カオスがミミズを生みました。
台湾の中央研究院(AS)で行われた研究によって、数億年前に海から陸へ進出する過程で、ミミズたちの染色体上の遺伝子たちが、落としてしまったお弁当の中身のように、ほぼデタラメにシャッフルされていたことが発見されました。
研究者たちは「これまでに調査された動物のなかで、ミミズのゲノムは最も混乱している」と述べています。
進化の過程でミミズたちの身に何が起きていたのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年8月14日に『Molecular Biology and Evolution』にて公開されました。
目次
- あらゆる種でみられる生命現象もミミズでは通用しない
- ミミズのゲノムはまるで落ちた「お弁当」のようになっている
あらゆる種でみられる生命現象もミミズでは通用しない
ミミズは、落ち葉や枯草を分解することで豊かな土壌を作り上げる手助けをしてくれます。
ミミズに似た生物は海や淡水にも生息しており、このニョロニョロした生物たちは一つの大きなグループ(環形動物門)に属しています。
たとえば海に生息するゴカイや淡水域に生息するヒルなども、ミミズの仲間として知られています。
しかし新たな研究では、私たちにとって身近な陸上のミミズたちのゲノムが、祖先の海洋生物と比べて完全にごちゃまぜになっていることが発見されました。
これまで様々な生物のゲノムが分析されてきましたが、先祖のゲノムセットがここまでかく乱された生物は確認されていません。
これまでの研究では、同じ遺伝子について調べると、近い種の間ほどDNA配列が似ており、遠い種ほど違いが大きくなることがわかっています。
「人間とチンパンジーのゲノム情報の98.8%が同じ」という話を聞いたことがあるのも、人間とチンパンジーが極めて近い種であるからです。
両者のゲノムをお弁当の具材に例えるならば、人間のゲノムもチンパンジーのゲノムも両方とも同じコンビニで売られている「和風懐石弁当」であり、同じような具材を使って構成していることを示します。
たとえば人間のお弁当に含まれるシャケや卵焼きとチンパンジーのお弁当に含まれるシャケと卵焼きの一致率が98.8%であることを意味します。
またこの類似点は染色体にも反映されており、近い種では染色体に含まれる遺伝子セットも近くなることが知られています。
こちらもお弁当に例えるならば、人間のお弁当(ゲノム)の仕切りとチンパンジーの仕切りがほぼ一緒であることを意味します。
(※人間の染色体は46本(お弁当が46カ所の具分けがされている)でチンパンジーの染色体は48本(お弁当が48カ所の具分けがされている)です。これは人間ではチンパンジーの12番と13番の染色体が融合しているからです。お弁当に例えるならば漬物ゾーンとショウガゾーンがチンパンジーでは区切られているのに人間では一緒になってしまっていると言えるでしょう。ただそれ以外の区分けは両方の種でほぼ保たれています)
このような区分けは左右対称の外見をした生物(脊椎動物からタコやイカ、ミミズも含む)では、おおむね一致していることが知られており、またその範囲をサンゴや海綿動物などに拡大しても、ある程度の一致を保っています。
この現象は「マクロシンテニー」と呼ばれており、広範な生物が同じ染色体に同じ遺伝子を持つ傾向があることを示しています。
(※シンテニーという概念は染色体内の遺伝子の保存された順序を指します)
近くにある遺伝子は連動して動きやすくなり、マクロシンテニーを維持することは先祖の使っていた遺伝子の連動システムを子孫が引き継いでいることを示しています。
より生物学的な説明をすれば以下のようになります。
しかし新たな研究により、この法則はミミズには当てはまらないことが明らかになりました。
ミミズのゲノムはまるで落ちた「お弁当」のようになっている
新たな研究では、ミミズのゲノムは完全にごちゃまぜであり、近縁のゴカイならば1番染色体にあるものが10番染色体に飛んでしまっていたり、15番染色体にあった遺伝子が2番染色体に飛んでしまうなど、無秩序化を起こしていたことがわかりました。
もし生物のゲノム全体をお弁当とするならば、具材が仕切りの垣根を飛び越えて、シャケが焼き物ゾーンから佃煮ゾーンに入り込んだり、ごはんが卵焼きゾーンに入り込んでいる状態と言えるでしょう。
研究者たちは「ミミズのゲノムは広範に改変されており、先祖の海洋生物にあったマクロシンテニーが完全に失われていた」と述べています。
一方で、このようなゲノムの混乱は、遺伝子の改変や新規遺伝子の誕生につながった可能性もあります。
実際分析では、かつては別々の染色体にあり隔絶していた遺伝子たちをくっつけたり、あるいは隣り合って連鎖するように動いていた遺伝子を別々の染色体に引き離した形跡が発見されました。
お弁当の具材が仕切りを飛び越えてシャッフルされることで、ごはんとショウガが入り交ざりショウガゴハンという新しい具材(新遺伝子)が誕生する可能性があるのと同じです。
ただこのような劇的なシャッフルはゲノムの安定性や細胞分裂に関わる多くの遺伝子を破壊してしまいました。
その結果、DNA複製中に間違いを見つけて修正する細胞の能力が弱まり、さらなるゲノムの再編成や遺伝子の改変が進んだと考えられます。
通常ならばこのような無秩序化の加速は、命のシステムを崩壊させ、種の断絶に繋がりかねません。
しかしミミズの先祖たちはこの危機を逆に利用して、進化の原動力としました。
研究者たちはこのような変化がミミズの先祖たちが陸上に進出する過程で起きたと推測しています。
海から淡水に、そして淡水から陸上へと進出したタイミングでシャッフルが起きていることがわかるからです。
また今回の調査によりゲノムの安定性にはスイッチのようなものがあり、ミミズたちはそのスイッチをオフにしてシャッフルを強め、現在も進化を加速している可能性が示されました。
研究者たちはこのようなゲノムの不安定化の背後にあるメカニズムを解明することができれば、生命の進化についてよりよく理解できるようになると述べています。
元論文
Annelid Comparative Genomics and the Evolution of Massive Lineage-Specific Genome Rearrangement in Bilaterians
https://doi.org/10.1093/molbev/msae172
ライター
ナゾロジー 編集部
編集者
ナゾロジー 編集部