科学捜査ドラマなどで、犯人を特定するために「指紋の採取」が行われるのを見たことがあるでしょう。
現実の捜査においても、事件現場から発見される指紋は、犯人を特定するための重要な証拠となります。
しかし、実際に指紋を検出・採取するには、ある程度の時間が必要になります。
そんな中、イギリスのバース大学(University of Bath)化学科に所属するトニー・ジェームス氏ら研究チームは、中国の上海師範大学(Shanghai Normal University)と共同で、10秒で指紋を検出できるスプレーを開発しました。
クラゲの蛍光タンパク質を用いたこのスプレーにより、迅速な捜査が可能になるかもしれません。
研究の詳細は、2024年1月8日付の学術誌『American Chemical Society』に掲載されました。
目次
- 犯人の特定に重要な「指紋検出」
- クラゲの蛍光タンパク質から「指紋検出スプレー」が開発される
犯人の特定に重要な「指紋検出」
指紋の形状は人によってすべて異なり、一生変わることがありません。
指紋を形成する線状に隆起している部分は「隆線」と呼ばれており、約100の特徴点があります。
それら100の特徴点のうち、12カ所が一致する確率は「1兆人に1人」です。
そのため、2つの指紋の特徴点が12カ所一致しているのであれば、同一の指紋と見なされます。
現場で採取された指紋は警察のデータベースに保存され、それ以降、容疑者や他の現場から採取された指紋と比較されることになります。
こうした点を改めて考えると、事件現場に残された指紋は、犯人を特定するための非常に重要な証拠だと言えますね。
そして、この指紋検出には、様々な方法が用いられます。
一般的なものとしては、ドラマなどでおなじみの「粉末法」です。
アルミニウムなどの粉を指紋にパタパタと付着させて、その上から透明な転写シートを貼り付け、転写・採取するのです。
しかし、これには独特で、高いテクニックが必要となります。
付着させる粉が多すぎると、指紋の凹凸が無くなってしまうからです。
そして、犯人が野放しになっていることを考えると、指紋採取は「時間との勝負」です。
鑑識官たちは、時間に追われながら、正確な作業を行わなければいけないのです。
ちなみに、他の指紋検出の方法として、化学溶剤を用いた液体法なども存在します。
しかしこれら従来の方法には、スピード以外のデメリットがあるようです。
ジェームス氏ら研究チームは、「粉末や液体に含まれる化合物が、指紋内の犯人の汗や脂に含まれたDNAに損傷を与えてしまう恐れがある」と指摘しています。
こうした背景もあって、彼らは迅速でDNAを損傷させない、新しい指紋検出方法を開発しました。
クラゲの蛍光タンパク質から「指紋検出スプレー」が開発される
今回研究チームは、オワンクラゲ(学名:Aequorea coerulescens)に含まれる緑色蛍光タンパク質(GFP)に着目しました。
この緑色蛍光タンパク質は、青色の光を吸収して緑色の蛍光を発光するという特徴があり、実際にオワンクラゲは青色の光によって蛍光を発します。
そしてこの緑色蛍光タンパク質のメリットは、生物学的なプロセスに影響を与えることなく視覚化するという点にあります。
ある細胞のタンパク質に緑色蛍光タンパク質を組み込むと、細胞に青色光を当てるだけで、内部の緑色蛍光タンパク質が緑色に光るのです。
しかも緑色蛍光タンパク質は無害であるため、細胞は生きたまま、その機能を失うこともありません。
こうしたメリットから、緑色蛍光タンパク質は様々な科学研究に利用されてきました。
そしてこの緑色蛍光タンパク質は、指紋内に存在するDNAにも悪影響を与えることはないようです。
そこで研究チームは今回、緑色蛍光タンパク質を使用した無害な水溶性スプレーを開発しました。
このスプレーは、次のように作用します。
このスプレーを指紋が付いた表面に塗布すると、プラスに帯電した染料分子が、指紋の汗や脂に含まれるマイナスに帯電した脂肪分子やアミノ酸分子と結合します。
そして染料分子は隆線に沿って固定され、青色光を当てることで10秒以内に蛍光を発するのです。
これはつまり、「スプレーと青色光があれば、10秒で容疑者の指紋を浮かび上がらせることが可能」だということです。
この浮かび上がった指紋をカメラで撮影し記録すれば、後からデータで参照することが可能です。
このスプレーはDNAを損傷させないので、指紋の形状を採取した後、指紋に含まれるDNA分析を妨げることはありません。
またスプレー自体は非常に細かい液滴で構成されているため、指紋に塗布しても物理的な損傷を与えることはありません。
さらに、従来の技術では困難だった「レンガのようなザラザラした表面」からも、効果的に指紋を浮かび上がらせることができるという。
ちなみにこのスプレーは、容疑者が少し前に残した指紋も浮き上がらせることができ、適用期間は最長1週間となっています。
スプレーには、「LFP-Yellow」と「LFP-Red」という異なる染料のバージョンがあり、それぞれ黄色と赤色の蛍光を発します。
スプレーの色が1種類だけだと、指紋が付いた表面が同じ色だった場合に検出が難しくなりますが、2種類あることで検出の幅が広がります。
ジェームス氏は、「今後はさらに多くの色を生み出していきたい」と述べています。
このように、新しく開発された指紋検出スプレーには、多くのメリットがあります。
これを現場で用いるなら、一層素早く犯人を特定できるようになるかもしれません。
研究チームは、このスプレーを現場で実用化するために、既にいくつかの企業と協力体制を結んでおり、さらなる作業を進めています。
参考文献
Scientists develop biocompatible fluorescent spray that detects fingerprints in ten seconds
https://www.bath.ac.uk/announcements/scientists-develop-biocompatible-fluorescent-spray-that-detects-fingerprints-in-ten-seconds/
Glowing jellyfish protein lights the way for better lifting of fingerprints
https://newatlas.com/science/glowing-jellyfish-protein-fingerprint-lifting/
元論文
De Novo Green Fluorescent Protein Chromophore-Based Probes for Capturing Latent Fingerprints Using a Portable System
https://doi.org/10.1021/jacs.3c11277
ライター
大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。
編集者
海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。