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海洋微生物の調査により「抗がん剤」や「抗生物質」の有力候補を多数発見


多くの薬は植物由来の化学物質から生まれてきましたが、海洋微生物も多様な生理活性物質を生成する重要な資源です。微生物は高圧、極寒、高塩分といった過酷な海洋環境に適応し、抗菌・抗がん作用を持つ化合物を作り出します。例えば、サリニスポラ属は薬剤耐性菌に対抗する力を持ち、新しい抗生物質や抗がん剤の源として期待されています。また、海洋微生物が生成する物質は人間に対して毒性が低く、安全性が高い可能性があります。現在、海洋放線菌やシアノバクテリアといった微生物の調査が進んでおり、新たな医薬品開発が進展中です。海洋微生物研究の今後は、未知の医薬品の発見に繋がることが期待されます。

多くの薬は、植物が生み出す物質を基に開発されてきました。

サリチル酸はその代表的な例で、柳の皮から抽出され、アスピリンの原料となりました。

また、ケシからはモルヒネが、キナの木からはマラリア治療薬のキニーネが作られました。

これら植物は自らを守るために多種多様な化学物質を生成しています。

また、自然界に多く存在する放線菌と呼ばれる微生物でも同様で、細菌や他の微生物から自分を守るために抗生物質を作り出しています

人間はこのような特性を利用して、自然界から多くの抗生物質を開発してきました。

では、海の中の微生物はどうでしょうか。

広大な海の中には、私たちがまだ十分に解き明かしていない驚くべき秘密が隠されています。

それは、海洋微生物が生み出す「天然の生理活性物質」です。

この生理活性物質は、生体内で生理作用を調節したり、影響を与えたりする物質です。

特に海の微生物は、陸上の生物以上にユニークで強力な化合物を作り出す力を持っています。

海の微生物が特別なのは、極限状態で生き延びるための進化を遂げた結果です。

海洋放線菌と呼ばれる微生物は、想像もつかない特異な化学物質を作り出す力を手に入れました。

深海では、高圧、極寒、高塩分、酸性環境、さらには栄養分が少ない過酷な条件が日常茶飯事です。

そんな場所で生き延びるため、微生物たちは特別な「代謝物」を作る必要がありました。

その中には、抗菌作用や抗がん作用など、医薬品としての可能性が秘められています。

タイ王国のKing Mongkut’s University of Technology North Bangkok による論文については、2024年1月8日付の『Frontiers in Microbiology』に掲載されています。

目次

  • 有効な抗生物質を作り出す海洋微生物
  • がんの増殖も抑え込む海洋微生物のパワー
  • 海洋微生物がもたらす未来

有効な抗生物質を作り出す海洋微生物

海洋放線菌と呼ばれる微生物が生み出す生理活性物質としては、これまでに約28,500種類が確認されています。

その中には多糖類ペプチドポリケチド、ポリフェノール化合物、アルカロイドなど、多様な種類の生理活性物質が含まれています。

これらの物質は、抗菌や抗ウイルス、抗ガンといった強力な働きを持ち、新しい薬のひな型になる可能性を秘めています。

海洋微生物が生産する生理活性物質は、特別な方法で混合物から分離されます。

液体クロマトグラフィーや質量分析、そして核磁気共鳴分光法といった最新の技術を駆使し、その複雑な構造を解き明かしていきます。

これにより、微生物がどのようにして抗菌作用や抗炎症作用を発揮するのかを確認しています。

海洋微生物たちは、驚くべき多様な代謝物を作り出す力を持っています。

彼らは抗生物質や抗がん作用のある化合物、さらには酵素や多糖類まで生産でき、これらは医療や美容、工業分野でも活用が期待されています。

海洋微生物の作る酵素は、陸上微生物の酵素が機能しないような過酷な条件下でも働き、より安定していることが分かっています。

この特性を利用すれば、ヒトの体内で効果を発揮する新しい薬や化粧品が開発されるかもしれません。

さらに、海水はヒトの血漿と化学的に似ているため、微生物が作り出す物質は従来の薬よりも毒性が低く、安全に使用できる可能性があります。

その結果、海洋微生物由来の「天然物」の調査は年々活発になってきており、「海洋微生物」をキーワードにした研究は過去5年間で約400件も発表されています。

広大な海の中に生息する海洋微生物は、私たちがまだ知らない「新しい薬」の宝庫かもしれません。

サンゴや魚、海藻、さらには深海の熱水噴出口や極地にまで広がるこれらの微生物は、過酷な環境下でも独自の進化を遂げ、整理活性物質を生み出しています。

実際、海洋微生物の特性は今までわずか0.01%しか解明されていません。私たちはまだまだ海洋の「秘宝」に手をつけていないのです。

以下、有効な抗生物質として活用される主な海洋微生物の例を紹介します。

ストレプトマイセス属という微生物は、結核菌やグラム陽性菌などに対しても抗菌作用を発揮します

これは、あの有名な抗生物質ストレプトマイシンを作る海洋放線菌で、タンパク質合成を阻害することによりバクテリアの成長や代謝を停止させます。

また、同じく海洋放線菌であるミクロモノスポラ属は、抗菌作用を持つ新しい化合物を作り出し、グラム陽性菌を退治するその力には、今後の新薬開発にも期待が寄せられています。

最近の研究では、これらの微生物が強力な新しい抗生物質を生産し、その効果が確認されています。

人間の健康にとって、特に厄介なのが抗菌薬に対する耐性を持つ病原性細菌ですが、海洋微生物はこれに立ち向かう力を持っています。

例えば、メキシコで採取された海洋堆積物から、サリニスポラ属(ミクロモノスポラ属に近い種)の海洋放線菌が発見され、これらの細菌たちは、薬剤耐性菌であるESKAPE病原体(ほとんどの院内感染の原因となる重要な細菌種)に対して強力な抗菌力を示しました。

また、ストレプトマイセス属から作られたチオペプチド系抗生物質は、薬剤耐性菌のタンパク質合成阻害剤として使われ、黄色ブドウ球菌まで撃退してしまうという驚きの効能を持っています。

これ、いわゆるスーパー耐性菌を退治する新薬の原石ということです。

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抗生物質の約70%を作り出す、有用な微生物であるストレプトマイセス属 / Credit : ja.wikipedia
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グラム陽性球菌とはグラム染色で紫色に染まる球菌で、 この黄色ブドウ球菌は耐熱性の毒素を放出し、重篤な症候を引き起こします。/ Credit : ja.wikipedia

がんの増殖も抑え込む海洋微生物のパワー

海洋微生物は、抗生物質としてだけではなく、がん治療にも適用されつつあります。

研究によると、海洋微生物が生成するポリケチドなど70種類以上の化合物が、がん組織に選択的に作用し、その増殖の進行を抑えるとされています。

ストレプトマイセス属から作られるストレプトデプシペプチドP11AとP11Bという化合物は、脳腫瘍の成長を遅らせる効果が確認されました。

これらの物質は、がん細胞の代謝酵素に作用し、細胞増殖を止めて細胞死を引き起こします。

なんと、海洋微生物が脳腫瘍の進行まで抑えてくれるのです。

また、シアノバクテリアという藍藻(ラン藻)も見逃せません。

これらのバクテリアは、光合成によってエネルギーを生成しながら、強力な抗菌、抗ウイルス作用を発揮する化学物質を生み出しています。

黄色ブドウ球菌に対する増殖の阻害作用や、ヒト免疫不全ウイルスの逆転写酵素を阻害する物質まで作り出せるのは驚きです。

特に、海洋シアノバクテリアからは、極めて低濃度でがん細胞の増殖を抑える新しい化学物質イエゾシドが発見され、抗がん剤としての使用も検討されています。

さらに、がん治療でも注目されているのが、海洋放線菌ミクロモノスポラ属が作るデプシペプチドのチオコリン

これは、DNAポリメラーゼ-α(遺伝子情報を複製する酵素)を阻害し、がん細胞を攻撃する力があると考えられています。

また、西インド諸島バハマの深海で採取され、サリニスポラ属から作られた、サリノスポラミドAという化合物は、多発性骨髄腫、リンパ腫等の治療薬として実際に臨床試験中です。

これら海洋微生物が抗生物質だけでなく、未来の抗がん剤として使われる日も近いかもしれません。

これまでの研究では、抗がん剤として海洋微生物が作り出す新しい化合物は、限られた種類しか報告されていませんが、その可能性はまさに無限大です。

未開拓の海洋では、これからの研究次第で私たちがまだ想像もつかない新しい治療法や薬が次々と発見されるかもしれません。

まさに、深海に眠る「未来の医薬品の宝庫」と言えるでしょう。

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シアノバクテリアから作られるイエゾシドはがん細胞の増殖を抑える有望な抗がん剤候補です。/ Credit : 慶應大学他, プレスリリース

海洋微生物がもたらす未来

海洋微生物が作り出す驚くべき新しい薬の可能性については、抗菌剤、抗ウイルス剤、さらには抗がん剤としての利用が期待され、未来の医療を変える力を秘めています。

しかし、これだけではありません。

海洋微生物は、「天然の抗菌物質」として広い用途を持っています。

海洋中のバイオフィルムは、細菌や藻類、真菌などの微生物が集まって作る薄い膜のようなものです。

これらはまるでミニチュア版の生態系のように働き、海洋生物の一部として重要な役割を果たしています。

しかし、海水パイプや船底にこのバイオフィルムが付着すると、エネルギー効率が悪化し、設備の寿命が縮まることがあります。

さらに、バイオフィルムには病原性の微生物も含まれているため、それが広がると健康リスクも増加します。

現在のバイオフィルム対策としては、物理的な除去や化学的なコーティング剤が一般的に使われていますが、これらの方法は環境に悪影響を及ぼすこともあります。

例えば、有機スズや酸化銅といった化学薬品はバイオフィルムの発生を抑制しますが、同時に海洋生態系に悪影響を与えるリスクも持っています。

そこで、注目されているのが「天然の抗菌物質」です。

これは海洋微生物が自身の代謝活動を通じて生成するもので、環境に優しく、低毒性かつ生分解性があるため、従来の化学薬品に代わる新たな選択肢として期待されています。

海洋微生物から得られる化合物は、将来的に私たちの生活や医療の現場で重要な役割を果たすことが期待されています。

特に、抗生物質の耐性や新興ウイルス、がんなどの難治性疾患に対しては、新たな治療オプションが提供されるでしょう。

地球上には、私たちがまだ知らない役に立つ物質がたくさん潜んでいます。

自然界から得られる新薬の開発に大いに期待しましょう。

 

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参考文献

慶應大学、(財)がん研究会、東京大学および弘前大学プレスリリース
https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2022/6/13/220613-1.pdf

元論文

Study of marine microorganism metabolites : new resources for bioactive natural products
https://doi.org/10.3389/fmicb.2023.1285902

ライター

鎌田信也: 大学院では海洋物理を専攻し、その後プラントの基本設計、熱流動解析等に携わってきました。自然科学から工業、医療関係まで広くアンテナを張って身近で役に立つ情報を発信していきます。

編集者

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

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