オーディン古細菌、ロキ古細菌、トール古細菌、ヘル古細菌……
アスガルド古細菌に属する古の細菌たちには、北欧神話からとられた魅力的な名前がつけられています。
またアスガルド自体も北欧神話で神々の住む世界の名であることが知られています。
しかしアメリカのテキサス大学(UT)で行われた研究により、これらアスガルド古細菌の魅力は単に名前だけに留まらず、彼らの持つ対ウイルス防御機構が現代の人間にも引き継がれていることが明らかになりました。
アスガルド古細菌が誕生したのは約20~30億年前だと考えられており、私たち真核生物が出現するよりも前から存在していました。
あえてSF風に言えば、対ウイルスの「超古代兵器」と言えるでしょう。
ウイルスとの闘いが生命が単細胞生物だった時代から続いていたのも凄いですが、その防御機構が今を生きる人類にまで継承されているのは驚きです。
いったい生命とウイルスはいつから戦ってきたのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年7月31日に『Nature Communications』にて「アスガルド古細菌の防御システムと真核生物の免疫の起源におけるその役割(Asgard archaea defense systems and their roles in the origin of eukaryotic immunity)」とのタイトルで公開されました。
目次
- 真核生物は古細菌をベースに進化した
- 対ウイルス防御機構は古細菌から真核生物に受け継がれていた
真核生物は古細菌をベースに進化した
地球最初の生命がどのように誕生したかは、まだ謎です。
しかし最初の生命が地球に現れてから非常に早い段階で、命の系統は2つに別れたことはわかっています。
1つは細菌(バクテリア)とよばれる派閥で、もう1つは古細菌(アーキア)と呼ばれる派閥でした。
細菌は地球のあらゆる場所にみられます。
大腸菌やビフィズス菌といったよく知られているいくつかの腸内細菌たちも「細菌」に属します。
一方、古細菌は熱水噴火口や高塩分濃度、好酸性濃度など極端な環境にも存在することが知られています。
さらに時間が経過すると、古細菌の一派が酸素呼吸能力を持つ細菌(ミトコンドリア)や光合成能力のある細菌(葉緑体)を飲み込んで、真核生物に進化しました。
他者の能力を取り込むという奇抜な進化方法は生命史に革命的であり、やがて真核生物は多細胞化への道を歩み繁栄を極めます。
実際、平均的な人間が起きてから寝るまでの間に目にする全ての多細胞生物は真核生物であることでしょう。
一方、生命には古くからの宿敵としてウイルスが存在していました。
ウイルスの起源も謎に包まれており、元々細胞だったものが退化したとする「退化説」や細胞内部の遺伝情報が連合して実体を持つようになった「細胞内寄生説」、さらには生命よりも前に存在していた前生物的な「自己複製システム」の成れの果てだとする「独立進化説」なども存在します。
ウイルスには感染によって細胞に新たな遺伝子を持ち込み進化を促すといった側面もありますが、多くの生命とっては死をもたらす厄介な存在でした。
そのため現在の私たち人間(真核生物)には対ウイルス防御機構の役割を持つ自然免疫が備えられています。
自然免疫は獲得免疫と違って学習することなしに機能する生まれ持っての免疫機構であり、感染に対して最初に立ち向かう役割を担います。
また興味深いことに、自然免疫は種族ごとにある程度違いがあっても、よく似たタンパク質を使って行われていることが知られています。
これは全ての真核生物が同一の祖先から進化した証拠であり、また祖先の段階で既に自然免疫の仕組みが確立されていたことを示しています。
しかしそうなると気になるのが、いつ真核生物がこの仕組みを手に入れたかです。
ゲームの世界ならば、レベルアップした直後にスキル獲得が行われることもあるでしょうが、現実世界の進化はそんな便利な仕組みではありません。
そこで今回、テキサス大学の研究者たちは地球上に最初に誕生した細菌や古細菌とその後に誕生した真核生物の対ウイルス防御機構を比較することにしました。
私たち真核生物の対ウイルス防御機構は、彼らのお古だったのか、それとも自社開発した特許商品だったのでしょうか?
対ウイルス防御機構は古細菌から真核生物に受け継がれていた
真核生物の対ウイルス防御機構はどこから来たのか?
これまでの研究によれば、細菌のグループにおいて真核生物と似た防御機構が存在することが示されています。
たとえば「バイペリン(Viperin)」と呼ばれるタンパク質は危険なウイルスの兆候の可能性がある外来DNAを検出すると、ウイルス複製に必要な分子経路をシャットダウンすることで、ウイルス増殖を阻止します。
また「アルゴノート(Argonaute)」はウイルスなどの外来DNAを検出すると、それを切り刻んでウイルスの増殖を阻止したり、RNAに働きかけることでウイルスのタンパク質が合成されるのを阻害することができます。
この2つの仕組みは真核生物において幅広く存在しており、人間にも類似のものが存在します。
しかし先にも述べたように、真核生物は古細菌をベースに細菌との共生によって進化したとされています。
そこで新たな研究では古細菌のゲノムを分析し、バイペリンやアルノゴートが古細菌に存在するかどうかを調べました。
するとアスガルド古細菌と呼ばれる古細菌の一派において、これらのタンパク質の構造が、真核生物に非常によく似ていることが判明。
特にバイペリンと呼ばれるタンパク質の3次元構造は、上の図のように、アスガルド古細菌(左)と真核生物(右)の間で驚くほどの類似をみせました。
またバイペリンをもとにした進化系統樹を作った場合でも、真核生物のバイペリンはアスガルド古細菌と強く類似することが示されました。
最後に研究者たちは細菌に古細菌のバイペリンの遺伝子を組み込み、ウイルスへの抵抗力を調べることにしました。
すると古細菌のバイペリンを持つ細菌は、そうでない普通の細菌に比べて、ウイルス感染から保護され、より多く生き残っていることが明らかになりました。
これは古細菌の対ウイルス防御機構が種を超えて機能したことを示しています。
以上の結果から研究者たちは「真核生物は数ある古細菌の中でもアスガルド古細菌から進化した種であり、アスガルド古細菌から対ウイルス防御機構を受け継いでいる」と結論しました。
ウイルスとの数十億年にわたる戦いの遺産が、現在の人類にも引き継がれわたしたちも守っていることは、非常に興味深いと言えるでしょう。
真核生物は古細菌の中でもアスガルド古細菌に近いとする結果は、他の先行研究の結論とも一致ます。
こちらの研究では、真核生物はアスガルド古細菌の中でもとくにヘイムダル古細菌と類似していると言われています。
なおヘイムダルは北欧神話における光の神を示しているとされており、ゲノムサイズは古細菌の中で最大級で、原始的な酸素利用能力や光駆動の代謝経路を持っていたと考えられます。
多くの生物が酸素を嫌う中で、酸素呼吸能力を持つミトコンドリアの先祖を飲み込んで本格的な酸素呼吸を開始したり、葉緑体の先祖を飲み込んで光合成をはじめられたのも、古細菌の段階である程度、酸素利用能力があったからなのかもしれません。
研究者たちはアスガルド細菌から発見されたバイペリンやアルゴノートは真核生物とも適合性があり、バイオテクノロジーの分野で応用できるだろうと述べています。
参考文献
Next Time You Beat a Virus, Thank Your Microbial Ancestors
https://cns.utexas.edu/news/research/next-time-you-beat-virus-thank-your-microbial-ancestors
元論文
Asgard archaea defense systems and their roles in the origin of eukaryotic immunity
https://doi.org/10.1038/s41467-024-50195-2
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部