屍姦(しかん)とは、死体を性的に犯す反道徳的な行為であり、ネクロフィリアとも呼ばれます。
自然界では人間やカラスが死姦をすることで知られますが、意外というべきか、野生の霊長類では一度も確認されていませんでした。
しかし今回、京都大学野生動物研究センターにより、タイに生息する「ベニガオザル」にて死亡した個体と交尾する様子が初めて観察されたのです。
衝撃的な内容ではありますが、研究チームは「動物の死生観を理解する上で非常に貴重なデータだ」と述べています。
研究の詳細は2024年5月13日付で科学雑誌『Scientific Reports』に掲載されました。
目次
- 野生の霊長類で初めて「屍姦」を確認!
野生の霊長類で初めて「屍姦」を確認!
これまで、霊長類における死んだ仲間への反応については「毛づくろい」や「死児運搬」のみが観察されていました。
死児運搬とは、母親が死んだわが子の亡骸を数日から数週間にわたって運び続ける行動です。
これは母親がわが子の死を理解できていないか、あるいは子供の死を悼んでの行動と見られています。
しかしながら、野生下において死亡した仲間に性行為をしかける「屍姦」については報告例がありませんでした。
そんな中で研究チームはついに野生のベニガオザルにて屍姦行動を発見します。
「ベニガオザル(学名:Macaca arctoides)」はその名の通り、赤い顔が特徴的なオナガザル科の霊長類です。
野生個体は主にインド・中国・タイ・ベトナム・マレーシアなどのアジア圏に局所的に分布しています。
ただこの種については生息域が限定的な上に、切り立った崖の多い岩山を好むため、科学的な調査が難しく、長年にわたって野生での生態調査がまったく行われてきませんでした。
そこでチームは2015年に、野生のベニガオザルの固定的な調査地としてタイ王国を選び、今日に至るまで継続的な行動観察を続けてきました。
そうした最中、2023年の1月30日にベニガオザルのメス成体の死体が偶然に発見されたのです。
これはベニガオザルが「仲間の死」とどう向き合うかを理解する絶好の機会であったため、チームはそのまま観察を続けました。
すると驚くべきことに、1頭のオス成体が死体の側にやってきて、すでに亡くなっているメスと交尾を始めたのです。
その後、2月1日に死体が埋葬されるまでの3日間で、計3頭のオスによる死亡したメスとの交尾行動が4回記録されました。
こちらが実際の画像です。
なぜオスはわざわざ死亡したメスと交尾をしたのか、その理由ははっきりしていません。
しかしチームは、
・ベニガオザルの通常の交尾行動と手順に差がなかったこと
・交尾の頻発しやすい乾季の時期であったこと
・屍姦した3頭のオスはどれも交尾機会の獲得が難しい「社会的順位の低いオス」だったこと
から、単にメスが無抵抗で横たわっているという状況が、地位の低いオスたちの交尾行動を誘発したのではないかと推測しました。
つまり、彼らはメスの個体が「無防備に寝ているだけ」と思い込んで、「死んでいる」ことを理解していない可能性があるといいます。
しかしこれと同程度に、ベニガオザルが「仲間の死」をはっきり理解している可能性もあるという。
それというのも、死亡したメスに交尾をしかけたのは地位の低いオスだけで、本来ならメスとの交尾を独占するはずの高順位のオスたちは交尾をしなかったからです。
これは高順位のオスたちがメスの死を理解して近づかなかったこと、逆に低順位のオスたちは普通のメスとは交尾できないため、言い方は悪いですが「死体でもいいから」と考えた可能性を示唆しています。
加えて、死体に接触した個体の多くは、普段見られない行動(立ち上がって辺りを見回す、匂いを嗅ぐ、触った手を地面に擦り付ける)を示しました。
これは明らかに彼らが仲間の死を理解していることを伺わせます。
今回のオスたちがどのような理由で屍姦を行ったのかは定かでありませんが、十分に意図的な行為だったとも考えられそうです。
なお、研究者らは最後に「本研究はヒトで見られる”屍姦”を肯定するものではなく、またその生物学的進化起源についての示唆を与えるものでもありません」と注意書きをしています。
参考文献
ベニガオザルで「死亡個体との交尾行動」を野生霊長類で初めて記録―霊長類の死生観の解明に迫る極めて貴重な観察事例―
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2024-05-21-0
元論文
Necrophilic behaviour in wild stump-tailed macaques (Macaca arctoides)
https://doi.org/10.1038/s41598-024-61678-z
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
ナゾロジー 編集部