ノコギリエイにはその名の通り、頭の先にノコギリそっくりの吻(ふん)が付いています。
この吻は母親の胎内にいるときから存在しているのですが、それを聞くとお母さんは赤ちゃんのノコギリでお腹を怪我しないのか? とちょっと心配になります。
しかし、ご安心ください。
ノコギリエイの胎児の吻にはノコギリ刃を収める「鞘(さや)」が付いているのです。
米フロリダ州の魚類野生生物保護委員会(FWC)は今回、この鞘を詳しく調査し、生後4日以内に剥がれ始めることを発見しました。
刀を抜くのは生まれた後からのようです。
研究の詳細は2024年5月9日付で科学雑誌『Fishery Bulletin』に掲載されています。
目次
- ノコギリエイの刃は「鞘」に包まれていた
- ノコギリ刃を収める「鞘」を詳しく調査!
ノコギリエイの刃は「鞘」に包まれていた
ノコギリエイはサメと同じく、全身の骨格が軟骨でできた「軟骨魚類」に属すグループです。
魚類は普通、母親が産んだ卵から赤ちゃんがふ化する「卵生」ですが、サメやエイは種類によって繁殖方法が違っています。
例えば、ネコザメやトラザメは他の魚類と同じ卵生で繁殖しますが、カマストガリザメなどは私たちヒトと同じように、胎内の子ザメにへその緒をつなぎ、十分な大きさまで育ててから産み落とします。
そしてノコギリエイは主に「卵胎生」という方法をとっています。
これは母親の胎内で卵をふ化させた後に、ある程度の大きさまで育ててから出産するという方法です。
サメの詳しい繁殖方法についてはこちらをご参照ください。
ノコギリエイの赤ちゃんは胎内にいる時点で、ギザギザの歯が並んだ吻を発達させます。
つまり、彼らは母親の胎内で、その鋭利なノコギリ刃をブンブン振り回していることになるわけです。
ノコギリエイは複数匹の赤ちゃんを同時に妊娠するので、ノコギリ刃は他の兄弟姉妹や母親の体を傷つけかねません。
それなのにどうしてノコギリエイは無事に子供たちを出産できるのでしょうか?
この謎はこれまでの研究で十分に解明されています。
ノコギリエイの胎児の吻は親兄弟を傷つけないために特殊な「鞘」に包まれていることがわかっているのです。
これによりトゲトゲの刃が外部に露出せず、母親は兄弟姉妹を切り刻まないで済むのです。
その一方で、ノコギリエイの鞘がどんな材質でできているのか、生後どれくらいから消失し始めるのかは、あまり詳しく解明されていません。
そこで研究チームは今回、北米の海に生息するノコギリエイの一種「スモールトゥース・ソーフィッシュ」を対象に調査しました。
ノコギリ刃を収める「鞘」を詳しく調査!
スモールトゥース・ソーフィッシュ(学名:Pristis pectinata)は主に、アメリカの南フロリダ沖とバハマ西部の海域で見られるノコギリエイです。
成体はノコギリ刃を含めて最大全長5.5メートルに達し、普段は沖合の方に住んでいます。
しかしメスは妊娠すると、4月〜5月にかけて河口の付近に入り、そこで一度に最大20匹の子供を出産します。
子供たちはしばらくの間、河口の辺りで成長期を過ごすので、すぐさま海の方には戻りません。
性的な成熟に達するまではオスで4〜5年かかり、メスではもう少し時間がかかるといわれています。
本種はすでに絶滅危惧種に指定されている希少種であり、チームは過去18年の歳月をかけて毎月調査に出かけ、スモールトゥース・ソーフィッシュの稚魚の鞘サンプルを一握り集めてきました。
そして今回、その集めた鞘サンプルを電子顕微鏡やマイクロCTを用いて詳しく分析。
その結果、スモールトゥース・ソーフィッシュの鞘は薄い表皮層とその下にある厚い真皮層の2つの組織から成っていることがわかりました。
また、ケラチンやコラーゲンに似たタンパク質が鞘の中に豊富に含まれていました。
質感はロウソクの原料としても使われるパラフィンワックスのような感触で、「しっかり丈夫でありながら、わずかに弾力もあった」と研究主任のグレッグ・プラキス(Gregg Poulakis)氏は表現しています。
それから鞘は生後4日以内に剥がれ始め、段階を追って徐々に細かい刃が露出していくことを明らかにしました。
鞘は2週間後には完全に消失するとのことです。
ちなみにですが、ノコギリ状の歯は左右に24〜32本ずつ生えており、欠けた歯は土台が無傷である限り、何度でも再生します。
ただし、根本から折れてしまった歯は2度と再生することはありません。
以上のように、ノコギリエイの鞘を事細かく分析したのは今回が初めてであり、「鞘は壊れやすいゼラチン質の膜であるという長年の仮説を否定するものとなった」とプラキス氏は話しています。
その一方で、現在の海はスモールトゥース・ソーフィッシュにとって楽観視できる状態にはありません。
近年は生息地の破壊や漁網への偶発的な巻き込みにより、スモールトゥース・ソーフィッシュの個体数がどんどん減っているからです。
チームは種全体の保護活動も含めて、今後もスモールトゥース・ソーフィッシュの生態調査を続けていきたいと話しています。
参考文献
A built-in pocket protector keeps sawfish from ‘sword fighting’ in the womb
https://www.sciencenews.org/article/stops-sawfish-from-sword-fighting-womb
Smalltooth sawfish
https://myfwc.com/wildlifehabitats/profiles/saltwater/smalltooth-sawfish/
元論文
Morphology, composition, and deterioration of the embryonic rostral sheath of the smalltooth sawfish (Pristis pectinata)
https://fisherybulletin.nmfs.noaa.gov/content/age-growth-parameters-and-reproductive-characteristics-sharpspine-skate-okamejei-acutispina
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。