音楽鑑賞は今や、多くの人にとって自宅のプレーヤーやイヤホン越しに一人で楽しむものとなっているかもしれません。
しかし友人たちと好きなCDを持ち寄って”音楽飲み”でもすると、楽しさは倍増するようです。
最近、仏リヨン大学(University of Lyon)と伊パヴィア大学(University of Pavia)の研究により、音楽鑑賞は一人でなく他の人と一緒に共有することで、音楽から得られる喜びが著しく増大することが判明しました。
しかも直接的に誰かと同席していなくても、ネットを介した同時視聴で同じ効果が得られたとのことです。
研究の詳細は2024年5月10日付で科学雑誌『iScience』に掲載されています。
目次
- 誰かと一緒に音楽を聴くと「喜び」は大きくなるのか?
- 音楽鑑賞を共有すると「喜び」が増大した!
誰かと一緒に音楽を聴くと「喜び」は大きくなるのか?
人類と音楽の付き合いはとても古いです。
2008年にはドイツにある石器時代の遺跡で、ワシやマンモスの骨から作られた約4万年前の笛が発見されました。
人類はそれほど大昔から音楽を楽しんでおり、今日に至るまで私たちの豊かな生活に欠かせない存在となっています。
また多くの研究は、音楽を聴くことで「喜び」の感情を司る脳領域が活性化されることも明らかにしてきました。
それだけでなく、音楽鑑賞は自律神経に作用して、不安やストレスを解消したり、快感や安眠を促す効果があることも知られています。
その一方で、こうした音楽のもたらす効果についての研究は、ほとんどが個々人の音楽鑑賞の体験に焦点を当てたものでした。
しかし私たちは誰かと一緒に音楽を聴くことの喜びを日常生活の中で十分に実感しているはずです。
友人たちと自宅でお酒を飲みながら音楽鑑賞をしたり、カラオケで歌を歌いながら盛り上がったり、ライブやコンサートで同じ音楽の音色に浸ったりと、そうした体験から得られる喜びは一人で音楽を聴くときとはまた違ったものがあります。
そこで研究チームは今回、音楽を一人で聴く場合と複数人で聴く場合で、そこから得られる喜びがどのように変わるかを調査しました。
またチームは、喜びの感情の変化に加えて、複数人での音楽鑑賞が「向社会性(見返りを期待することなく、自分の意思で人助けをしようとする行動)」や「記録力」に影響を与えるかも調べています。
では、その具体的な結果を見てみましょう。
音楽鑑賞を共有すると「喜び」が増大した!
チームは本調査で3つの実験を行いました。
実験1はアメリカ在住の参加者52名(女性33名・男性19名、平均年齢34.72歳)を対象とし、実験用に作ったオンライン上のプラットフォームで、自分の好きな曲か、実験者が選んだ曲のいずれか(どちらもポップロックの楽曲)を聞いてもらいました。
参加者はこのとき、「1人で聴くか」「少人数で聴くか」「大人数で聴くか」の3つの異なる条件下で音楽鑑賞をします。
自分がどの条件にいるかは、アメリカの地図上に示された人数を示すピン留めで判別できます(下図を参照)。
例えば、1人で聴いているときはピン留めがなく、大人数で聴いているときは地図上に多くのピン留めがなされました。
音楽を聴き終わると、参加者は音楽鑑賞から得られた「喜び」や「興味」「親しみ」などの感情的反応を評価しました。
実験2はフランス在住の111名(女性62名・男性48名・ノンバイナリー1名、平均年齢29.62歳)を対象に同じ実験をしています。
ただ今回は音楽のジャンルを幅広くしたのに加えて、実験前後に向社会性を測定できるゲームをプレイしてもらいました。
例えば、参加者はゲーム内でバーチャルパートナーにお金を自由に共有したり、非営利団体に寄付したりできます。
実験3はフランス在住の67名(女性56名・男性11名、平均年齢23.52歳)を対象に、今度はクラシック音楽に限定しました。
そして実験後に同じく感情反応を評価してもらった後、実験中に試聴したクラシック音楽の内容に関してどれだけ正確に覚えているかを測定する記憶力テストをしています。
その結果、3つの実験のすべてで、参加者は一人で音楽を聴くよりも、他の人と一緒に音楽を聴いている方が強い喜びを感じていたことが判明しました。
特に喜びの大きさは試聴人数が多いほど、高まっていたとのことです(上図の左下)。
研究者らは「この結果が国や性別を問わず共通していたことや、オンライン上の繋がりだけでも確認できたことに驚いた」と話しています。
さらにこの結果は「向社会性」や「記憶力」についても同じで、複数人数で音楽鑑賞をしたときにより高まっていました。
これまでの研究で、向社会性は幸福感などのポジティブ感情によって強化されることが示されているので、一緒に音楽を共有したことの喜びが「他者への親切心」を高めたと考えられます。
また記憶力についても研究者は、音楽鑑賞を共有したときに誘発された強い喜びが脳を活性化させたことで、記憶の定着が促進されたのではないかと指摘しています。
以上の結果は、音楽体験の共有が個人の喜びを増大させるだけでなく、社会性や認知機能の改善にもつながることを明らかにしました。
音楽を誰かと一緒に楽しむことには、私たちの想像以上に幅広いメリットがあるようです。
なので、たまに友人たちと集まって「お気に入りの曲、聴かせてよ」とか「めちゃくちゃイイじゃん!」とあーだこーだ言いながら音楽鑑賞することで、幸福感の高まりだけでなく、友情もより一層深められるかもしれません。
参考文献
Shared music experiences enhance pleasure and boost kindness, according to new psychology research
https://www.psypost.org/shared-music-experiences-enhance-pleasure-and-boost-kindness-according-to-new-psychology-research/
元論文
Enhancing musical pleasure through shared musical experience
https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.109964
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部