もしヒトデに帽子を被せるとしたら、どこにしますか?
ヒトデの真ん中?それとも星形に伸びた5つの腕のどれか?
バカげた質問と思うかもしれませんが、生物学者にとっては実に深刻な問題となっています。
というのも人や犬、鳥などを見れば、どっちが頭でどっちがお尻かは一目瞭然ですが、ヒトデは5本の腕でどの方向にも進めるため、体の前と後ろが分からないのです。
中には「ヒトデには頭がなく、5本の腕だけで動いているのではないか」とする意見もありました。
しかし、どうやら真実は逆だったようです。
米スタンフォード大学(SU)の最新研究により、ヒトデの体のほぼすべては「頭部」に関連する遺伝子からなり、頭が5つに分かれた存在と言えることが判明しました。
雑に言うと、ヒトデは”歩く頭”だったのです。
研究の詳細は、2023年11月1日付で科学雑誌『Nature』に掲載されています。
目次
- 謎すぎるヒトデの体
- ヒトデは「歩く頭」だった!
謎すぎるヒトデの体
人を含む大半の動物の体は、体軸を中心線として鏡写しのようなシンメトリーになっており、これを「左右相称(bilateral)」と呼びます。
一方で、ヒトデの体はどうなっているでしょうか。
ヒトデはウニ・ナマコ・ウミユリなどと共に「棘皮(きょくひ)動物」というグループに属します。
ヒトデの幼生は、オスとメスの体外受精でできた受精卵から生まれ、1〜2カ月を海中で浮遊しながら過ごします。
実はこのときまではヒトデの体も左右相称になっていますが、海底に定着して成長する中で、ヒトデらしい星形に変わっていくのです。
このように左右相称ではなく、5つの同じ部位が中心から放射状に並んだ形を「五放射相称(pentaradial)」と呼びます。
ヒトデが「左右相称→五放射相称」に変わる仕組みはいまだ未解明であり、何世紀にもわたって生物学上の謎となっています。
それに付随して、5つの器官は「腕」という認識で合っているのか、また「頭」はどこに位置するのかもよく分かっていません。
一般の私たちの目から見ると、5つの突起があるのだから、1つが頭で、残りの4つは腕2本と足2本と理解すればいいのではないかという気もしてしまいますが、人での体は専門家も首をひねる不思議なものなのです。
そこで研究チームは今回、最新の科学技術を使って、ヒトデの遺伝子発現における3Dマップを作成し、腕や頭などの発生にかかわる遺伝子がヒトデの体のどこに位置するのかを調べました。
ヒトデは「歩く頭」だった!
本研究にあたってチームは、身体部位の発生に関連することが知られる遺伝子マーカーを使用しました。
これらの遺伝子マーカーは、例えば「頭は〇〇遺伝子」「腕は△△遺伝子」にというように、どの遺伝子がどの身体部位を作り出すかを教えてくれるものです。
しかもこれらの遺伝子マーカーは、哺乳類や鳥類、魚類、昆虫、さらには線虫に至るまで、あらゆる生物グループで同じものが共有されていることが分かっています。
つまり、他の動物たちの遺伝子マーカーを調べて、それをヒトデと比較すれば、ヒトデにおける頭や腕がどこに位置しているかが特定できるのです。
(遺伝子マーカーの一例に「Hox遺伝子」があり、これは体軸に沿った様々な形づくりの基盤となる重要な役割を担っている)
今回の研究では「パトリア・ミニアータ(Patiria Miniata)」というヒトデ種を対象にしました。
チームはまず、ヒトデの各部位から薄くスライスした組織サンプルを取り、ヒトデの体を3Dで再構築しています。
こちらがその3Dモデルで、それぞれ骨格(灰)・消化器官(黄)・神経系(青)・筋肉(赤)・水管系(紫)を示しています。
(ちなみに薄くスライスする程度であれば、ヒトデは死なずにその部位を再生できると注意書きされている)
そして次に、ヒトデの体内のどの場所でどんな遺伝子マーカーが発現しているかをマッピングしました。
その結果、これまで「腕」と考えられてきた5つの部位は、実際は「頭」であることが判明したのです。
端的に言って、ヒトデの体はほぼすべてが頭部に関連する遺伝子を発現しており、頭が5つに枝分かれしているような状態にありました。
他方で、左右相称動物に見られる腕や胴体を発現する遺伝子がほとんど存在していなかったのです。
これを受けて、研究主任のローラン・フォーマリー(Laurent Formery)氏は「まるでヒトデが胴体を完全に失っているかのようでした」と指摘。
つづけて「頭だけが海底を歩き回っていると表現するのが最も適切だと思われました」と話しています。
まさにヒトデは”歩く頭”だったのです。
となると、スポンジボブに登場する「パトリック・スター」はすべての突起に目と口を付けないといけないかもしれません。
本研究の成果は、ヒトデがその進化の過程で胴体を形づくる遺伝子を失くしたことを示唆しています。
同チームの一人で英サウサンプトン大学(University of Southampton)のジェフ・トンプソン(Jeff Thompson)氏は「私たちの研究は、棘皮動物のボディプランがこれまで考えられていた以上に複雑な形で進化しており、これらの興味深い生物について、学ぶべきことがたくさんあることを示している」と述べました。
参考文献
Study reveals location of starfish’s head https://news.stanford.edu/2023/11/01/study-reveals-location-starfishs-head/ Long presumed to have no heads at all, starfish may be nothing but https://phys.org/news/2023-11-presumed-starfish.html Starfish Are Basically Bodiless Heads Crawling Around The Ocean, Scientists Say https://www.sciencealert.com/starfish-are-basically-bodiless-heads-crawling-around-the-ocean-scientists-say元論文
Molecular evidence of anteroposterior patterning in adult echinoderms https://www.nature.com/articles/s41586-023-06669-2