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イルカは1日中ずっと餌を食べ続けなければならない不便な生き物だった


私たちヒトを含む哺乳類は食事をとり、体温を保持しなければ死んでしまいます。

そのため、私たちと同じ哺乳類でありながら、冷たい海に暮らすイルカが体温を保持するためには、たくさんの餌を食べる必要があります。

しかし、イルカは、ライオンのように自分の体ほどもある大きな獲物を捕らえるわけでもなく、クジラのように一度に大量の餌を捕らえるわけでもありません。

むしろ、小さい魚を1匹ずつ食べていることが知られているため、研究者たちは「いったいイルカはどうやって1日に必要なエネルギーを獲得しているんだ?」と疑問を抱いていました。

今回、オーフス大学(Aarhus University)の研究チームは、「イルカはあまり苦労せずに、1日に何千匹もの魚をつかまえることができる。しかし、十分なエネルギーを獲得するためには、1日の約60%もの時間を採餌に費やさなければならない」ことを明らかにしました。

本研究成果は2024年5月15日付に科学誌「Science Advances」に掲載されました。

目次

  • 大きな哺乳類は「ハイリスク・ハイリターン」の狩りをするが、イルカはそうではない?
  • ネズミイルカは狩りの時間を延ばすことで、必要なエネルギーを確保する!

大きな哺乳類は「ハイリスク・ハイリターン」の狩りをするが、イルカはそうではない?

私たちヒトを含む哺乳類は食事を通じてエネルギーを獲得し、体温を保持しなければ死んでしまいます。

そのため、捕食者たちは効率のよい狩りの戦略、つまり「より少ないエネルギーで、より多くのエネルギーを獲得する」戦略を発達させていきます。

例えば、ライオンが狩りをしている姿を想像してみてください。

ライオンが、自分と同じぐらい背丈のあるバッファローやシマウマを襲う姿を想像しませんでしたか?

自分の背丈ほどもある獲物をしとめれば、当分のあいだ餌に困ることはないでしょう。

ただ、実はライオンの狩りは30%程度の確率でしか成功しないことが知られています。

このように、体の大きな哺乳類の捕食者は、成功確率は低いが、成功したときの利益が大きい「ハイリスク・ハイリターン」の採餌戦略をとることが知られています。

体の大きな哺乳類は「ハイリスク・ハイリターン」の狩りの戦略をとる
体の大きな哺乳類は「ハイリスク・ハイリターン」の狩りの戦略をとる / credit: Unsplash

イルカは水中に暮らしていますが、私たちヒトと同じ哺乳類です。よって、イルカも体温を保ち続ける必要があり、そのためにはたくさんの餌を食べる必要があります。

特に、ネズミイルカのような高緯度地域、つまり水温が低い海に生息する種類にとって、体温の保持は大きな問題となります。

冷たい海に生息するネズミイルカ。日本ではおたる水族館で飼育されています。
冷たい海に生息するネズミイルカ。日本ではおたる水族館で飼育されています。 / credit: おたる水族館HP

これまでの研究より、ネズミイルカは比較的小さい魚(10cm以下)を餌にしており、かつ魚を1匹ずつ食べることが知られています。

つまり、ネズミイルカは哺乳類としてみると体が大きいにもかかわらず、同じぐらいの大きさの陸上に暮らす哺乳類とは異なる採餌戦略をとっていると考えられます(※ネズミイルカは鯨類としてみると最小クラスですが、哺乳類としてみると十分に大きいといえる種類です)。

オーフス大学(Aarhus University)の研究チームは、「イルカは体温を保持するために、とてもたくさんの餌を食べなくてはならない」、「しかし、一度にたくさんの餌を食べることもしないし、ハイリターンの大きな獲物を捕らえることもしていない」という事実から、「では、いったいどうやって体温を保持するだけの獲物を獲得しているんだ?」という疑問を抱きました。

イルカは1匹ずつ小さい魚を食べる(※写真はネズミイルカではなく、ハンドウイルカという種類です)。
イルカは1匹ずつ小さい魚を食べる(※写真はネズミイルカではなく、ハンドウイルカという種類です)。 / Credit:University of Central Florida

そこで今回、研究チームは、野生のネズミイルカに小型の記録装置をつける「バイオロギング」という手法を用いて「ネズミイルカが採餌のときにだす鳴音」や「潜水深度」などのデータを記録することで、この疑問の解決に取り組みました。

小型の計測機器を動物の体にとりつけ、動物自身にデータをとってきてもらう「バイオロギング」(※このイルカもハンドウイルカです)
小型の計測機器を動物の体にとりつけ、動物自身にデータをとってきてもらう「バイオロギング」(※このイルカもハンドウイルカです) / credit: University of Michigan

ネズミイルカは狩りの時間を延ばすことで、必要なエネルギーを確保する!

「より少ないエネルギーで、より多くのエネルギーを獲得する」、これが哺乳類の狩りの戦略を考える上で重要なことです。

ただ、そもそもどうやって海の中に暮らすイルカの狩りの様子を観察するのでしょうか?

ここで注目すべきはイルカの出す「音」です。

イルカは、自分の周囲にクリックスとよばれる音を照射し、そのクリックスがあたった物体(餌など)から跳ね返ってきた音を受信することで、対象物体との距離やその性質を認識する「エコロケーション」の能力をもっています。

特に、イルカは狩りをするときに「バス音」と呼ばれるクリックスを照射することが知られており、このバズ音を録音することで「イルカが狩りを試みた」ことを間接的に知ることができます。

研究チームは、ネズミイルカ1個体が1日のどのぐらいの時間、バス音を発しっているか調べました。その結果、ネズミイルカは1日の60%もの時間にてバズ音を発していることが明らかとなりました。これはつまり、ネズミイルカは1日の60%を狩りに費やしていることを示唆します。

エコロケーションをつかって周囲を探る
エコロケーションをつかって周囲を探る / credit: 海の仲間たち、近本賢司

研究チームは、イルカが1回の採餌で1匹の魚を捕まえていると考えると、ネズミイルカは1日で1000匹以上の小さい魚を採餌していると概算しています。

動物は餌をとるためにもエネルギーを必要とします。そうなると、1日の60%をも採餌に費やしているネズミイルカは、餌をとるエネルギーに対して、生きるために必要なエネルギーをどうやって獲得できているのでしょうか?

ここでいう「獲物を捕らえるために、どれだけのエネルギーをつかうか」を評価する一つの方法は、呼吸量を調べることです。

これは、全速力で走った後は息が上がることを考えてみれば直観的に理解しやすいと思います。つまり、運動量(エネルギーの消費量)が大きいほど、息が上がるということです。

研究者たちは、イルカが採餌を試みた後の呼吸(息つぎ)について調べた結果、ネズミイルカが狩りに費やすエネルギーが少ないことを発見しました。

これらの発見を簡単にまとめると、「低コストの狩りの戦略をとることで、ネズミイルカは体温を保持するのに必要なエネルギー需要を満たすことができるが、そのためには長い時間を狩りに費やす必要がある」ということです。

狩りにあまり苦労しないが、そのぶん長い時間を狩りに費やす
狩りにあまり苦労しないが、そのぶん長い時間を狩りに費やす / credit: 海の仲間たち、近本賢司

「知能が高い」、「かしこい」など、イルカに対してスマートな印象をもつ人は多いかと思います。

私たちの目に映るイルカ、つまり水面近くでみることができるイルカの姿は、優雅に泳ぎを楽しんでいるようにみえます。

しかし、実はイルカは生きていくために、常に魚を追っかけ続けなければならないというハンデを背負っていたことが、今回の研究で明らかになりました。

私たちがイメージする「スマート」で「優雅」なイルカ像とは異なり、当のイルカたちは生きるために必死なようです。

かつて、野生のイルカ研究のパイオニアであるケネス・ノリス博士は「イルカたちの生活のほとんどは、私たちの目にはみえない水面下で営まれている。私たちはあらゆるテクノロジーを駆使して水中の世界を観察することで、水面下に広がるイルカの本当の暮らしを理解することができるだろう」と述べています。

最新のテクノロジーと生物学が交差するとき、私たちのイメージするイルカ像は覆されていくことでしょう。

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参考文献

Science Daily
https://www.sciencedaily.com/releases/2024/05/240523112505.htm

元論文

Low hunting costs in an expensive marine mammal predator
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adj7132

ライター

近本 賢司: 動物行動学,動物生態学の研究をしている博士学生です.動物たちの不思議な行動や生態をわかりやすくお伝えします.

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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