パワハラという言葉が浸透したこのご時世でも、パワハラ上司の存在が許されている職場は少なくありません。
そこでアメリカ、オハイオ州立大学(Ohio State University)の経営大学院フィッシャー・ビジネスカレッジに所属するロバート・B・ラウント・Jr氏ら研究チームは、パワハラで訴えられる上司と、許されている上司にどんな違いがあるのかを調査しました。
すると、優秀な上司はたとえパワハラしても従業員に許されていることが判明したのです。
パワハラを受ける部下は、上司が優秀だと、パワハラを「愛のムチ」だととらえる可能性が高く、パワハラだと訴えるのを躊躇していたのです。
逆に言えば、パワハラと思われる上司は、部下から無能だと思われているということになるかもしれません。
研究の詳細は、2024年6月12日付の学術誌『Organizational Behavior and Human Decision Processes』に掲載されました。
目次
- 上司の厳しさは「パワハラ」か、それとも「愛のムチ」か
- パワハラ上司に対する部下の評価は、上司の優秀さによって変化していた
上司の厳しさは「パワハラ」か、それとも「愛のムチ」か
最近では、暴力を見ることは滅多になくなりましたが、依然として、部下たちを精神的に追い詰めるパワハラ上司は存在します。
上司から「給料泥棒だ」「無能」「お前は頭がおかしい」「新人社員以下だ」などと、人格否定とも取れる厳しい言葉を投げかけられるケースは、どの国のどこの職場でも数多く存在しているといいます。
こうした横暴は許されるべきではない、と考える人は多いでしょう。
しかし、実際仕事の現場では、パワハラ的な言動が許されている上司というのも存在します。
そのようなケースでは、部下たちが上司の言動に対して「パワハラ」だと感じず、むしろ鼓舞されることもあるという。
では、同じ言動の上司に対して、部下の感じ方が大きく異なるのはどうしてでしょうか。
今回、ラウント氏ら研究チームは、2つの調査により、その原因を分析することにしました。
1つ目の調査では、アメリカにおける様々な業界の労働者576人を対象に3回のオンラインアンケートを取り、上司に対して「パワハラ」と感じるか、「鼓舞された」と感じるか尋ねられました。
その結果、厳しい上司への評価は、上司の業績や能力に大きく影響を受けていると分かったのです。
上司が部下から「優秀だ」と評価されている場合、部下は上司から「鼓舞された」と感じる傾向が強く、逆に上司の業績が落ちている場合には、「パワハラ」だと感じる傾向が強かったのです。
この結果を受けて研究チームは、168人の学生を募集し、実際有能と無能なチームリーダーの下で働いてもらい、リーダーにパワハラさせるという実験を行ったです。
パワハラ上司に対する部下の評価は、上司の優秀さによって変化していた
2つ目の調査では、168人の学生を募集し、あるチームリーダーの下で働いてもらいました。
そして参加者たちには、チームリーダーから次のようなメッセージが送られてきます。
それはまさしくパワハラと言えるメッセージであり、「くだらないアイデアを思いついて、私の時間を無駄にするな!他のチームよりも上手くやって、私たちに恥をかかせることが無いように!」という内容でした。
その後、仕事を行っていく中で、参加者たちは、さらに別の2種類のメッセージを受け取ります。
その片方は、「あなたのチームは、他のチームに比べてはるかに高いパフォーマンスを発揮している」というメッセージであり、もう片方は、「あなたのチームは、他のチームに比べてはるかにパフォーマンスが低い」というものです。
そして参加者たちは、それぞれ片方のメッセージを受け取り、その後、リーダーを評価するよう求められました。
その結果、予想通り、パワハラ・メッセージを受け取った参加者たちは、自分たちのチームのパフォーマンスが低いと評価されたときに、上司をパワハラ認定する傾向にありました。
また最初は「パワハラ上司」と評価した参加者も、リーダーの判断力のおかげでチームの成績が上がっていることを知ると、短時間でその上司をパワハラ認定する気持ちが薄れると分かりました。
参加者たちは、全く同じ厳しい言葉を投げかけられたとしても、チームの成績によって、上司の評価を大きく変えたのです。
では、どうして優秀な上司に対して、ここまで大きく評価が変わるのでしょうか。
研究チームは、「部下たちは何らかの希望の光を探しているのかもしれない」と述べます。
つまり、パワハラ上司の下で働く部下たちは、そのパワハラを好んではいませんが、そうした悪い状況から何か良いことが起こることを期待していたというのです。
例えば、「厳しい上司の下で働くことで昇進や昇給がしやすくなる」と考えるかもしれません。
そして実際、その願いが叶うと、部下たちは上司の厳しい言動に対して「愛のムチだった」と評価するのでしょう。
研究チームによると、こうした傾向は、有能だが日常的にパワハラを行う上司が、訴えられずに長く勤務できている理由を示唆しているという。
一方で、彼らが続けて強調するように、今回の結果は、「パワハラ行為がチームや会社を成功へと導く」ことを示すものではありません。
長年の研究から、パワハラは従業員や組織に良い結果をもたらさないということがはっきりと分かっています。
一部のパワハラ上司は、その優秀な成績により、単に生き延びているだけに過ぎないのです。
もしかしたら、あなたを日々虐めてくるパワハラ上司も、同じ理由で長く居座っているのかもしれませんね。
参考文献
Why some abusive bosses get a pass from their employees
https://news.osu.edu/why-some-abusive-bosses-get-a-pass-from-their-employees
元論文
“Abuser” or “Tough Love” Boss?: The moderating role of leader performance in shaping the labels employees use in response to abusive supervision
https://doi.org/10.1016/j.obhdp.2024.104339
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
ナゾロジー 編集部