「雨の日は右膝の古傷が痛むぜ」なんてセリフを一度は見たことがないでしょうか?
多くの人が、寒い日や雨の日、梅雨の時期などに関節が痛むと申告します。
これに関連した解説も、調べるとたくさん出てきます。
しかし、このような「寒さや雨で関節が痛くなる」という考えは、もしかしたら間違っているかもしれません。
オーストラリアのシドニー大学(The University of Sydney)に所属するマヌエラ・L・フェレイラ氏ら研究チームは、世界中の1万5000人以上のデータ(11件の研究)に基づくメタ分析(複数の研究結果を統合して分析する研究法)の結果、「一般的な関節痛と天候との間に直接的な関連は見つからなかった」と報告したのです。
では、私たちの多くが、天候の変化で関節痛が生じると信じているのはどうしてでしょうか。
研究の詳細は、2024年2月9日付の学術誌『Seminars in Arthritis and Rheumatism』に掲載されました。
目次
- 「天気が悪いと関節が痛くなる」のは本当?
- 1万5000人のデータを改めて分析した結果
- なぜ人々は関節痛の悪化を天気のせいにするのか
「天気が悪いと関節が痛くなる」のは本当?
天候は健康状態に悪影響を及ぼすことがあります。
例えば、気温が低いと喘息の症状が悪化するという報告があります。
また2022年のアデレード大学(The University of Adelaide)の研究では、逆に気温が高いことで、不整脈、心停止、冠動脈性心疾患のリスクが高まると報告されています。
そのため関節痛に対しても、同じように「天候が関係している」と考える人は少なくありません。
実際、「雨の日には気圧が下がることで、関節内の圧力が相対的に高くなり、関節周りの神経が圧迫されやすくなる」「温度や気圧の変化からくる自律神経の乱れによって痛みが強くなる」などと説明されることもあります。
しかし、シドニー大学に所属するフェレイラ氏ら研究チームは、「寒さや雨が関節痛に影響を及ぼす」という説を多くの患者が支持しているにも関わらず、「過去の研究の大部分と矛盾している」と報告しました。
天候と関節痛が直接関係することを主張するいくつかの研究に対しても、「全体的に規模が小さく、調査期間も短い。また天候以外に関節痛に影響を及ぼす因子を適切に調整できていない」と述べています。
つまり、実際に過去の研究を調べてみると、「寒さや雨が関節痛に影響を及ぼす」説を支持しないものが多く、仮に支持していたとしてもその研究の信頼性が低いというのです。
そこで彼女たちは、より正確な結論を提出するため、過去の様々な研究で得られたデータを統合し、より高い見地から分析(メタ分析)することにしました。
1万5000人のデータを改めて分析した結果
フェレイラ氏ら研究チームは、11件の研究から世界中の1万5000人以上のデータを集めました。
これらの人々は、2万8000件以上の痛みを報告しており、そのほとんどは、腰痛、膝・股関節の変形性関節症(様々な原因により関節が変形し、炎症や腫れ、痛みが生じる)でした。
またその中には、関節リウマチ(免疫の異常により関節の痛みや腫れが生じる)や、痛風(尿酸の血中濃度が高いことが原因で、尿酸の結晶が関節に付着し蓄積する)も含まれていまいた。
そして、暑いか寒いか、湿度が高いか乾燥しているか、雨が降っているか、風が強いか、またいくつかの組み合わせ(例:暑くて湿気がある、寒くて乾燥している)など、様々な天候条件と、患者からもたらされる関節痛の報告の頻度を比較しました。
膨大なデータを用いて、関節痛と天候の関連性を改めて分析したのです。
その結果、気温、湿度、気圧、降雨量の変化は、膝、股関節、腰の痛みを強めることはなく、関節痛が新たに生じることとも関連がないと分かりました。
つまり今回の研究の結果は、「寒さや雨などの天候の変化が関節痛を悪化させる」説を否定するものとなりました。
ただし、非常に低い温度(10℃未満)条件での過去の研究はほとんど無かったため、今回の研究では、極端な天候の変化がどのような影響をもたらすのか分かっていません。
また症例に例外もありました。
痛風だけは天候の変化と関連性が確認できており、暖かく乾燥している時に痛みのリスクが高まりました。
これは痛風の痛みが一般的な関節痛とは異なったメカニズムで生じているからだと考えられます。
暖かくて乾燥した気候では、脱水症状が増加し、結果として尿酸の血中濃度が上昇。尿酸の結晶が関節に付着しやすくなるのでしょう。
しかし疑問が残ります。
それは、なぜ多くの人が「雨の日に関節が痛む」と訴えるのか? という点です。
なぜ人々は関節痛の悪化を天気のせいにするのか
フェレイラ氏らは、人々が関節痛の悪化を天候の影響だと考える理由について、次のように説明しています。
「天候は、他の要因や行動に影響を与え、それが患者の痛みの認識や管理にも影響を及ぼします」
例えば、冬だけは運動習慣が変わって、ジムで運動するよりも、ソファーで過ごす時間が増えるかもしれません。
長時間座っていると腰痛を悪化させるため、これが原因で「冬は痛みが増す」と感じる可能性があります。
さらに、寒すぎたり暑すぎたりすると、睡眠の習慣が変化したり、眠りが浅くなったりするものです。
寝不足は腰痛や膝痛の引き金になることがあるため、これが直接的な原因かもしれません。
寒さや雨などが直接的に関節痛を生じさせるのではなく、寒さや雨の影響で私たちの行動が変化するため、それが関節痛を生じさせている可能性があるというわけです。
さらに研究チームは、「冬には痛みがひどくなる」と信じ込むことで、ノセボ効果(プラセボ効果の逆)が生じているかもしれないと指摘しています。
では、実際に冬に関節痛が増しているように感じる場合には、どうすればよいのでしょうか。
研究チームは、天候など自分でコントロールできない要素ではなく、自分でコントロールできる要素に注目することが大切だと述べています。
例えば、1年を通して(たとえ冬であっても)、もっと歩いたり、体を動かしたりするよう意識できます。
また体重の増加は関節に負担をかけるので、「食欲の秋」や「体型が隠れる冬」でも、適正な体重を維持できるよう努力すると良いでしょう。
また寒い部屋では眠りが浅くなりやすいため、冬場は特に、寝室を温かい状態に保つよう意識することも有効と考えられます。
この研究結果は、私たちが常識だと思っていた「天候と関節痛」の説に一石を投じるものです。
もちろん、この研究だけで、これまでの主張やメカニズムの解説が完全否定されたわけではありません。
それでも、自分の痛みの本当の原因を探るきっかけにはなるでしょう。
「天候が原因だからしょうがない」と考えるのではなく、自分の行動が関節痛の悪化の原因となっていないか、改めて自問してみると良いかもしれません。
参考文献
No, your aches and pains don’t get worse in the cold. So why do we think they do?
https://theconversation.com/no-your-aches-and-pains-dont-get-worse-in-the-cold-so-why-do-we-think-they-do-235117
元論文
Come rain or shine: Is weather a risk factor for musculoskeletal pain? A systematic review with meta-analysis of case-crossover studies
https://doi.org/10.1016/j.semarthrit.2024.152392
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部