健康のための運動でも、激しすぎると逆効果になるようです。
米パシフィック・ノースウェスト国立研究所(PNNL)は、消防士を対象とした高強度トレーニングの前後で、体の状態がどのように変化するかを調査。
その結果、激しい運動はウイルスへの免疫力を低下させ、風邪をひきやすくさせる可能性があると判明しました。
なぜ激しい運動は免疫力を低下させたのでしょうか?
研究の詳細は、2023年10月18日付で医学雑誌『Military Medical Research』に掲載されています。
目次
- 消防士たちに鬼のトレーニングを行ってもらう
- 運動直後にウイルスへの免疫力が落ちていた!
消防士たちに鬼のトレーニングを行ってもらう
適度な運動が免疫力を長期的に向上させることは数多くの研究で証明されています。
その一方で、スポーツ選手や消防士など非常に”激しい運動”を要求される職業もあり、その場合は疲労などから健康上メリットだけでなく、デメリットも発生させると考えられます。
ただ、”激しい運動”が健康リスクにどのような影響を与えるのかはよく分かっていません。
そこでPNNLの研究チームは、現役の消防士11名(男性)に協力してもらい、高強度トレーニングの直後に身体状態がどう変化するかを検証しました。
実験ではカリフォルニア州南部・サンタクラリタの丘陵地で行われ、消防士たちは防火服・ヘルメット・手袋・ゴーグル・懐中電灯など、消火活動をするときと同じ格好をします。
各人は最大20キロの重量を装着した状態で、太陽の照りつける丘陵地帯を45分間にわたりランニングさせられました。
トレーニング終了後、消防士たちはすぐさま医療用テントに直行し、血液・唾液・尿などの液体サンプルを採取されます(トレーニング前にも採取済み)。
そして研究者らは、液体サンプルに含まれる4700以上の分子(タンパク質・脂質・代謝産物)を詳しく調べ、トレーニング前後で身体状態を比較しました。
研究主任のクリスティン・バーナム=ジョンソン(Kristin Burnum-Johnson)氏は「激しい運動直後の疲労が身体に及ぼす影響の効果を知りたかった」と話します。
果たして、消防士たちの体にはどんな異変が起こっていたでしょうか?
運動直後にウイルスへの免疫力が落ちていた!
分子データを調べた結果、まずは事前の予想通り、激しい運動によって生じた体のダメージを回復させるのに必要な分子が増加していることが分かりました。
例えば、筋肉組織の修復、体液パランスの維持、急に増加した酸素消費に対応しようとする体の反応が認められています。
具体例を一つ挙げると、激しい運動後には「オピオルフィン」という分子が増加していましたが、これは筋肉への血流を増加させたり、酸素や栄養素の供給を促進する働きがあるといいます。
ところが唾液サンプル中の分子を調べてみると、炎症反応を起こすのに関わる分子が大きく減少していたことが判明したのです。
これは運動直後の消防士の体内で炎症反応が少なくなっていることを意味しており、一見すると、体にプラスの効果が出ているように聞こえるかもしれません。
確かに、体内の炎症はそれが頻繁であったり慢性化すると、細胞や血管が傷ついて劣化し、様々な病気を引き起こす原因となります。
しかし一方で、炎症は体内に細菌やウイルスが入ってきたときに免疫系が働いて、それらの異物を排除しようとする防御反応でもあります。
つまり、炎症反応とは生きていく上で必要なシステムであり、炎症が起こらないということはウイルスに対して免疫系が脆弱になっていることを意味するのです。
この結果を受けて、同チームのエルネスト・ナカヤス(Ernesto Nakayasu)氏は「健康な人であっても、激しい運動の直後には免疫力が落ちることでウイルス性呼吸器感染症(いわゆる風邪)にかかりやすくなる可能性がある」と指摘しました。
実際に過去の研究でも、激しいトレーニングをしたアスリートは、それをしなかった対照群と比べて、その後の数日間でウイルス性呼吸器感染症にかかる確率が最大で2倍になることを示した結果も報告されているのです。
炎症自体が少なくなるのは理にかなっている?
ただ研究者によると、「激しい運動直後に炎症反応が少なくなること自体は理にかなっている」という。
彼らの説明では、呼吸器系の炎症が少なくなれば、呼吸と血流の改善に役立ち、より素早く効率的に空気を吸って、体内に酸素を運ぶことができるのです。
要するに、激しい運動直後の体は、今もっとも体に必要な呼吸や血流を確保するために炎症反応を少なくしていると予想されます。
それを踏まえると、試合前のボクサーが風邪をひきやすいのは、減量苦などの他に、ハードトレーニングによる免疫低下が関係しているのかもしれません。
他方でチームは本研究について、健康で活動的な消防士の男性のみを対象としている点で限界があると注意しました。
そこで今後は幅広い年齢層や活動量の男女を対象に同様の反応が見られるかどうかを調べたいと考えています。
参考文献
Vigorous Exercise, Rigorous Science: What Scientists Learned from Firefighters in Training
https://www.pnnl.gov/news-media/vigorous-exercise-rigorous-science-what-scientists-learned-firefighters-training
Study Finds a Potential Downside to Vigorous Exercise We Didn’t Know About
https://www.sciencealert.com/vigorous-exercise-may-have-a-concerning-effect-we-didnt-know-about
元論文
Elucidating regulatory processes of intense physical activity by multi-omics analysis
https://mmrjournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40779-023-00477-5
ライター
大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。
編集者
海沼 賢: 以前はKAIN名義で記事投稿をしていましたが、現在はナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。