「チクショー!」と叫ぶと痛みに強くなるようです。
椅子の脚に小指をぶつけた時など、思わず「チクショー!」のように汚い言葉を大声で叫んだことはありませんか。
英国キール大学のリチャード・ステファン氏(Richard Stephans)らの研究では、汚い言葉を大声で出した方が、痛みが軽減されることを報告しています。
この現象が生じる理由は、大声で罵ることで、闘争・逃走反応が起き、覚醒状態になることで、痛みの抑制が働いたのではないかと考えられてます。
また近年では、孤独や恥のような社会的ストレスを感じた際に大声で罵った場合にも、心理的苦痛が軽減することが分かっています。
研究の詳細は、学術誌「Neuroreport」にて2009年に8月5日に掲載されました。
目次
- 罵倒すると身体的苦痛がましになる
- 罵倒は心理的苦痛にも効く
罵倒すると身体的苦痛がましになる
椅子の脚に小指をぶつけた時など、思わず「チクショー!」のように汚い言葉を大声で叫んだことはありませんか。
「馬鹿野郎!」や「くそ!」などの汚い言葉は、一般的には口にしない方が良いとされていますが、実はそのように罵倒することで痛みがましになることが分かっています。
英国キール大学のリチャード・ステファン氏(Richard Stephans)らの研究では、こうした大声の罵倒と苦痛の関連を検討しています。
この研究に参加したのは、大学生67名です。
実験では参加者に、5℃の冷水に非利き手を最大で3分間、我慢できるまでつけてもらいました。
この冷水に手をつける方法は、危険が伴うことなく、参加者に適度な痛みを与えることが可能で、痛みに関する実験でよく用いられます。
この時に、参加者は以下の2つのグループに分けられました。
罵倒グループ:手を冷水につける間、罵りの言葉(チクショーなど)を一定のリズム、大きさで繰り返し発声する
大声グループ:手を冷水につける間、椅子に関連する言葉(四角いや固い)を一定のリズム、大きさで繰り返し発声する
その後、水に片手をつけたことで感じた主観的な痛みを回答してもらいました。
さて、汚い言葉を大声で叫ぶことで感じる痛み、我慢できる時間は変わったりするのでしょうか。
実験の結果、「馬鹿野郎!」などの罵る言葉を大声で言った人は、ただ大声を出した人と比べて、脈拍が早くなっており、主観的な痛みが小さく、長い時間我慢できることが分かりました。
この結果は、大声で罵倒することが身体的苦痛に対する耐性を高めることを示しています。
確かにこうした事実はすでに実感を持っている人も多いでしょう。
しかしここからはあまり聞いたことのない話になるかもしれません。
興味深いことに罵倒することで得られる効果は身体的な痛みへの耐性だけではないことがわかっているのです。
なんと罵倒は孤独や不安などの心理的な苦痛に対しても耐性を強くするというのです。
罵倒は心理的苦痛にも効く
2017年に「Journal of Social Psychology」に投稿された、ニュージーランド・マッセー大学のマイケル・フィリップ氏(Michael Phillip)ら研究チームは、罵声が孤独や恥のような社会的苦痛に対しても効果があるのかを検討しました。
この研究には大学生62名が参加しています。
実験では参加者を2つのグループに分け、過去に仲間外れにされた経験、他人と協力した経験をそれぞれ書き出してもらいました。
仲間外れにされた出来事の例としては、「他者から拒絶された」や「孤独感を感じた」などがあり、その経験を書き出すことで社会的なストレスを誘発することができます。
そしてさらにそれぞれのグループを、2分間「クソ野郎!」などと口汚く罵る人と、何もしない人に分け、罵倒が社会的苦痛にどう作用するかを比較しました。
すると実験の結果、身体的苦痛と同様に、罵倒することで孤独や恥のような社会的な痛みが低く評価される傾向が確認されたのです。
研究チームは「身体的苦痛と心理的苦痛は前帯状皮質という神経回路を共有しており、生物学的に同じシステムを用いていることが報告している。そのため心理的な痛みであっても脳内では身体的な痛みと同様に感じているかもしれない」と述べています。
この心理的な痛みを身体的な痛みとして経験しているという考えは「痛みの共通性理論(pain overlap theory )」と呼ばれています。
それゆえ、罵倒によって身体的苦痛が緩和されたように、心理的苦痛でも罵倒で痛みが緩和される効果が生じたと考えられます
罵倒がどのようにして痛みを軽減させるのかについての明確なメカニズムはまだ分かっていません。
しかし最も有力な仮説は、罵倒などの攻撃的な言葉を叫ぶことが、闘争・逃走反応を生むというものです。
闘争逃走反応は、恐怖や危険が伴う状況で、生存のために戦うか、逃げるかの行動準備をする際に起きる生理的反応です。
そしてこの反応が起きると、交感神経系が活性化し、アドレナリンとコルチゾールが分泌されます。
これにより、痛みに対する感受性が低下し、長い時間我慢することができるというわけです。
これらの結果を考慮すると、タンスの角に足の小指をぶつけたときの「クソッ!」や昔にしてしまった恥ずかしい出来事を思い出すときに「あークソ―」と言うことは、実際のところ理に適った行動だと言えます。
例え普段は上品な人でも、痛みに対して思わず汚い言葉が出てしまうのは、知らないうちに罵倒と痛みの関係性を理解して、無意識のうちに実践しているからなのかもしれません。
参考文献
WTF! Swearing Can Enhance Your Pain Tolerance!
https://www.psychologytoday.com/us/blog/home-base/201804/wtf-swearing-can-enhance-your-pain-tolerance
元論文
Swearing as a response to pain
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/19590391/
Hurt feelings and four letter words: Swearing alleviates the pain of social distress
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/ejsp.2264
Repeating the “F” word can improve threshold for pain during an ice water challenge
https://www.psypost.org/2020/05/repeating-the-f-word-can-improve-threshold-for-pain-during-an-ice-water-challenge-56828
ライター
AK: 大阪府生まれ。大学院では実験心理学を専攻し、錯視の研究をしています。海外の心理学・脳科学の論文を読むのが好きで、本サイトでは心理学の記事を投稿していきます。趣味はプログラムを書くことで,最近は身の回りの作業を自動化してます。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。