アニサキスは、魚介類に潜んでいる小さな線虫で、そのまま食べてしまうと胃や腸の粘膜に頭を突き刺して暴れ回り、ひどい腹部の激痛を引き起こします。
これが「胃アニサキス症」です。
今のところ胃アニサキス症の治療薬は存在せず、内視鏡を使って摘出する以外に方法はないとされていました。
ところが近年の研究で、ラッパマークでお馴染みの「正露丸」がアニサキスへの殺虫効果を持つことが明らかになりつつあります。
そんな中、高知大学理工学部の研究チームは最近、SNSを使って「正露丸は本当にアニサキスに効くのか」を実態調査。
その結果、多くの人が正露丸を飲むことで胃アニサキス症への効果を経験していたことが判明したのです。
研究の詳細は、2023年8月8日付で科学雑誌『IJRPP』に掲載されています。
目次
- 正露丸はアニサキスに効くのか?
- 6割は正露丸の鎮痛効果を経験していた
正露丸はアニサキスに効くのか?
魚介類に寄生するアニサキスは特に、サバやカツオ、サンマ、アジ、イワシ、イカ、サケなどによく見られます。
お寿司や刺身など、魚を生で食べる文化のある日本ではアニサキスの感染リスクが高く、過去の研究では、日本で報告された食中毒の実に35%が胃アニサキス症となっているのです(Journal of General and Family Medicine, 2021)。
胃アニサキス症は、アニサキスが隠れている生魚を食べた後、数時間から12時間くらいまでに発症します。
これまでアニサキスを死滅させる特効薬は確認されておらず、病院で外科的に摘出する以外に治療法はないとされていました。
ところが2011年に、日本でよく知られる胃腸薬の「正露丸」を飲んだことで胃アニサキス症の症状が和らいだとする症例が2つ発表されました(Hepato-Gastroenterology, 2011)。
そこでは「正露丸の経口摂取により、腹部上部の痛みがわずか数分で鎮静化した」と報告されています。
しかしこの時点では、正露丸がアニサキスに効くことを科学的に示した証拠はなく、実際の効果も不明なままでした。
そこで高知大学理工学部の研究チームは2021年に「正露丸が本当にアニサキスを死滅させうるのか」を検証しています。
正露丸でアニサキスが死ぬことを実証!
チームはここで、細胞の生死判定ができる「トリパンブルー染色」を行いました。
これは死んだ細胞の組織に反応して青色に染まる液体を使った方法です。
実験では、0.1mol/Lの塩酸30mL(空腹時の胃液量とそれに含まれる塩酸濃度に相当)に正露丸3粒(1回の服用量)を溶かし、アニサキスを30分浸しました。
するとアニサキスは活動を停止し、全身が濃い青色に染まることが確認されたのです。
これは正露丸を入れなかったグループには見られなかったため、アニサキスは正露丸によって死滅することが実証されました。
つまり、通常量の正露丸を飲むだけで、体内のアニサキスを殺すには十分であることが支持されたのです。
これは発表当時、非常に話題となりテレビなどでも取り上げられていました。詳しい研究の内容はこちらの記事を参照してください。
この研究から、正露丸は世界初のアニサキス特効薬になりうる可能性が現実味を帯びてきました。
とはいっても、これは試験管内で見られた結果であり、より複雑な環境である人体で効果を発揮するかどうかは、当時の研究では分かっていませんでした。
そこで同チームはSNSを用いた症例調査でその実態を明らかにすることにしたのです。
6割は正露丸の鎮痛効果を経験していた
チームは今回、2015年4月4日〜2023年6月13日の間にSNSに投稿された「胃アニサキス症に対する正露丸の効果」に関する一般人の報告を集めて、分析しました。
記述の曖昧な数例を除くと、最終的に56件の報告が確認されています。
そして各々の内容を分析した結果、33件(59%)が「効果あり」、13件(23%)が「多少効果あり」、10件(18%)が「効果なし」と報告していることが判明しました。
「効果あり」と報告した人の症例では、次のように報告されています。
「刺身を食べた後、深夜に強烈な胃痛が周期的に襲ってきたが、深夜だったため、救急車を呼ぶのをためらった。
その最中、”アニサキスに正露丸が有効”という情報を得て正露丸を飲んだところ、ものの2〜3分で痛みが完全に消失した」
また別の報告では、
「カツオの刺身を食べた後、真夜中に強烈な胃痛に襲われたが、正露丸を飲むと、翌日病院に行くまでには痛みがほとんど消えていた。
病院で検査した結果、動きの止まったアニサキスが見つかり、まったく動いていないので簡単に除去できた」
と報告されています。
この他にも、多くの人々が正露丸の鎮痛効果を実感していることが分かりました。
また「多少効果あり」と報告した人では「正露丸の服用で痛みの周期が遅れ、ある程度の鎮痛効果が得られた」あるいは「胃痛をおよそ3分の1くらいまで和らげることができた」と述べられています。
一方で「効果なし」と報告した人では「正露丸を飲んでも症状はまったく改善しなかった」と述べられていました。
胃アニサキス症への正露丸の効果にムラがあるのはなぜか?
以上の調査から、過半数以上の人々が正露丸の鎮痛効果を経験していることが分かりましたが、反面、2割近くには鎮痛効果が出なかったことが示されています。
これについて研究者らは次の2つの理由を挙げました。
1つは胃の中の正露丸液がアニサキスを殺すのに十分な濃度に達していなかったことです。
例えば、正露丸が胃の中で完全に溶けきれなかったり、大量の水と一緒に飲んだ場合は、アニサキスの致死濃度に達しない可能性があるといいます。
もう1つはアニサキスが胃壁に深く刺さりすぎていることです。
最初に述べたように、アニサキスは胃や腸の壁に頭を突き刺して暴れ回りますが、あまりに深く突き刺さっていると正露丸液に浸り切らないので、死には至らなかったと考えられます。
それでもチームは今回の結果を受けて、大抵の場合、正露丸は胃アニサキス症の症状緩和のための応急処置として有効だろうと指摘しました。
チームは次のステップとして、より有効に効果が得られる正露丸の服用量や方法などを確立したいと話しています。
正露丸はあくまでも緊急用の処置であり、痛みがひどいからといって過剰に服用するのは控えましょう。
また症状が出た場合は、すみやかに病院に行って診察してもらうことをお勧めします。
参考文献
SNSによる症例調査:アニサキス食中毒に正露丸が効く(論文navi)
https://rnavi.org/108311/
元論文
Oral intake of a widely available gastrointestinal OTC medicine ‘Seirogan’is sffective for gastric anisakiasis(Anisakis food poisoning)
https://ijrpp.com/ijrpp/article/view/488
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。