医師の診察を受けないで「自分はうつ病だ」と決めつけてしまう人が増えているようです。
この傾向は特に若者の間で顕著であり、SNSやライブ配信などで、そのように主張する人も増えています。
では、「自称うつ病」の人が多いのはなぜでしょうか。
メルボルン大学(The University of Melbourne)心理科学部に所属するジェシー・テス氏ら研究チームは、うつ病や不安障害などの精神疾患を自称する人の増加が、精神疾患の概念の拡張と関連していると報告しました。
世間での精神疾患やメンタルヘルスへの関心の高まりに伴い、どんな症状だったとしても「自分は病気だ」と決めつける不正確な認識が広まったことが原因の1つだというのです。
研究の詳細は、2024年6月14日付の学術誌『SSM –Mental Health』に掲載されました。
目次
- 増える「自称うつ病」
- 精神疾患に対する「意味の拡張」が、自称うつ病の人を増やしている
増える「自称うつ病」
今考えると驚くべきことですが、過去には、「精神疾患は甘えだ」という考えを持つ人が少なくありませんでした。
そのため当事者は、精神疾患を恥ずかしいものと考えてしまい、なかなか医師に相談することができませんでした。
自分が精神疾患を患っていること自体も、公にすることが難しい状況があったのです。
そうした時代を考えると、現代では「通院のしやすさ」「相談のしやすさ」といった点で、かなり前進していると言えます。
社会全体でも、メンタルヘルスに対する意識は高まっており、ソーシャルメディアを中心にこの問題が議論され社会的に認知されるようになりました。
しかし、最近では、逆に「行き過ぎた状況」に発展しています。
ソーシャルメディアやSNSでは、医師の診断を受けていないにもかかわらず、「自分はうつ病だ」などと自称する人がかなり増えたのです。
「自分は精神疾患かもしれない」と誰かに伝えられること自体は良いことですが、こうした人々の多くは、自分で判断するだけに留まり、きちんとした医師の診察を受けようとしません。
では、どうして自称うつ病の人がここまでたくさん増えてしまったのでしょうか。
テス氏ら研究チームは、この疑問に答えるため、1つの調査を実施しました。
アメリカ人の成人474名を対象に、「精神疾患を患っていると思うか」また「医療機関や専門家からの診断を受けたことがあるか」など、いくつかの点を尋ねました。
精神疾患に対する「意味の拡張」が、自称うつ病の人を増やしている
調査の結果、今回のサンプルでは197人(42%)が、現在自分は何らかの精神疾患を患っていると主張しました。
また、サンプルのうち、現在正式な診断を受けていたのは、150人(32%)だけでした。
このことを考えると、医療機関や専門家の診察を受けていない「自称・精神疾患患者」もある程度の割合で存在することになります。
(この中には、本当に精神疾患を患っている人と、実は精神疾患でない人が含まれるはずです)
そして、自称・精神疾患患者の増加には、「概念の漸動」が関係していることも分かりました。
概念の漸動とは、「虐待、いじめ、トラウマ、精神疾患、依存症、偏見」などの概念が、意味的に拡張されることを指します。
人々がそれらの危害に関して敏感になることで、本来はその用語に含まれるべきではない意味を、その用語に含めてしまうのです。
例えば、メディアで「依存症」の問題が取り上げられると、人々がそのワードに一層敏感になることで、なんでもかんでも依存症と呼ぶ人が増えるかもしれません。
同じようなことが、精神疾患(例えば「うつ病」など)でも生じており、一部の人は、「うつ病」という言葉を拡大解釈しているようです。
今回の分析でも「自称うつ病」を主張する人は、精神障害の概念を広く持つ傾向があり、ストレスがあったり軽い気分の落ち込みについてもうつ病という認識を持っていたようです。
医師の診断を受けずに「自分はうつ病だ」と主張する人は、もしかしたら、そもそもうつ病の定義があいまいで、意味を広く捉え過ぎているのかもしれません。
また、こうした主張をする人は主に若年層と政治的にリベラルな傾向を持つ人に多かったと報告されています。
若年層は近年のメンタルヘルスへの意識の高まりから、うつ病を広い解釈で意識しやすくなっていることが原因と考えられています。リベラルな人々も主に社会の多様性や平等に意識を向けているため、精神障害に対しても広い概念で捉えてしまう傾向があるのかもしれません。
自称うつ病が問題になるのは、単に医師の診察を受けずに自己判断しているから、というだけに留まりません。きちんと通院したとしても問題がおこります。
軽いストレスや気分の落ち込みで、すぐにうつ病と判断して通院してしまう人は、本当に医師の助けを必要とする人の医療資源を奪ってしまう可能性があり、また必要ないのに精神治療薬を服用することで、逆に副作用で健康を害してしまう恐れがあるのです。
しかし一方で今回の研究は、「自称・精神疾患患者」と診断結果の関連性を示したわけではありません。
私たちは「診察を受けずに自称する人は、本当は疾患を抱えていない」とのイメージを抱きがちですが、実際にそうだとは限りません。
その人は診察を受けていないだけで、本当に精神疾患を抱えているかもしれないのです。
こちらも大きな問題であり、診察や治療が必要な状況の人が、周囲にうつ病を自称するだけで何も治療を行わないでいると症状が悪化する恐れがあります。
重要なのは、メンタルヘルスへの意識の高まりに応じて、きちんとした精神疾患に関する知識と認識を広めることです。
若年層に自称うつ病が多いという今回の結果からも、学校教育が正しく精神疾患がどういうものであるか教育していくことも大切でしょう。
参考文献
Do you have a mental illness? Why some people answer ‘yes’, even if they haven’t been diagnosed
https://www.psypost.org/do-you-have-a-mental-illness-why-some-people-answer-yes-even-if-they-havent-been-diagnosed/
元論文
Broad concepts of mental disorder predict self-diagnosis
https://doi.org/10.1016/j.ssmmh.2024.100326
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部