量子力学と株価は意外に相性がいいようです。
韓国の延世大学(Yonsei University)で行われた研究によって、株式市場を分析するための革新的な量子力学モデルが開発されました。
この新たなモデルでは各銘柄の株価が粒子の群れとして扱われ、経済の不確実性と投資家行動の背後にある「謎」を解明することを目的としています。
量子力学と金融の融合によって何が明らかになったのでしょうか?
研究内容の詳細は2024年1月3日に『Financial Innovation』にて公開されました。
目次
- 株価の値動きを粒子の振動として理解する
- 暴騰や暴落を量子力学で理解する
株価の値動きを粒子の振動として理解する
株式市場は、粒子の運動や量子力学の世界を彷彿とさせる不思議な空間です。
ここでは株価が、まるで微小な粒子のように絶えず上下に振動し、予測不可能なパターンで動き続けています。
この独特なダンスは、投資家たちの意思決定の結果として生じ、株価の振動は彼らの買いと売りの意欲の顕れとなります。
近年の研究ではこの株価の動きを物理学的な粒子の振動と解釈する試みが増えてきました。
外部からの干渉、例えば経済ニュースや各種指数などが市場に流れると、株価の振動はより激しくなります。
一方、市場には量子的な安定性を求めるかのような力も働いており、短期的な変動を長期的な平衡状態へと引き戻す役割を果たしています。
このように、株式市場の株価は、見えない力に導かれながらも、独自のルールで振る舞う粒子のような存在と言えます。
延世大学で行われた最新の研究では、市場のこの興味深い動きを解き明かすための新たなアプローチが試みられています。
個々の銘柄の株価を「株価粒子」とみなし、市場への情報流入をエネルギーと考えることで、株価の振動パターンを量子力学の観点から分析するのです。
量子力学は、微小な粒子の振る舞いを記述する物理学の分野ですが、その数学的な枠組みや概念は、株式市場のような非物理学的なシステムの分析にも応用されることがあります。
というのも、量子力学は基本的に確率論に基づいており、市場の不確実性や投資家の行動の確率的な側面を捉えるのに役立つからです。
また量子力学では、複数の粒子間の相互作用を扱う性質があるため、市場における投資家間の相互作用や群衆行動のダイナミクスをモデル化するのに適しています。
そして量子力学は非直感的な現象も説明できるため、直感的に理解しにくい市場の動き(例えば、過剰な群衆行動や市場のパニック)を分析するのにあたっても有利です。
たとえば株式市場に起こる暴騰や暴落などの極端な現象は、統計的に(正規分布で)予測される発生頻度を遥かに上回っていることが知られていますが、量子力学の概念を導入することで理解できる可能性があります。
ただ量子力学の数学的な枠組みを経済システムに適用する際には、個々のパラメーターの慎重な検討が求められます。
そこで研究者たちは前半と後半の2つの手順にわけて、株式市場の値動きを量子力学へと組み込んでいきました。
前半の作業ではまず、株式市場の値動きを量子力学の言語に翻訳する作業が行われました。
翻訳作業の目的は「株価の変動」を「粒子の変動(拡散係数)」として理解するためであり、値動きの分散が、量子力学で言うところの粒子の確率分布へと置き換えられました。
後半では「粒子の変動」を量子力学の基本となるシュレーディンガー方程式に組み込み、景気など外部の介入(外部ポテンシャル)によって、どのように株価が上下するかを解析しました。
この枠組みでは、投資家の集団売買活動は株価に対する圧力と考えることができ、その圧力の大きさは振動粒子のエネルギー準位に相当します。
市場の不確実性が高いということは、エネルギーレベルが高いことに相当します。
また景気や不景気などの要因は粒子を収めた箱を熱したり冷やしたりする外部からの干渉と言えるでしょう。
つまり、株式市場の値動きを翻訳作業を経て(強引に)シュレーディンガー方程式に適合させたわけです。
方程式の準備が整うと、いよいよ実践的なテストが行われました。
暴騰や暴落を量子力学で理解する
実践的なテストにあたっては、1992年1月から2021年12月までの期間に、S&P 500指数に継続的に含まれていた137の米国企業のデータが使用されました。
この期間にはドットコムバブル崩壊、世界金融危機、新型コロナウイルスの蔓延などの不景気時期が含まれています。
研究者たちはシュレーディンガー方程式を解いて値を算出したところ、株式市場に存在する統計からの逸脱イベントが発見されました。
先に述べたように株式市場でみられる暴騰や暴落は統計的に(正規分布で)考えられるよりも遥かに頻繁に発生しています。
しかし量子力学を組み込んだ分析では、暴騰や暴落の発生数が実際の発生数とよく一致していることが示されました。
この結果は量子力学を組み込んだ分析では、人間の集団心理、特に群衆行動として知られる現象を反映していることを示しています。
群衆行動とは、個々の人々がそれぞれ複雑な意思決定を行っているにも関わらず、全体としては予測可能なパターンを示す現象であり、株式市場では、この群衆の心理が「トレンド」という流れを生んだり、価格の振動幅に影響を与えたりすることが知られています。
また暴騰や暴落などの逸脱イベントが起こりやすくなる条件を分析したところ拡散係数の増加と外部からの刺激の増加が当てはまりました。
ここで言う拡散係数は投資家たちが感じている不確実性に起因する値動きの幅のことであり、外部からの刺激は好景気や不景気といった株価に影響を与える環境要因となっています。
実際、世間がバブル景気に沸いている状況では、株価の値動きは激しさを増し不確実性が高くなりますが、方程式はその現象を解に反映していたのです。
また研究では不景気の時には好景気時よりも平衡化の力が弱く、群集化が起こりやすいことが示されました。
この結果を投資家の心理に再翻訳すれば「不景気のときの急激な値動きのほうが恐怖が強く、群集心理に飲まれやすくなる」となるでしょう。
逆境の時こそ人々が群集心理に流されやすいという、私たちの直感とも一致します。
(※過去の研究でも、景気が後退している時期のほうがアナリストたちの予想のバラツキが大きくなり、不確実性が増加することが示されています)
これらの結果は、株式市場に精通している人々ならば当然の話かもしれません。
しかし人間の群集行動が量子力学によって方程式に組み込むことができるという事実は、非常に興味深いと言えるでしょう。
また研究の結果は、群集行動と景気循環との明確な関連性を示しており、マクロレベルでは、政策の不確実性の増大は経済成長の低下につながる可能性を示しています。
「政治家の経済方針が曖昧だと株価が下がる」という結果も当然と言えますが、そのメカニズムを数学的に記述できるかどうかで分析速度や分析精度は大幅に違ってきます。
そういう意味で市場における群衆行動の根本的原因が不確実性にあることを量子力学を用いて示した本研究は、量子力学と金融工学を結ぶ画期的な発見と言えます。
研究者たちは今後、実験結果を拡張してモデルの正確さを高めていくと述べています。
もしかしたら未来の株式取引では古典的な統計学ではなく、量子力学に基づいた分析ツールが主流になるかもしれません。
参考文献
Quantum mechanics model unveils hidden patterns in stock markets
https://phys.org/news/2024-01-quantum-mechanics-unveils-hidden-patterns.html
元論文
Business cycle and herding behavior in stock returns: theory and evidence
https://jfin-swufe.springeropen.com/articles/10.1186/s40854-023-00540-z
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。