最近は「推し活」という言葉をよく見かけるようになりましたが、特定の人物に極端に執着したり投資する行為は、心理学的には有名人崇拝(celebrity worship)という症状に分類されます。
誰も推しがいないという人からすると、この「推し活」にハマっている人たちは非常に奇妙に見えるかもしれませんが、どういう人が有名人崇拝に陥りやすいのでしょうか?
中国・陝西師範大学(せんせいしはんだいがく:SNH)の新たな研究は、社会不安レベルが高い人ほど、芸能人やインフルエンサーを過剰に崇拝する傾向が強くなることを報告しています。
また社会不安と有名人崇拝を仲介する要因として、スマホ依存症の存在が確認されたようです。
どうして社会不安があると、有名人を崇拝しやすくなるのでしょうか?
研究の詳細は2023年10月31日付で科学雑誌『BMC Psychology』に掲載されています。
目次
- 特定の人に執着する「有名人崇拝」と「パラソーシャル関係」
- 社会不安が高い人は「有名人崇拝」に陥りやすい
特定の人に執着する「有名人崇拝」と「パラソーシャル関係」
昨今、SNSの急速な普及にともない、ファンは憧れの俳優やミュージシャン、アイドル、アスリート、その他のインフルエンサーの活動を追っかけやすくなりました。
特にYou TubeやXを用いた活動は、動画のチャット欄やポストへの返信などを通じて会話している雰囲気も楽しめるため、一昔前のテレビに登場するだけの芸能人より心理的な距離を近く感じやすくなります。
そうした流れの中で、ファンは有名人と「パラソーシャル関係」を築きやすくなっています。
パラソーシャル関係とは、直接会ったことがなく、知り合いでもない有名人に対し、一方的な友情や親近感を抱く擬似的な社会関係を指します。
これはもともとはラジオのパーソナリティなどに対して一方的な親近感を抱く現象として、1956年から言及されていましたが、現代の配信者に対して熱狂する人が多い原因にはこのパラソーシャル関係が形成されやすいことが関係していると考えられます。
ただパラソーシャル関係は、基本的には健全な心理状態とされています。
問題となるのは、こうした一方的な感情が過剰に深まった場合です。
生活費を圧迫してでも推し活に励む。その人の発言はすべて正しいと思い込み、批判者に対して厳しくバッシングをする。熱愛報道に発狂する、となって来るとこれは病的な状態です。
この様な人たち「有名人崇拝(celebrity worship)」という用語で表現されます。
※有名人崇拝症候群(Celebrity Worship Syndrome:CWS)と表現されることもある。
有名人崇拝にも段階があり、心理学では軽度、中等度、重度の三段階に分類して研究されています。
軽度の場合は健全なパラソーシャル関係と重なる部分もありますが、重度になると自身の生活が破綻しても推し活に励んだり、ストーカー行動に発展したりするため、社会的な問題になっていきます。
近年の研究によると、有名人崇拝は不安や抑うつ、強迫観念といったネガティブな心理状態と関連していることが示唆されているため、専門家らは懸念を抱いています。
なお、有名人と便宜的に表現されていますが、ここで言う有名人とは必ずしも社会的な知名度や注目度がある人のことではありません。この文脈で重要なのは、身近な知り合いではない人物に対して、個人が異常なほどの関心や執着を示してしまう点です。
そのため、「俺の推しは誰も注目してない個人勢だから関係ないな」と考える人がいたらそれは間違いです。
地下アイドルや個人配信者は、より身近でアクセスしやすい存在になるため、ファンとの間に深い感情的な絆を築きやすい傾向があります。これはファンによる過剰な投資や執着を引き起こしやすいため、有名人崇拝を形成する危険度はむしろ高い可能性があります。
確かにSNSを見ていても、インフルエンサーの話を無条件に信じ込んでしまう人や、裕福なわけでもないのに極端なグッズの買い漁りや、高額な投げ銭(スパチャ)を繰り返す人などを見かけることがあります。
しかし殆どの場合、本人たちはそれが異常であることに気づいていません。
ではどういう人が、有名人崇拝に陥りやすいのでしょうか? リスクのある人たちの特性を理解することは、この状態を予防するために重要になってくるはずです。
社会不安が高い人は「有名人崇拝」に陥りやすい
今回の研究チームは、有名人崇拝に関連しそうな特性として「社会不安」「スマホ依存症」に着目し、オンラインプラットフォームを使用して、中国の大学から募った学生1147名を対象に調査を行いました。
年齢は19〜26歳で、女性が636名、男性が511名となっています。
参加者には、有名人崇拝・社会不安・スマホ依存症・社会経済状況のレベルを評価する一連のアンケートに回答してもらいました。
そしてデータ分析の結果、社会不安のレベルが高い学生ほど、有名人崇拝をしやすい傾向があることが分かったのです。
社会不安とは、他者とのコミュニケーションや公の交流の場において、自分がどう思われているかとか、人前で失敗や恥をかくことを過度に恐れる心理状態を指します。
この理由について研究者は、社会不安レベルが高い人は現実空間での充実した交流が不足していることを前提として挙げます。
そうした若者にとっては、有名人が心の避難所や友人のような役割を果たし、孤独感や他者交流の欠乏感を補ってくれる可能性があります。
また有名人とのパラソーシャルな関係は、直接交流する友人などと違い、相手から不親切にされたり、冷たくあしらわれたり、拒絶される心配もありません。
この理由から、社会不安が高いと過度に有名人を崇拝してしまう可能性が高まると考えられます。
加えて、スマホ依存症のレベルが、社会不安と有名人崇拝との間の仲介的役割を果たすことも示されました。
具体的には、社会不安が高いほど、インターネットの使用頻度が増加し、その結果として有名人崇拝に繋がりやすくなっていたようです。
インターネット使用頻度は、スマホ依存症レベルと関連します。
ネットの使用時間が増えると、当然ながらSNSやYouTubeチャンネルをチェックする頻度も増えるため、有名人への憧れがより強まると考えられます。
その一方で、社会経済状況(socioeconomic status:SES)が高い背景を持つ学生は、社会不安や有名人崇拝、スマホ依存の傾向が有意に低くなることも示されました。
社会経済状況(SES)とは、個人または家族の教育、収入、職業の状況を指します。
研究者によると、社会経済状況(SES)が高い家庭ほど、親が積極的に子育てをする傾向が強く見られるという。
それが子供の認知能力を向上させたり、良い生活習慣を身につけるのを助けることで、将来的な社会不安やスマホ依存を予防している可能性があるといいます。
その延長線上として、有名人崇拝も起きにくくなっているのでしょう。
今回の結果は中国の特定の年齢層にのみ焦点を当てていることに限界がありますが、同じ結果は多くの国々の若者にも見られる可能性があると考えられます。
かつては、こうした有名人崇拝はオタク特有の問題のように語られていましたが、現代は若者の間で広く見られる現象のようです。
その背景には、コロナ禍により孤立する人が増えた社会状況、若者の社会不安やスマホ依存、ネットで活動する配信者の増加が関連しているのでしょう。
有名人が言及したことで、特定の商品が飛ぶように売れたり、閑散としていた施設に来場者が増えたりといった現象はポジティブなニュースとして報道されていますが、その背景には若者を中心に増加傾向にある有名人崇拝が潜んでいる可能性があります。
有名人への憧れや応援は心理的にポジティブな効果をもたらしてくれますが、過度な崇拝は自身の生活を破綻させたり、周囲の人々に害を及ぼすリスクがあるため、有名人崇拝に陥りやすい特性がある人は注意が必要でしょう。
参考文献
Social anxiety is linked to mobile phone dependence, increasing the risk of celebrity worship
https://www.psypost.org/social-anxiety-is-linked-to-mobile-phone-dependence-increasing-the-risk-of-celebrity-worship/
How social anxiety and excessive mobile phone use fuel growing celebrity worshiping
https://www.zmescience.com/science/news-science/celebrity-worship-social-anxiety/
元論文
Social anxiety and celebrity worship: the mediating effects of mobile phone dependence and moderating effects of family socioeconomic status
https://doi.org/10.1186/s40359-023-01405-x
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。