満員電車に乗っているとき、教室で授業を受けているとき、会議室で何時間も話し合っているとき…
こうした状況に身を置いていると、意識がぼ〜っとしてきて眠くなった経験が多々あるでしょう。
睡魔にはもちろん、食後の血糖値の上昇や日々の仕事疲れといった要因が絡んでいますが、もしかしたら最も重大なファクターは「二酸化炭素濃度の高まり」にあるのかもしれません。
東北大学はこのほど、二酸化炭素濃度の高い室内にいると本当に眠気が強くなることを実験で実証しました。
今回の知見は”眠くならない環境づくり”に役立つと考えられています。
では、どのくらいの二酸化炭素濃度になると睡魔が襲ってくるのでしょうか?
研究の詳細は2024年8月19日付で科学雑誌『Environmental Research』に掲載されています。
目次
- 二酸化炭素が濃くなると本当に眠くなるのか?
- 二酸化炭素濃度の高まりで「睡魔」が発生すると実証!
二酸化炭素が濃くなると本当に眠くなるのか?
学校の教室や満員電車、会社の作業部屋や会議室など、何十人もが同じ室内にいる状態で換気しないでいると、わずか数分の内に二酸化炭素濃度は急上昇します。
こうした換気が悪く混み合った環境にいると、眠気に襲われやすくなることが以前から指摘されていました。
大半の方々はおそらく、学校の授業中や窓を閉め切ったバス内に乗り合わせたときに寝落ちしてしまった経験があるかと思います。
では、私たちが普段暮らしている環境中の二酸化炭素濃度は一体どれくらいで、どれほどの数値になったら体に異変が生じるのでしょうか?
身のまわりの二酸化炭素濃度はどれくらい?
まず二酸化炭素濃度とは、1立方メートル辺りに含まれる二酸化炭素の割合を示したもので、単位には「ppm(パーツ・パー・ミリオン)」が使われます。
ppmは100万分の内のどれくらいの割合かを示す単位で、1ppmは0.0001%です。数値が1000ppmだと、その環境中の二酸化炭素濃度は0.1%となります。
では身のまわりの二酸化炭素濃度を比べてみましょう。
まず、屋外の一般的な大気中の二酸化炭素濃度は約360ppm前後です。
この値だと「新鮮な空気」と判定され、快適に過ごすことができます。
ただ現在の世界的な二酸化炭素濃度の平均値は417.9ppmとされており、1750年の工業化以前の平均的な数値である約278ppmと比べると50%も増加しています。
これに対し、屋内の平均的な二酸化炭素濃度は1000ppm以下です。
この1000ppmが境界線となっており、この数値を超えると「室内環境が悪く、換気不足」と判断されます。
しかし1000ppmを多少超えるくらいでは、特に人体に問題は生じません。
ところが数値が3000ppmを超えると、不快感の発生、集中力の低下、呼吸数の増加が起こり始めます。
先行研究では、混雑時の電車を閉め切った状態で約9分間走行すると、車内の二酸化炭素濃度が3200ppm程度まで上昇することが示されました(産総研, 2021)。
そして二酸化炭素濃度が5000ppmになると、眠気や倦怠感が生じ始めます。
5000ppmは何も珍しい状況ではなく、何十人もの人が集まった状態で換気せずにいると容易に達する数値だといわれています。
ここから6000〜8000ppmになると人体にとって危険なレベルに入り、過呼吸や体の震え、意識レベルの低下が起こるとされています。
このように環境中の二酸化炭素濃度が高くなるにつれて眠くなることは多くの人が経験済みですし、先行研究でもたびたび報告されてきた事実です。
しかし一方で、「二酸化炭素濃度」と「眠気」の関係性を調べた研究の多くは、眠くなった当人による主観的な報告に留まっており、両者の関係性を客観的に測定した調査はありませんでした。
そこで研究チームは、参加者を高濃度の二酸化炭素にさらす実験で検証してみました。
二酸化炭素濃度の高まりで「睡魔」が発生すると実証!
チームは今回、二酸化炭素濃度をコントロールできる実験室を用意しました。
実験には11名の健康な成人男性(平均年齢24歳、身長177センチ、体重67キロ)に参加してもらい、日中の眠気を客観的に測定できることで知られる「睡眠潜時反復検査」を行っています。
この検査は通常、日中2時間ごとに4〜5回の短い睡眠をとってもらい、その際の消灯〜入眠開始までの時間(これを「睡眠潜時」という)を測定するものです。
睡眠潜時が短いほど早く寝落ちしているわけですから、日中の眠気が強いことを示します。
参加者11名には睡眠不足にならないよう、検査前の1週間は7時間以上の十分な睡眠を取ってもらいました。
そして二酸化炭素濃度の影響を調べるため、日中2時間ごとに4回行われる各30分の睡眠検査中に、換気状態が悪い室内環境に近い5000ppmの二酸化炭素濃度にさらしました。
その結果、平常時の二酸化炭素濃度に比べて、5000ppmの二酸化炭素濃度にさらされた場合、参加者の睡眠潜時が有意に短くなり、はっきりと眠気が強くなっていることが示されたのです。
これに加えて、参加者本人たちも「二酸化炭素濃度が高いときに眠くなった」と主観的な眠気も大幅に強くなっていました。
以上の結果から「室内の二酸化炭素濃度が高くなると本当に眠くなる」ことが客観的な証拠によって証明されました。
二酸化炭素濃度が高まることで眠気が起きるメカニズムについては、空気中の酸素濃度が少なくなることで、脳や体内に十分な酸素量が行き届かず、酸素不足によって脳の集中力が低下したり、疲労感や倦怠感が生じることで眠気が発生すると考えられています。
研究チームは今回の結果を受けて、日中に眠くなりにくい環境づくりを整えるのに役立つと考えられています。
室内に二酸化炭素濃度の測定器を設置し、常時5000ppmを超えないように換気できるシステムを設ければ、集中力の低下や寝落ちを効果的に防げるようになるかもしれません。
参考文献
環境中の二酸化炭素は確かに眠気を誘発する
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2024/09/press20240903-01-sleep.html
地下鉄における混雑時の運転状況を模した車内 CO2濃度の計測と換気の評価
https://www.aist.go.jp/aist_j/new_research/2021/nr20211228/nr20211228.html
元論文
Impact of carbon dioxide exposures on sleep latency among healthy volunteers: A randomized order, paired crossover study, evidence from the multiple sleep latency test
https://doi.org/10.1016/j.envres.2024.119785
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部