馬は私たち人と厚い絆で結ばれた動物ですが、知能面ではあまり注目されません。
競馬好きの人なら、馬がかなり人間の考えを理解していて賢い生き物という印象を持っているかもしれませんが、チンパンジーやイルカ、カラス、ゾウなどに比べて彼らの知能を調査した研究はあまり報告されていないのです。
しかし英ノッティンガム・トレント大学(NTU)の研究で、馬は非常に賢いにも関わらず、面倒なので馬鹿っぽく振る舞っている可能性が示されたのです。
一体どのような知能の高さを見せたのでしょうか?
研究の詳細は2024年7月11日付で科学雑誌『Applied Animal Behaviour Science』に掲載されています。
目次
- 「賢さ」を調べるゲーム実験を実施!
- 考える労力を減らすため、わざと「ルールを無視」していた⁈
「賢さ」を調べるゲーム実験を実施!
馬と人の歴史は非常に古くからはじまっています。
人類は何千年も前から馬を家畜化して、狩りや戦場のお供とし、自動車が発明されるまでは運搬に関わる動力として広く活躍していました。
それにも関わらず、馬の学習能力を調べた研究は驚くほど少ないといいます。
ノッティンガム・トレント大の研究チームは以前から「馬の学習能力についてもっと理解したい」と考えていました。
というのも、それが分かれば馬をより人道的に飼育したり訓練することができ、馬の福祉に役立てられるからです。
そこでチームは今回、20頭の馬を対象に認知機能を調べるゲーム実験をしました。
ここでは馬が鼻先でカードに触れるとおやつをもらえるというゲームを開発しています。
最初は鼻でカードに触れるだけで報酬を与えるようにし、馬にルールを理解させたところで、徐々に難易度を上げていきました。
第2段階では「ランプ」を導入して、ランプの灯りがついているときはカードに触れても報酬はもらえず、ランプの灯りが消えているときにカードに触れると報酬がもらえました。
要するに、これはランプの灯りが報酬がもらえない”停止の合図”であることを意味しています。
実験の結果、馬たちはこの課題に失敗し続けました。
彼らはランプの灯りがついていようがいまいが、無差別にカードに触れ続け、定期的にやって来るランプ消灯時の報酬を得ていたのです。
一見すると、馬たちはランプが停止の合図であることを理解していないように見えました。
しかし研究者たちは次の実験で、そうではない可能性を見出します。
最終の第3段階では、ランプが点灯しているときにカードに触れると「ペナルティ」が課せられました。
10秒間のタイムアウトが与えられ、その間はゲームに参加することも報酬をもらうこともできなくなったのです。
実験の結果は驚くべきものでした。
それまで無差別にカードに触れ続けていた馬たちは、ペナルティが導入された途端、急にランプの点灯時にはカードに触れなくなったのです。
そしてランプの消灯時にのみカードに触れて、正しい判断をするようになっていました。
これは一体どういうことでしょうか。
考える労力を減らすため、わざと「ルールを無視」していた⁈
研究者によると、このような動物実験で、動物たちが自らの行動を変えるにはある程度の学習時間が必要だといいます。
ところが馬たちは学習時間を要することなく、急激に自分たちの行動を変えていました。
これを受けて研究者らは「馬はそもそもゲームのルールをすべて理解していて、報酬を得るのに労力の少ない行動を戦略的に選んでいる可能性がある」と大胆な指摘をしています。
つまり、馬たちは「ランプ=停止の合図」も初めから分かっていたというのです。
例えば、ランプがついているときには報酬がもらえず、ランプが消えているときに報酬がもらえる場合。
馬たちがこのルールに従って、正しく報酬を得ようとするなら、まず「ランプが点灯している」ことを確認し、次に「この場合にカードに触れるとおやつはもらえない」ことを理解して、最後に「じゃあ触るのはやめておこう」と判断する一連の思考プロセスが必要です。
これを一々やっていては、かなりの認知的な労力がかかってしまいます。
それならば、ランプ点灯時に報酬がもらえずとも、モグラ叩きのようにカードに触れ続けることで、定期的に(ランプ消灯時の)報酬をゲットできる方が労力が少なくて済むわけです。
いわば、”数打ちゃ当たる作戦”と言えるかもしれません。
みなさんも数打ちゃ当たる作戦を実行するときは、あまり余計な思考を挟みませんよね。
ところがペナルティが導入されるとなると話は別です。
先ほどまではランプ点灯時にカードに触れても罰はなく、すぐにゲームに復帰できるので、正しく判断することの損失が小さくて済みました。
しかし今度は判断ミスをすると10秒間もゲームに参加できなくなるので、正しく判断しないことの損失の方が大きくなり、全体的に得られる報酬も少なくなります。
これらを全部理解した上で、馬たちは戦略的に立ち振る舞っていたというのです。
これについて研究者は「馬たちは先の出来事を予測して、利益を最大化させるために自らの行動を調節できるのかもしれない」と指摘しました。
この結果は馬たちが以前考えられていたよりも高度な認知能力を持っている証拠となります。
研究主任のルイーズ・エヴァンス(Louise Evans)氏は「馬は生まれつきの天才ではなく、至って平凡な知能の持ち主だと思われがちですが、実際は高い認知能力を持っているのでしょう」と話しました。
また研究者らはこの一連の結果が馬の福祉の向上に役立てられると期待しています。
エヴァンス氏は「馬から本当に良いパフォーマンスを引き出すためには、飼育や訓練において従来の嫌悪的な方法や厳しい調教は必要ないのかもしれません」と述べています。
参考文献
Horses much more intelligent than we thought, study suggests
https://www.ntu.ac.uk/about-us/news/news-articles/2024/08/horses-much-more-intelligent-than-we-thought,-study-suggests
Horses can plan ahead and think strategically, scientists find
https://www.theguardian.com/science/article/2024/aug/12/horses-can-plan-ahead-and-think-strategically-scientists-find
Horses Show Unexpected Intelligence With Strategic Thinking in Game Play
https://www.sciencealert.com/horses-show-unexpected-intelligence-with-strategic-thinking-in-game-play
元論文
Whoa, No-Go: Evidence consistent with model-based strategy use in horses during an inhibitory task
https://doi.org/10.1016/j.applanim.2024.106339
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部