奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)で行われた研究により、花を咲かせる遺伝子などのオンオフを取り仕切る仕組みが明らかになりました。
研究者たちはこの仕組みを利用することで「開花時期のコントロールが可能になり、園芸や農業に役立つ」と述べています。
未来の世界では、満開の桜を季節によらず楽しめるようになっているかもしれません。
また開花時期を調整して早めにイネの花を咲かせることができれば、コメ不足などにも対応できるようになるでしょう。
しかし、植物たちはどんな仕組みで遺伝子の調節を行っていたのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年9月10日に『eLife』にて公開されました。
目次
- 細胞内部のDNAは多くの「拘束具」で覆われている
- 遺伝子の抑制を解き放つ2つの鍵
細胞内部のDNAは多くの「拘束具」で覆われている
植物たちの開花は温度や日照量の影響や、植物自身の体の状態に影響を受けます。
良く知られている桜の開花の場合、温度や日照量といった環境が変化すると、それに連動して遺伝子のスイッチが作動し、蕾の形成や開花が起こることが知られています。
遺伝子のスイッチのオンオフの仕組みは、DNAの塩基配列を変えることなく、遺伝子の活性状態を変化させるだけで、望み通りの変化を起こすことが可能です。
これまでの研究により、このような遺伝子のオンオフにおいて中心的な役割を果たす複合体「ポリコーム複合体」の存在が明らかになっています。
ポリコーム複合体は特定の遺伝子の働きを抑え込むことで、季節外れの時期や植物が発芽して間もない時期に、蕾を作ったり開花が起きてしまうのを防いでいるのです。
厳しい冬や十分に育ち切っていない時期に開花してしまうことは、植物たちに致命的な栄養不足を起こす可能性があるからです。
またポリコーム複合体は私たち動物にも存在していることが知られており、二次成長関連の遺伝子を適切な時期が来るまで抑え込み、赤ちゃんのうちに思春期が起きてしまうのを防いでいます。
このようにポリコーム複合体は幅広い動植物(さらには単細胞真核生物も含む)において、遺伝子の抑制(オフ機能)を担っています。
たとえるなら、何も抑制のない状態ではDNAはある意味で「モンスター」であり、放っておけば設計図に記されたものを無秩序に作る「大暴れ」を起こしてしまいます。
そのため細胞はポリコーム複合体という拘束具を開発し、モンスターを飼いならして生命現象の調節を行っているわけです。
生命現象において遺伝子の抑制は、遺伝子の活性化と同じくらい重要と言えるでしょう。
一方で、管理された環境では少し話が違ってきます。
厳しい自然環境ではタイミングを外した開花は植物にとって致死的ですが、植物園や農場などの管理された環境では、不足する栄養を補うことも可能です。
そのため、もしこの拘束具「ポリコーム複合体」を上手く制御する方法をみつけることができれば、開花を速めて冬の桜祭りを開催したり、逆に遅くして夏の桜祭りを開催することも可能になるでしょう。
またイネなどの植物の開花時期を調整することで収穫時期を調節し、夏の終わりに起こりがちなコメ不足にも対応できるでしょう。
ただこのようにポリコーム複合体の知識はあっても、上手く制御する方法についてはまだよくわかっていませんでした。
特に、一度抑制された遺伝子を再活性化する仕組みについては多くが謎でした。
そこで今回、奈良先端科学技術大学院大学の研究者たちは、ポリコーム複合体による制御機構の解明に挑みました。
遺伝子の抑制を解き放つ2つの鍵
DNAというモンスターを制御する拘束具「ポリコーム複合体」はどんな仕組みでついたり外れたりしているのか?
調査にあたり研究者たちはポリコーム複合体とは逆に、遺伝子の活性化を起こすSDG8とそれと非常によく似たドメインを持つSDG7に着目。
これら2つの酵素とポリコーム複合体の関係を調べることにしました。
するとSDG7とSDG8は単に遺伝子を活性化させるブースターではなく、ポリコーム複合体と競合関係を持つことが明らかになりました。
具体的にはSDG7が拘束具であるポリコーム複合体を排除し、SDG8がDNAをRNAに書き換える転写伸長反応の促進を行っていました。
SDG7が拘束具を剥がす排除役で、SDG8は解放された遺伝子が効率的に活性化するようにお膳立てするガイド役と言えるでしょう。
SDG7が拘束具であるポリコーム複合体を排除し、SDG8がDNAをRNAに書き換える転写伸長反応の促進を行っていました。
SDG7が拘束具を剥がす排除役で、SDG8は解放された遺伝子が効率的に活性化するようにお膳立てするガイド役と言えるでしょう。
といっても、本物の拘束具のように、叩いて剥がすわけではありません。
研究ではSDG7はDNAが巻き付いているヒストンと呼ばれるタンパク質の2部位に効果を及ぼしていることが明らかになりました。
1つ目の部位(H3K27)では、ポリコーム複合体に対してメチル化を妨げる効果を行い、2つ目の部位では並行して逆にメチル化を行っていました。
分析を行うと、1つ目の部位をメチル化を妨げることがポリコーム複合体の排除につながり、2つ目の部位(H3K36)をメチル化することによりSDG8の働きを促していました。
全体の流れをまとめると「ポリコーム複合体がヒストンのH3K27部位をメチル化して遺伝子の機能を抑制している状態(初期状態)➔SDG7がヒストンのH3K27部位のメチル化を阻害➔SDG7がポリコーム複合体を排除➔SDG7がヒストンのH3K36のメチル化➔SDG8による遺伝子活性化➔開花促進」となります。
つまりポリコーム複合体に対してメチル化の制御を行うだけで、抑制されていた遺伝子が解放されるわけです。
このようなDNAの塩基配列を書き換えずにメチル基を使って遺伝子活性を制御する仕組みのことを「エピジェネティクス」と呼びます。
研究者たちはある意味で「ヒストンの2つの部位(H3K27とH3K36)が特定の遺伝子の発現を動的にオン・オフできるスイッチにもなっている」とし「シンプルでエレガントな拮抗分子スイッチが植物のエピジェネティックな再プログラミングにとって最適である」と述べています。
また研究者たちは、この仕組みを応用すればDNAの操作では実現が困難だとされてきた開花時期の可逆的なコントロールが可能になると述べています。
もしかしたら未来の世界では、季節を問わず満開の桜がみられる場所が作られ、観光スポットとして人気を博しているかもしれません。
参考文献
花を咲かせる遺伝子の働きを切り替える仕組みを解明 促進する化学修飾を導入して活性化~開花時期の操作や食料増産に期待~
https://bsw3.naist.jp/research/index.php?id=2806
元論文
Arabidopsis SDG proteins mediate Polycomb removal and transcription-coupled H3K36 methylation for gene activation
https://doi.org/10.7554/eLife.100905.1
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部