今から約6600万年前、巨大小惑星が地球に飛来し、メキシコ・ユカタン州の沿岸部へと衝突しました。
チクシュルーブ衝突体として知られるこの隕石は、直径180キロ・深さ20キロにおよぶクレーターを残し、膨大な量の粉塵を巻き上げ、空を暗黒で覆い、巨大な津波を引き起こし、それまでの地球環境を破壊して恐竜を含む全生命の4分の3(75%)を死滅させたと考えられています。
ここまでは研究者の間でも意見の一致した学説です。
一方で、この隕石の巻き上げた粉塵が、どのような成分を主体としており、どの程度の期間残留し、どのように地球環境に影響したのかは判然としていません。
しかしベルギー王立天文台(ROB)は最新研究で、衝突で巻き上がった粉塵は「ケイ酸塩」を主成分とし、地球上の光合成を2年間に渡って完全に停止させ、粉塵が完全に消えるまで最長15年を要した可能性を報告しました。
これは恐竜たちの時代を終わらせたK-Pg境界の大量絶滅が、具体的にはどのような現象によって引き起こされたかを詳しく説明するものです。
研究の詳細は、2023年10月30日付で科学雑誌『Nature Geoscience』に掲載されました。
目次
- 仮説の証明への道のり
- 隕石衝突により何が起こっていたのか?
仮説の証明への道のり
長らくの間、チクシュルーブの衝突で巻き上がった粉塵は、上空を覆って太陽光を遮り、地球を冷却して、植物の光合成を停止させ、食物連鎖を破壊させたとの仮説が唱えられていました。
この説は1980年に初めて提唱されましたが、その証拠となる十分な粉塵サンプルが見つかっていなかったため、2000年代初めに一度否定されています。
実際、当時の粉塵サンプルは「K-Pg境界(※)」のわずか1センチの厚さの地層から採取されたもので、それだけではとても「地球に長い冬をもたらした」と断言するのに十分ではありませんでした。
(※ K-Pg境界とは、中生代の白亜紀と新生代の古第三紀の境目にあたる約6550万年前の地層のこと。隕石衝突後の余波の痕跡を残していることで有名)
そこで研究チームは今回、アメリカ北部ノースダコタ州タニス(Tanis)にあるK-Pg境界の地層で、深さ1.3メートルにおよぶ堆積物から40のサンプルを採取しました。
タニスはチクシュルーブ・クレーターから北に約3000キロの場所にあり、隕石衝突後に発生した粉塵やススなどが豊富に堆積しています。
チームはサンプルから採取された粒子のサイズを測定し、何が大気中に放り出されたかを調べました。
では具体的に、隕石の衝突後にはどんな惨劇が起こっていたのでしょうか?
隕石衝突により何が起こっていたのか?
チームは得られた粒子のデータを地球大気のコンピューターモデルに入力し、シミュレーションを実施。
その結果、隕石衝突後の1週間以内に直径0.8〜8マイクロメートルの微小な「ケイ酸塩」の粉塵が全球規模で移動し、地球の上空を覆っていたことが示されました。
このサイズは一般的なヒトの毛髪の直径(50マイクロメートル)よりも小さいものです。(1マイクロメートル=1000分の1ミリメートル)
これらケイ酸塩の粉塵は、隕石が地上の岩石を粉砕した衝撃で発生したものと考えられています。
さらに、隕石の衝突熱により岩石が蒸発し、硫黄を含んだガスが生成され、大気の上層で冷えて小さな粒子になったことも分かりました。
加えて、大規模な山火事も発生し、大量のススや灰も上空に放出したことが特定されています。
それだけでなく、隕石の衝突は、地球上のすべての大陸に対し高さ1.5キロもの巨大津波を引き起こしました。
また2004年に起きたスマトラ島沖地震のおよそ5万倍も強力な地震活動も発生させたと推定されました。
隕石の衝突でさまざまな惨劇が地球を襲ったわけですが、しかしこの中で生命にとって最も致命的となっていたのは「ケイ酸塩」の粉塵でした。
最も致命的だったのは「ケイ酸塩」の粉塵
チームの分析によると、非常に微小で軽い「ケイ酸塩」の粉塵はまたたく間に全球規模で広がり、上空を覆いました。
この出来事は地球全体を暗闇で覆い、太陽光を遮って、約2週間以内に植物の光合成を停止させたと推測されます。
そしてこの完全な暗闇は隕石の衝突から1.7年(620日)にわたって続き、一部の植物が光合成を再開できるまでには少なくとも4年を要したとのことです。
研究者いわく「これは陸上と海洋の両方の生息地に深刻な問題をもたらすのに十分な時間スケールである」といいます。
光合成がストップし植物が死滅し始めたことで、食物連鎖のネットワークが崩壊し、植物を食べていた草食動物、そして草食動物を食べていた肉食動物たちは次々に死んでいったでしょう。
加えて、他の硫黄や煤煙の粒子が比較的早く地上へ落下し始めるのに対し、ケイ酸塩は最長15年間も大気中に浮遊しつづけ、その間に地球の平均気温を15°Cも低下させたと推定されました。
研究主任のセム・ベルク・セネル(Cem Berk Senel)氏は「これまで考えられてた以上に、微小な粉塵が気候変動や生態系の崩壊に及ぼした影響は大きかったことが確認された」と述べています。
こうして長く続いた恐竜時代が終わるとともに、多くの動植物も姿を消すことになりました。
しかし、それでも生命は生き残る道を見つけていました。
地球規模の惨事を耐え抜いた鳥類や哺乳類、昆虫、魚類たちが、新しい世界を築き上げていったのです。
彼らの頑張りがなければ、今日の私たちも存在してはいなかったでしょう。
参考文献
Dust played a major role in dinosaur demise https://www.astro.oma.be/en/dust-played-a-major-role-in-dinosaur-demise/ Ancient ‘Black Box’Hints at What Really Killed The Dinosaurs https://www.sciencealert.com/ancient-black-box-hints-at-what-really-killed-the-dinosaurs Dust from the dino-killing impact ushered in years of global darkness https://www.livescience.com/planet-earth/dust-from-the-dino-killing-impact-ushered-in-years-of-global-darkness元論文
Chicxulub impact winter sustained by fine silicate dust https://www.nature.com/articles/s41561-023-01290-4