気持ちや行動、対人関係が不安定になりやすい「境界性パーソナリティ障害(または「ボーダー」とも呼ばれる)」の人は、人口の2%ほど存在すると言われています。
近年では、この言葉を耳にすることも増え、人々の理解も増してきました。
自分の親族や友人が境界性パーソナリティ障害ではないかと疑っている人もいることでしょう。
では、どうして境界性パーソナリティ障害の人は、多くのトラブルを抱えてしまうのでしょうか。
最近、韓国の釜山大学校(PNU)心理学部に所属するセユル・クァク氏ら研究チームが、境界性パーソナリティ障害の人の脳活動を測定し、その特徴を明らかにしました。
この研究によると、彼らの脳は、自分の視点と他人の視点を区別して考えることができないという。
つまり、「自分が自分のことをどう思っているか」と「他人が自分のことをどう思っているか」を混同しているのです。
研究の詳細は、2024年9月7日付の学術誌『Psychiatry Research: Neuroimaging』に掲載されました。
目次
- 境界性パーソナリティ障害とは
- 境界性パーソナリティ障害は自分と他人の視点を混同する
境界性パーソナリティ障害とは
境界性パーソナリティ障害(BPD:borderline personality disorder)とは、感情の不安定さや対人関係の問題が特徴的な精神疾患です。
この障害を持つ人は、極端な感情の揺れや強い不安感、自己像(自分が自分をどう思うか)の不安定さを抱え、拒絶されたり見捨てられたりすることに対して過敏に反応します。
「境界性」の由来は、「神経症」と「統合失調症」という2つの精神疾患の境界にある症状であることから来ています。
例えば、境界性パーソナリティ障害の患者に見られる「強いイライラ」は神経症的な症状であり、「現実を冷静に認識できない」という症状は、統合失調症的なものです。
この障害は、「境界性パーソナリティ障害」という名称以外にも、英名から「ボーダーライン」「ボーダー」と呼称されることもあります。
正式に診断されていない人も含め、境界性パーソナリティ障害を患っている人は人口の2%ほど存在すると考えられており、自分の家族や友人がこれに該当すると感じている人も少なくありません。
この障害を持つ人は、家族や友人、職場の人など、自分と親しい人に対して、「自分は見捨てられてしまうかもしれない」と強く感じる傾向があります。
そのため、親しい人からの連絡が少しでも遅れたり、約束をキャンセルされたりすると、パニック状態に陥り、激怒します。
感情をコントロールできず、返事が来るまで何度も連絡したり、相手に怒りをぶつけて攻め続けたり、破壊行為・自傷行為に走ったりします。
では、境界性パーソナリティ障害の人は、どうしてこれほどまでに不安を抱えやすく、過剰に反応してしまうのでしょうか。
これまでの研究により、これらの症状の原因は、自分と他人の視点を正確に区別できないことから生じていると考えられています。
しかし、この認知的な混乱を測定することは困難でした。
そこで今回、クァク氏ら研究チームは、近赤外光により脳の血流の変化を測定する「fNIRS」を用いて、境界性パーソナリティ障害の患者の脳活動を測定し、どのような特徴があるのか調べることにしました。
境界性パーソナリティ障害は自分と他人の視点を混同する
研究には、19~36歳(平均23歳)の156人の若者が参加しました。
参加者の約29%は精神科治療を受けた経験があり、少数の人は現在進行形で薬を服用したり治療を受けたりしていました。
そして研究チームは、自己像(自分が自分をどう思うか。自他の境界とも関係している)の不安定性などに焦点を当て、それらに関連した質問票を用いて、境界性パーソナリティ障害の特性を測定しました。
また、参加者たちには自分や他人を評価する様々なタスクを行ってもらい、その間の脳活動が記録されました。
ちなみに、これら評価の対象となった「他人」の中には、「親しい人々」や「特に親しいとは感じていない知人」などが含まれていました。
その結果、境界性パーソナリティ障害の特性が高い人の脳活動は、「自分で自分のことをどう見るか(自己像)を考える時」と、「他人が自分をどう見ているかを想像する時」で、類似性が高いことを発見しました。
通常、前者と後者では、考え方が異なるものです。
前者は自分がどう思うかを考えるだけですが、後者では、一度自分の考えを切り離し、相手の視点に立って自分を見つめることが必要だからです。
当然、脳活動のパターンも異なるはずです。
しかし、今回の研究は、境界性パーソナリティ障害の傾向がある人ほど、脳活動は両者で異なっておらず、自分と他人の視点や考えをはっきりと区別できていないことを明らかにしています。
これにより、「自分がこう感じているのだから、相手も同じように認識してくれているはず」と考えてしまうのです。
この結果は、境界性パーソナリティ障害の人の傾向とも一致しているように思えます。
例えば彼らは、「自分は相手からの連絡が遅れると不安に感じるのだから、相手も同じように感じていて、すぐに連絡をするのが当然だ」と考えます。
そのため相手が自分の考えに沿わない行動をする理由が全く理解できず、「自分のことが嫌いなのだ」「見捨てられるのだ」と強烈な不安を抱くようになるのです。
ちなみに実験では、境界性パーソナリティ障害の人が持つこのような「自分と他人の視点の混同」は、親しくない人に対しては発生せず、それぞれで脳活動も異なっていました。
このことも、境界性パーソナリティ障害の人が、そこまで親しくない人とは良好な人間関係を築けるのに、家族や友人に対してはそれが難しいことと合致しています。
もちろん、今回の研究には、いくつか限界があります。
今回の分析方法では、複雑な脳活動のプロセスすべてを捉えることができていません。
また実験結果は、タスク条件下のものであり、現実世界の社会的交流とは異なります。
そのためクァク氏が指摘するように、さらなる実験や証拠を元に裏付けを取る必要があります。
それでも、こうした研究の積み重ねが、いずれ境界性パーソナリティ障害に対する効果的な治療方法の発見に繋がるはずです。
参考文献
Blurry boundaries: How the brain confuses self and others in borderline personality disorder
https://www.psypost.org/blurry-boundaries-how-the-brain-confuses-self-and-others-in-borderline-personality-disorder/
元論文
Borderline personality trait is associated with neural differentiation of self-other processing: A functional near-infrared spectroscopy study
https://doi.org/10.1016/j.pscychresns.2024.111882
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部