アルツハイマー病は記憶や思考能力が徐々に失われていき、最終的には日常生活の基本的な作業もできなくなってしまう進行性の脳疾患です。
アルツハイマー型認知症とも呼ばれており、その患者の大半は65歳以上の高齢者です。
しかし、中には65歳未満で罹患する若年性アルツハイマー型認知症もあります。
若年性のものについては遺伝性の高さが指摘されていますが、アルツハイマー病の原因は多岐に渡り、未だに解明されていません。
しかし、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の神経学者ジョン・コリンジ氏らの最新の研究で、かつて行われた脳組織の一部を注射するというホルモン治療によって患者にアルツハイマー病が「伝染」した可能性が言及されています。
この研究はNature Medicineに2024年1月29日付けで掲載されました。
目次
- 脳から抽出した成長ホルモン注射でアルツハイマー病に?
- 罹患者の脳組織の一部を注射するとアルツハイマー病に感染
脳から抽出した成長ホルモン注射でアルツハイマー病に?
かつて、子どもの低身長症を治療するために亡くなった人の脳から成長ホルモンを抽出し、注射するという治療法がありました。
しかし、その治療を受けた人の多くがクロイツフェルト・ヤコブ病というプリオン病にかかり、1985年以降この治療は行われていません。
このクロイツフェルト・ヤコブ病は脳組織が海綿状に変化していく病気で、記憶障害などアルツハイマー病と似た症状を示す場合があります。
さらに、この成長ホルモン注射によってクロイツフェルト・ヤコブ病で亡くなった患者の中には脳内の血管にアルツハイマー病を引き起こすことで知られるアミロイドβが蓄積されている者もいました。
このため、この成長ホルモン治療がアルツハイマー病にも繋がっているのではないかと考えた研究グループは、治療を受けた成人8人を追跡調査しました。
その結果、8人のうち5人はアルツハイマー病と診断された上、発症したの時期が30~40代と若い年齢で加齢が原因ではありませんでした。
アルツハイマー病と診断されなかった残り3人のうち、2人についても認知機能の低下が見られたといいます。
残り1人は認知機能の低下は見られなかったものの、脳脊髄液中にアミロイドβが蓄積していました。
調査できたのが8人と少ないため完全に断定はできないものの、研究グループはこの8人が若年性アルツハイマー病を発症して死亡した人の脳から抽出した成長ホルモンを受けて、アルツハイマー病に「感染」した可能性を示唆しています。
これは特定の条件に酔っては、一般的な理解とは異なりアルツハイマー病がヒトからヒトへと伝染する可能性があるということです。
研究者グループはこのアルツハイマー病の「伝染」を調査するため、マウスを用いて実験を行いました。
罹患者の脳組織の一部を注射するとアルツハイマー病に感染
アルツハイマー病はアミロイドβというタンパク質が脳に溜まることで発症するとされていますが、アルツハイマー患者の脳にアミロイドβが増えて溜まってしまう機構はわかっていません。
ただ、同じようにタンパク質が溜まることで起こる脳の病気に感染性因子である異常プリオンが増殖してしまうプリオン病があります。
プリオン病には前述のクロイツフェルト・ヤコブ病や、この変異型で牛肉を食べるだけで感染してしまう狂牛病なども含まれます。
このため、研究グループはアルツハイマー病罹患者のアミロイドβも体内に入ることでプリオンのように脳内で増殖するのではないかと考えました。
そこで、アルツハイマー病に罹患したマウスのアミロイドβを健康なマウスの脳に注射したところ、注射を受けたマウスはアミロイドβが増え、アルツハイマー病特有のアミロイド斑が発生しました。
この結果からも、成長ホルモンの治療においてアルツハイマー病が脳組織の一部を注射することで感染した可能性は十分に高いと言えます。
若年性アルツハイマー病の原因特定の一助に
アルツハイマー病が「伝染」すると言われると怖くなってしまいますが、これは脳組織を介してのものであり、アルツハイマー病に罹患した人の脳組織を注射されたり、移植されたりしない限りは起こりえないことです。
現在は前述した成長ホルモン治療も行われておらず、手術時の器具の消毒なども十分になされているのでアルツハイマー病の「伝染」を恐れる必要はありません。
むしろこの研究はアルツハイマー病に罹患する原因究明の一助となるものであり、今後アルツハイマー病予防に役立つ可能性があります。
参考文献
First evidence of human-to-human transmission of Alzheimer’s disease
https://www.science.org/content/article/alzheimer-s-disease-may-have-been-transmitted-now-banned-hormone-treatments
元論文
Iatrogenic Alzheimer’s disease in recipients of cadaveric pituitary-derived growth hormone
https://www.nature.com/articles/s41591-023-02729-2
ライター
いわさきはるか: 生き物大好きな理系ライター。文鳥、ウズラ、熱帯魚などたくさんの生き物に囲まれて幼少期を過ごし、大学時代はウサギを飼育。大学院までごはんの研究をしていた食いしん坊です。3人の子供と猫に囲まれながら、生き物・教育・料理などについて執筆中。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。