トナカイの真の超能力は「真っ赤なお鼻」ではなく「真っ青なお目々」に隠されていたようです。
クリスマス時期に引っ張りだこのトナカイは、冬になると目の色を金色から青色に変えることが知られています。
これは光の差さない冬の北極圏で視界を鮮明にするためのものですが、それと同時に、普通は見えない「紫外線」まで見えるようになるのです。
その理由はこれまで謎でしたが、最近、米ダートマス大学(Dartmouth College)とスコットランドのセント・アンドリューズ大学(University of St Andrews)の研究により、トナカイの好物である「ハナゴケ」が紫外線を吸収することが判明。
どうやらトナカイは、白銀の雪景色に埋もれてしまうハナゴケを効率よく見つけるために紫外線を検出していたようです。
研究の詳細は、2023年12月15日付で科学雑誌『i-Perception』に掲載されています。
目次
- トナカイの目は冬になると「青色」に変わる
- 紫外線を頼りに「大好物」を検知していた!
トナカイの目は冬になると「青色」に変わる
シカ科トナカイ属の1種である「トナカイ(学名: Rangifer tarandus)」は、北アメリカのアラスカやカナダ、ロシア、フィンランドを含む北極圏に分布しています。
これまでの研究で、トナカイは夏と冬では目の色が異なり、金色から青色に変わることが分かっていました。
季節ごとに目の色を変えられる哺乳類はトナカイだけです。
彼らが生息する北極圏は冬になると日照時間が極端に短くなり、太陽の光がほとんど差さない暗い日々が続きます。
専門家によると、この状態は「空に巨大なフィルターがかかっている」ようなもので、夏に降り注ぐオレンジ色の光が遮られ、薄い青色の光だけを通過させるようになるという。
この貴重な青い光を取りこぼさないようトナカイが採った戦略が「目を青色に変える」ことでした。
正確にいうと、青色に変わっているのは目の奥の網膜の後ろにある「輝板(タペタム)」という層です。
普通、光は網膜によって吸収されますが、目の中に入った光が網膜をすり抜けてしまうことがあります。
光を取りこぼしてしまうとその分、視界も暗くなりますが、輝板はそのすり抜けた光を跳ね返し、もう一度網膜に吸収させる働きをするのです。
そのためトナカイは真冬の北極圏に差す青い光をうまく吸収するために目の色を変えていると考えられています。
しかしここにもう一つ深い謎があります。
真冬に青くなったトナカイの目はなぜか紫外線まで検出できるようになるのです。
以前の研究では、青色の輝板は目の中に入った紫外線の60%を跳ね返して、網膜に吸収させられることが判明しています。
ところが専門家たちは、どうしてトナカイが真冬に紫外線を見る必要があるのかが分かりませんでした。
そこでダートマス大とセント・アンドリューズ大の研究チームは、野生のトナカイが生息するスコットランド高地で調査を実施。
その結果、謎の答えはトナカイの大好物である「ハナゴケ」に隠されていたのです。
紫外線を頼りに「大好物」を検知していた!
「ハナゴケ(学名:Cladonia rangiferina)」は名前にコケと付いているものの、実際にはコケではなく、藻類と菌類の共生体である地衣類の一種です。
耐寒性に極めて優れているため、北極圏でも豊富に繁殖しており、トナカイにとって欠かせない重要な主食となっています。
当然ながらハナゴケも真冬の暗い時期になると、雪に埋もれて見えづらくなってしまうため、トナカイにとっては厄介な問題です。
チームはこれを踏まえて、ハナゴケこそがトナカイの紫外線検出の秘密を握っていると予想しました。
今回の研究では、イギリス北部スコットランド高地にあるケアンゴームズ(Cairngorms)でフィールドワークを実施。
ケアンゴームズにはイギリスで唯一、野生のトナカイの一群が生息しており、さらにハナゴケを含む1500種以上の地衣類が自生しています。
真冬の暗い時期に調査をしたチームは、地衣類が雪景色に溶け込んで、人の目からは全く見えなくなっていることを確認しました。
にも関わらず、現地のトナカイたちは何の苦もなく、ハナゴケだけをピンポイントで見つけ出して食べていたのです。
そこでチームは、ケアンゴームズの地衣類に紫外線を当てたところ、ハナゴケを含む数種類の地衣類だけが紫外線を吸収することを新たに発見しました。
これを受けて、真冬のトナカイの視覚を模倣するよう調整した光フィルターを使ってケアンゴームズの景色を見た結果、謎が明らかになります。
紫外線を反射する雪は明るく照らされたように映るのですが、紫外線を吸収するハナゴケは暗い斑点のように見えて、そのコントラストからハナゴケがどこにあるかが一目瞭然だったのです。
その景色がこちら。
この写真は明るい可視光の中で撮影したものなので、そのままでもハナゴケの場所は分かりやすいですが、紫外線検出の能力は真っ暗な中でより際立つと考えられます。
おそらく、真冬のトナカイの目には暗視ゴーグルをつけたようにハナゴケの位置が見えているのでしょう。
以上の結果から、トナカイは暗い真冬でも好物のハナゴケを効率的に見つけるために、紫外線を検知できる視覚能力を手にしていたことが分かりました。
研究主任のナサニエル・ドミニー(Nathaniel Dominy)氏はこう話しています。
「トナカイといえど、寒くて不毛な環境の中、食べ物を探し回ってエネルギーを無駄にしたくはありません。
そこで遠くからでもハナゴケを見つけられれば、貴重なエネルギーを節約できるのです」
童話のトナカイはサンタが頼りにする「真っ赤なお鼻」で暗闇を照らしていましたが、現実のトナカイは「真っ青なお目々」によって暗闇を見通しているのです。
参考文献
Reindeer have a secret superpower that helps them find food the dark Arctic winter
https://www.zmescience.com/science/reindeer-have-a-secret-superpower-that-helps-them-find-food-the-dark-arctic-winter/
Coevolution Helps Santa’s Reindeer Feast After Flight
https://home.dartmouth.edu/news/2023/12/coevolution-helps-santas-reindeer-feast-after-flight
元論文
Reindeer and the quest for Scottish enlichenment
https://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/20416695231218520
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。