夜空でひときわ赤く輝く火星は、古代から人々の想像力を掻き立ててきました。
赤い色が「血」や「火」を連想させることから不吉な星、戦乱の神とされてきました。例えば、ローマ神話では戦いの神「マルス」の名がつけられています。
また、火星は探査機が一番多く訪れた惑星で、生命の存在や移住の可能性について議論されています。
この記事では、火星について、その魅力と謎について解説します。
目次
- 赤い惑星
- 火星の地理
- 火星の天気
- 火星に生命はいるか?
- 火星の大接近
- 火星に住んでみる
赤い惑星
火星は、地球の一つ外側を回る惑星で、半径は地球の半分ほどで、質量は地球の10分の1です。自転周期は地球とほぼ同じなので、1日の長さは地球と同じぐらいです。太陽からの距離は、地球よりも1.5倍遠く、公転周期は1年と10ヶ月半ほどです。
また、地球と同じように太陽に対して自転軸が25°傾いた状態で公転しているため、火星には季節が存在します。
火星が赤く見えるのは、その表面に酸化鉄が多く含まれているからです。火星の表面には酸化鉄を含む土や岩石が多くあり、これが太陽の光を反射して赤く見えるのです。
酸化鉄は鉄が酸素と結合してできる物質ですが、現在の火星には酸素はほとんどありません。火星表面の酸化鉄がどのようにしてできたのかはっきりとはわかっていませんが、いくつかの仮説が考えられています。
そのひとつが、かつて火星に大量に存在したとみられる水が分解されて酸素が作られたという説です。現在有力な仮説の一つでは、火星には30数億年前に表面の20%が海になっていたと推測されています。
海から蒸発した水分子が太陽から放射された紫外線や荷電粒子によって酸素と水素に分解され、軽い水素は宇宙へ逃げていきます。一方酸素は火星の表面に含まれていた鉄と結びつきました。そのため、火星の表面は酸化鉄に覆われて赤い色をしているのです。
そんな火星の地面は地球から望遠鏡でも直接観測できます。
その理由は火星の大気がとても薄いからです。実際、火星の大気圧は地球の100分の1ほどしかありません。大気圧が低いということは、火星の大気が非常に薄いことを意味します。
そんな火星の大気はほとんどが二酸化炭素です。二酸化炭素は地球では温室効果ガスとして問題にされていますが、火星の場合、この大気の量では温室効果を生むには不十分なため、火星を温める効果はほとんどありません。
そのため火星表面は太陽に照らされている昼間は比較的暖かくなりますが、夜になると急速に冷え込み、平均気温は赤道付近でも約-50℃ほどと非常に低温です。
火星の地理
火星の赤道付近には、アマゾニス平原と呼ばれる平原が広がっています。アマゾニス平原は、火星で最も滑らかな平原の1つで表面は赤い土でおおわれています。
赤い土は鉄の赤さびで、黒い岩石もむき出しになっています。
アマゾニス平原が滑らかな理由として、比較的最近の火山活動によってできた溶岩流に覆われたことや河川活動によって土砂が堆積したことなどが考えられています。
これは火星の地下にもマグマの活動があり、最近まで火山活動や河川の流れが存在したことを意味しています。(最近と言ってもそれは何億年というスケールです)
ただ火星の火山は地球とはいろいろと異なる特徴を持っています。
その代表となるものがアマゾニス平原の東にある、太陽系で最も高い山、オリンポス山です。その高さは、なんと2万5千mです。富士山6つを重ねてもその高さには及びません。そして、山の裾野の広がりは600kmを超えます。オリンポスという名前はギリシャ神話に登場する神々が住む伝説の山が由来になっています。
なぜ、火星ではオリンポス山のような巨大な山ができたのでしょうか?
その理由は、火星の重力が小さいことにあります。火星の重力が小さいため、火山の噴出物がより高く吹き上がり、高い山として積み重なったのです。
重力が小さいということは、高い場所から低い場所への物体の移動力が弱いことを意味します。そのため、火星の山は一度形成されると崩れたり風化したりしにくいのです。
さらに、火星では地球のようにプレートの移動が起こらないため、ホットスポット上に火山がずっと存在し続けることができます。
このため、火山も巨大に成長しやすくなります。火星の地殻が動かないため、火山活動が一定の場所に集中し、複数の噴火が重なって高い山を形成することが可能となっています。
火星の天気
火星の空はたいてい晴れており、その特徴的な赤い色が広がります。地球では晴れた天気の場合、青空が広がりますが、火星では赤みを帯びた空が観察されるのです。
そして時折、激しい砂嵐が発生し、その影響で火星の地表の模様が見えなくなることもあります。これほどの砂嵐では、地球からでも火星の地表が見えなくなることがあります。
そして、興味深いことに、火星の夕焼けは青色です。太陽が火星の地平線に沈むころ、空が青く染まっていきます。昼間は赤い空、夕焼けは青。地球とは真逆です。
なぜ、火星の夕焼けは青いのでしょうか?
まずは、地球で夕焼けが起きる仕組みを考えてみましょう。太陽の光をプリズムを通してみると赤や紫までの多くの色に分かれて見えます。
太陽の光は白色ですが実は多くの色の光が混じっています。地球ではこの光のうち青い光が散乱されます。これは光にはその波長と同じ程度の大きさの粒子に強く散乱される(弾かれる)性質があるためです。地球では大気分子の大きさが青い光の波長と同程度なのです。
昼間は散乱された青い光が空のあらゆる方向からやってくるため空は青く見えます。夕方は太陽の方向からやってくる青い光は散乱されて赤い光だけが残るので夕焼けは赤く見えるのです。
一方火星の空では、地球と状況が異なります。火星の大気は非常に薄いため、地表から巻き上がる砂ぼこり(チリ)によって光が散乱されます。
この微小なチリは赤色の波長と同程度の大きさのものが多いため、火星では赤色の光がより多く散乱されます。そのため、火星の昼間の空の色は赤みを帯びて見えます。
夕方になると、太陽光が火星の大気を長く通過することで、赤色の光はほとんど散乱されてしまいます。そのため、比較的散乱されにくい青色の光が目に届くようになり、火星の夕焼けが青色に見えるのです。
こうした理由で、火星では昼夜の空の色が地球と逆転しているのです。
先ほども少し触れましたが、火星の平均気温は-63℃で、地球の平均気温14℃と比べるととても寒冷な世界です。これは火星の大気が薄く温室効果が得られないということに加え、火星が地球よりも太陽から遠いため、太陽光から受け取るエネルギーが小さいからです。
それでも、わずかながら火星にも季節の変化があります。火星の自転軸は公転軌道に対して25.19°傾いています。これは地球の23.44°と非常に近いです。そのため、火星は地球のように春、夏、秋、冬の四季が生じます。
夏には、北極にある極冠が融けていく様子が地球からも観測できます。
火星に生命はいるか?
19世紀後半、イタリアのミラノ天文台長だったジョバンニ・スキャパレリは、火星の観測中に興味深い発見をしました。
火星表面には黒い線状の模様が広がっていることに気づいたのです。スキャパレリはこれらを「溝」と表現しましたが、後にこの「溝」という言葉が「運河」と拡大解釈されるようになりました。
この誤解から、火星には運河を造るほどの高度な文明を持った「火星人」が存在する可能性が広く議論されるようになりました。
アメリカのパージバル・ローウェルも、この運河の謎に魅了された人々の一人でした。
彼は莫大な財産を投じて天文台を作り、火星の観測に熱心に取り組みました。そして、1895年に著書「火星」を出版し、その中で「火星に広がる多くの溝は、極地から水を運ぶための運河である可能性があり、それらは高度な文明を持つ火星人によって建造されたものである」と述べました。さらに、火星の重力が地球よりも小さいことから、火星人の身長は地球人の3倍程度であると推測しました。
ローウェルは火星人の容姿には触れませんでしたが、この説から着想を得たイギリスのSF作家、H・G・ウェルズがSF小説「宇宙戦争」を発表しました。この物語は火星人が地球に侵略してくるという内容で、挿絵に描かれた火星人の姿はタコのような形態でした。これが後に火星人の代表的なイメージとして定着することになりました。
しかし、20世紀後半に入ると、実際に火星に探査機が送られるようになり、火星人の存在は否定されることとなりました。
火星探査機から送られてきた画像には、タコの姿をした火星人はおろか、生命の痕跡すら確認されませんでした。また、運河と考えられていたものは、単に火星の土の色が異なっているだけであり、水は流れていませんでした。
では火星には生命が存在しないのでしょうか?
火星に生命が存在するかどうか、まだ断定するには早いでしょう。運河はありませんでしたが、火星には水の流れた跡が見つかっていて、極冠には水の氷があります。水があるということは生命の存在に期待が持てます。
現在、火星にいる可能性がある生命体の候補としては、原始的な細菌のような生物が想定されています。下の写真に写っているオレンジ色の小球は、火星由来の隕石とされている隕石ALH84001の中で見つかった炭酸塩鉱物です。隕石に含まれるこれらの炭酸塩鉱物は、36 億年以上前に火星で形成されたと考えられています。その構造と化学的性質から、微生物による影響があった可能性が推測されています。
最近の火星探査では、火星にメタンが存在することが確認されています。火星でのメタンの寿命が数百年と比較的短いことと火星の大気循環が速いことから、メタンの供給源が現在も存在している可能性が高いと考えられます。
メタンの供給源の一つとしてメタン菌のような生物の存在が予想できます。メタン菌は炭素と水素からメタンを生成する微生物で、酸素がなくても生存できます。また有機物も必要とせず光合成も行いません。
このような性質からメタン菌なら火星の環境でも生存可能だと考えられています。
火星の大接近
大接近とはいっても、火星が地球に衝突するほど近づくわけではありません。火星が地球に接近するというのは、具体的にどういう現象なのでしょうか?
太陽系の惑星は、それぞれ違う軌道や周期で太陽の周りを公転しています。このため、地球や火星などの位置関係は絶えず変化しています。
火星は地球よりも外側の軌道を公転していて、その公転周期は687日、地球の公転周期は365日です。地球が火星よりも公転速度が速いため、約780日(約2年2ヶ月)ごとに地球は火星に追いつき、追い越します。この時、火星と地球の距離が最も近くなります。この現象を「最接近」と呼びます。
しかし、火星の最接近は、いつも同じ距離で起こるわけではありません。地球の軌道は円に近い形をしていますが、火星の軌道は楕円形です。
そのため、地球と火星の軌道の幅は一定ではありません。また、火星の最接近の周期は2年ちょうどではなく、約2年2ヶ月です。このため、最接近のときの地球と火星の位置は毎回ずれていきます。そして、最接近の距離も毎回異なるのです。
地球と火星の軌道が最も近い最接近のこと「大接近」といいます。一方、地球と火星の軌道が最も遠く離れている状態の最接近のことを「小接近」といいます。
大接近のときの地球と火星の距離は約5600万km、小接近のときは約1億kmとおおよそ2倍の差があります。
火星最接近のときは、地球から火星が普段より明るく大きく観測できるため、ニュースなどでもよく話題にされます。
火星に住んでみる
火星は荒涼とした大地が広がる星です。水はなく、大気も薄いため、人間の住める場所とは程遠い環境です。ただし、最近の調査では、水の流れた跡や水によって形成された物質が発見され、大昔には水が存在した可能性が示唆されています。さらに、現在では地下に氷として水が残っている可能性も浮上しています。
人類は文明を発展させていく過程で、周囲の環境を自らの生存に有利なように作り変えてきました。例えば、森林を伐採して農地を拡大したり、沼地や浅瀬を埋め立てて都市を建設したりしてきました。これを惑星全体のスケールで行うのが「テラフォーミング」です。
「テラフォーミング」とは、一般に、生命が存在しない惑星を地球のように人類が居住可能な環境に変えることです。現在の段階では、太陽系内で最も地球に似た条件を持つ惑星である火星が、その可能性が高く、テラフォーミングの第一候補とされています。
火星のテラフォーミングの第一段階は、地球と同じような気温に引き上げることです。
現在の火星の気温は-63℃であり、これを上げる必要があります。そのためには、太陽の光を反射させるために宇宙空間に巨大な鏡を設置するというアイディアや、火星の表面を光を吸収しやすい黒い物質で覆うことで火星を温める方法などが考案されています。
また、火星を暖めることで極冠にあるドライアイス(固体二酸化炭素)が融けて二酸化炭素の大気が生まれるという効果も期待されています。これにより温室効果が生まれ、火星全体が徐々に暖かくなる可能性があります。
次に、人間が呼吸するために酸素が必要です。酸素を生産する手段の一つとして、シアノバクテリアの光合成を利用することが考えられます。シアノバクテリアは地球から火星に持ち込むことになります。
さらに、人が居住するためには水や食糧も欠かせません。人間は水分を摂取しないと3日も生きられません。また、飲料水の他にもコンクリートを使って建物を建設しようとすると大量の水が必要です。
そこで、関心を集めているのが火星の地下に氷の状態で保存されている可能性がある水の存在です。
現地で水が手に入れば、生活用水や産業用水として利用できます。また、食料生産も重要な問題です。現在、火星や宇宙空間での植物栽培に関する研究が進行中であり、火星の土壌に近い環境で農作物を育てる研究をしている研究者もいるようです。
NASAは2030年代に宇宙飛行士を火星に送り込む計画を発表しています。そのためには地球と月の間に宇宙基地を建設し、そこから火星への探査を行う予定です。
このような挑戦的な計画には、いろいろな技術的な課題がありますが、火星への移住は徐々に実現に近づいてきているようです。現在、小学校に通っている子供が成人して社会で活躍するころには月周辺の基地も完成して、「さあ、火星へ出発」という時代が到来しているかもしれません。
参考文献
惑星のきほん
https://www.amazon.co.jp/dp/4416617496
惑星科学入門
https://www.amazon.co.jp/dp/406159222X
シリーズ現代の天文学[第2版] 太陽系と惑星
https://www.amazon.co.jp/dp/B09FSPG3BY
ライター
浅山かつのり: 屋号:創造情報研究所。大学で物理学を専攻し、課外活動では天文研究会の会長を務めました。現在はITエンジニアとして働きながら、サイエンスライターとしても活動しています。歴史にも興味があり、史跡めぐりや歴史関係の本を読むのも好きです。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。