うつ病(または大うつ病性障害)は、患者数が世界で3.5億人にも上ります。
日本であれば、15人に1人が生涯のうちに1度はうつ病を経験するようです。
これほど一般的な病気であるにも関わらず、うつ病を自覚することは簡単ではありません。
そこでアメリカのダートマス大学(Dartmouth College)に所属するアンドリュー・キャンベル氏ら研究チームは、スマホで撮影した顔写真を使い、うつ病かどうか判断できるAIアプリを開発しました。
現在は75%の精度ですが、5年以内には90%の精度で一般利用が可能になるかもしれません。
この研究は2024年5月開催の国際学会「CHI 2024」にて発表予定で、先行して論文がプレプリントサーバ『arXiv』に公開されています。
目次
- 「うつ診断」に顔認証ロックを利用するアイデア
- うつ病の傾向を示す顔写真でAIをトレーニングする
- 「75%の精度でうつ病を判断できるAIアプリ」 将来的には90%の精度を目指す
「うつ診断」に顔認証ロックを利用するアイデア
うつ病になると、気分が1日中落ち込んでいたり、物事を楽しむことができなくなったりします。
また集中できない、気力がない、食欲がない、疲れやすい、などの症状も出てきます。
さらに、夜になかなか眠れなくなったり、一日中眠い状態が続いたりすることもあります。
そんな症状だからこそ、うつ病を自覚し、病院まで出かけて診察を受けることは簡単ではありません。
放置してしまった結果、社会復帰が難しい状態になってしまうこともあります。
もし、日常生活の中で自然にうつ病かどうかを知ることができるなら、早期に治療を受ける決断ができるようになるでしょう。
そこでキャンベル氏ら研究チームは、私たちが日常的に使用しているスマホに着目しました。
キャンベル氏は、「人々は顔認証ソフトを使って、1日に何度もスマホのロックを解除しています」とコメント。
キャンベル氏自身も、1週間で800回以上もロックを解除しているようです。
もしこの顔認証(もしくは顔写真)とAIによるうつ病診断を組み合わせることができるなら、日常的にうつ病の兆候があるか監視することができるでしょう。
うつ病の傾向を示す顔写真でAIをトレーニングする
研究チームは、以前にうつ病だと診断されたことのある177人の参加者を対象に、AIをトレーニングしました。
最初に参加者たちは、90日の間、各人のスマホのフロントカメラ(またはインカメラ)によって、自分の写真が撮影され、うつ病の症状と関連づけられました。
この期間に参加者は、スマホのアプリを使用して、1日3回、臨床医がうつ病の検出に使用する質問票「Patient Health Questionnaire-8(PHQ-8)」に回答します。
これは「落ち込んだり、憂鬱になったり、絶望したりすることがある」といった言葉にどの程度同意するかを評価するものです。
そして参加者がアプリを通してこれらの質問に回答すると、その時の顔写真が撮影(最大5枚の連続撮影)されました。
顔写真の撮影のタイミングは参加者には知らされておらず、参加者の自然な表情が取得されました。
(参加者は撮影には同意しましたが、それがいつ行われたのかは知りませんでした。)
例えば、参加者の気持ちがひどく落ち込んでいる時に、このアプリに「絶望している」と回答すると、その瞬間の顔写真が記録されるのです。
そしてこの実験より合計12万5000枚の顔写真が得られました。
次に研究チームは、これらの顔写真を用いてAIをトレーニングしました。
このAIは、参加者の気分に対する回答と、表情(視線、目の動き、頭の位置、筋肉の硬直など)の関連性を学習しました。
またAIは、背景にも注目して学習しました。
例えば、照明の明るさ、背景に他の人が写っているかどうか、どんな場所で撮影されているか、などです。
この画像学習により、AIはうつ病を発症している人の共通点を導き出すことができます。
研究チームは1つの例として、「誰かの写真が、いつも薄暗い部屋で、しかもずっと表情の変化が見られない場合、AIはその人がうつ病を発症していると推測する可能性がある」と述べています。
確かにAIが注目する情報からは、その人の「社会との繋がりの程度」や「活動量」、「気持ちの状態」を知ることができます。
複数の写真(表情とその背景)を追うだけでも、その人が明るい表情で様々な場所に出かけ、いろんな人と交流を持っているか、それとも暗い表情でいつも布団の中に閉じこもっているかを把握できます。
そしてどちらにうつ病の傾向があるかは、深く考えるまでもありませんね。
AIはこれらの分析を、膨大な画像を用いてより詳細に行ってくれるのです。
「75%の精度でうつ病を判断できるAIアプリ」 将来的には90%の精度を目指す
最後にチームは、トレーニングし終えたAIの精度を試すことにしました。
最初のグループとは別の参加者を集め、AIに彼らの顔写真を提供。うつ病かどうか推測させたのです。
その結果、うつ病を75%の精度で判断することができました。
キャンベル氏は、「実用的であるかどうかの閾値は、精度が90%である」ことを指摘し、「5年以内に一般利用が可能になるだろう」と述べました。
今回の研究では、アプリの質問に回答したタイミングで撮影が行われましたが、研究チームの本来のコンセプトは、「日常的にうつ病を判断すること」です。
そのため最初に触れたように、撮影とAI分析を、スマホのロック解除と連携させることで、私たちを常に見守るアプリへと進化させる可能性があります。
AIアプリは、私たちがスマホを使うたびにデータを蓄積し、分析に用いるのです。
もしかしたら将来、スマホのアプリが医師の診察を受けるよう勧めたり、深刻になる前に外出や人と触れ合うことを勧めたりするようになるかもしれませんね。
一方で、いつ自分を撮影しているかわからない「監視アプリ」を、スマホに導入したくない人も多いはずです。
実際、今回の研究の参加者たちは感想として、「監視されるのは好きではありません」「どのような写真を撮られているのか分からないのは不快です」などとコメントしました。
それでも研究チームは、「うつ病患者が臨床医と過ごす時間は人生の1%未満である」ことを指摘し、このようなAIアプリを用いることで、「医療システムに負担をかけることなく、リアルタイムで患者をサポートできる」と主張しています。
アプリによる撮影と分析を、単なる監視ではなく、健康でいるためのサポートと見なすことができれば、これは最適なツールと言えるでしょう。
近い将来、そんなアプリで健康をチェックしていくことは一般的になるかもしれません。
参考文献
Phone App Uses AI to Detect Depression From Facial Cues
https://home.dartmouth.edu/news/2024/02/phone-app-uses-ai-detect-depression-facial-cues
AI face-checking app to size up depression
https://newatlas.com/health-wellbeing/moodcapture-app-assessment-depression/
元論文
MoodCapture: Depression Detection Using In-the-Wild Smartphone Images
https://arxiv.org/abs/2402.16182
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。