生産を防げないとがんになってしまいます/Credit:Canva . 川勝康弘

マイクロRNAは免疫機能、怪我の修復、受精卵からの成長、さらに脳機能においても重要な役割を果たしていることが知られています。

近年になって行われた研究では、そんな大事なマイクロRNAが上手く働かなくなってしまった場合には、自己免疫疾患や糖尿病、さらにはがんなど多様な病気が関連することが報告されています。

たとえば、がんの場合には興味深い調節機構が報告されています。

私たちの細胞には、細胞分裂を促す仕組みと細胞分裂を停止させる仕組みが存在しています。

生命が活動を続けるには古くなった細胞やウイルス感染を起こした細胞を排除するとともに代わりとなる新しい細胞を用意する必要があります。

この細胞分裂の速度もまたマイクロRNAによって制御されています。

マイクロRNAが細胞分裂を促す遺伝子を抑制すれば細胞分裂が減り、細胞分裂を抑制する遺伝子を抑制すれば、細胞分裂が増えていきます。

しかし、細胞のDNAの変異が起こると、DNA(設計図)を元に生産されるRNA(設計図の写し)も変異してしまい、マイクロRNAが上手く結合できなくなってしまうことがあります。

あるいはマイクロRNAの設計図を収めた部分に変異が起こってもRNAに結合できなくなってしまいます。

がん細胞ではこのDNA変異が細胞分裂に関する遺伝子やマイクロRNAの遺伝子に起きており、細胞分裂が止まらなくなってしまうことがあります。

その結果、がん細胞はとめどなく増殖と転移を続け、生命活動を圧迫し、最終的には死に至ります。

このようにマイクロRNAは病気とも深く関連しており、マイクロRNAを人工的に合成して患者の体に注入する薬として利用する試みも進められています。

そんな重要なマイクロRNAを発見した業績にはノーベル賞こそが相応しいと言えるでしょう。

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参考文献

for the discovery of microRNA and its role in post-transcriptional gene regulation
https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2024/press-release/

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

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