カンブリア紀やエディアカラ紀よりも遥かに前の時代です。
スペインのゲノム制御センター(CRG)で行われた研究により、ニューロンの起源となる細胞が約8億年前に生きていた単純な多細胞動物「平板動物」に存在していたことが示されました。
平板動物は脳も筋肉も消化器官も持たない「最も単純な動物」であり、形もドロドロとした不定形となっています。
しかし研究者たちが平板動物を構成する細胞を詳しく分析したところ、神経ペプチドを放出して他の細胞の運動を制御している、ニューロンに極めてよく似た細胞が存在することがわかりました。
研究者たちは平板動物で発見されたニューロンそっくりの細胞は、脊椎動物や昆虫、ヒトデやクラゲなどさまざまな種でみられるニューロンの起源であると述べています。
8億年前と言えばカンブリア爆発が起きたカンブリア紀(5億4200万年~4億8830万年前)や、アヴァロン爆発が起きたエディアカラ紀(6億2000万年~5億4200万年前)よりもさらに古い原生代(クライオジェニアン紀)となります。
そんな時代の生物が、なぜニューロンに似た細胞を必要としたのでしょうか?
研究内容の詳細は2023年9月19日に『Cell』にて公開されました。
目次
- 見た目が完全にアメーバな「動物門の異端児」
- ニューロンの起源は神経ペプチドの分泌細胞だった
見た目が完全にアメーバな「動物門の異端児」
現在の分類では、動物は大きく5つのグループ(門)に別けられることが知られています。
上の図からもわかるように、この5つのうち4つは人間、ヒトデ、海面、クシクラゲなど比較的メジャーな種が含まれていいます。
(※クラゲはヒトデと同じグループですが、クシクラゲは独自のグループを作っています)
しかし平板動物と呼ばれるグループは、多くの人にとって聞き覚えがないものでしょう。
平板動物は砂粒ほどの大きさしかない、ドロドロとした不定形の生物であり、主食となる微生物や藻類を丸呑みして体内で消化することで生きています。
平板動物がうまれたのはカンブリア紀やエディアカラ紀よりもさらに過去となる8億年前とされており、誕生以降ほとんど姿形を進化させていないと考えられています。
(※多細胞動物が誕生したのが10億年前と考えられています)
そのため現在において知られているのはわずか数種類であり、5つの動物門の中で最も種類が少なくなっています。
平板動物の体の構造は極めて単純となっており、体の厚さも細胞層が3つあるだけで、名前の通り全体的に平たい形をしています。
移動方法は主に繊毛であり、増殖方法は分裂や出芽となっています。
そのためアメーバの仲間のように思えますが、列記とした「動物」の一種であり、生命の木においても、海綿やクシクラゲのグループよりも、人間のほうに近い存在となっています。
しかし、そんな人間に近いハズの平板動物は、神経や筋肉、消化管といった動物にとって大切なあらゆる器官が存在しません。
先に述べたように、増殖方法も主に分裂や出芽であり、人間に近い部分はほとんどないように思えます。
(※平板動物も一応、卵子を作って有性生殖することも可能ですが、生殖器官はなく、体の細胞の一部が卵子化するだけです)
そこで今回、ゲノム制御センターの研究者たちは平板動物の体を徹底的に調べ、どんな細胞で構成されているかを調べることにしました。
器官レベルでは一致していなくても、細胞レベルでは人間に近い何かが潜んでいる可能性があったからです。
すると平板動物は主に9種類の細胞型が存在し、それぞれの細胞型が状況に応じて他の種類に変身できることが判明しました。
ですが最も興味深かったのは、神経伝達物質(神経ペプチド)を放出している奇妙な細胞「ペプチド作動性細胞」の存在でした。
脳も神経もないドロドロした細胞の塊にすぎない生物が、なぜ神経ペプチドを作る必要があったのでしょうか?
ニューロンの起源は神経ペプチドの分泌細胞だった
なぜ単純な平板動物に神経伝達物質(神経ペプチド)を放出する細胞があるのか?
謎を確かめるため、研究者たちは、神経ペプチドを放出している「ペプチド作動性細胞」が他の細胞とどのように相互作用をしているかを徹底的に調べました。
すると驚くべきことに、ペプチド作動性細胞から放出された神経ペプチドが特定の細胞にキャッチされると、まるでニューロンからの刺激を受けた筋肉のように、平板動物の運動パターンが変化することがわかりました。
またペプチド作動性細胞は人間のニューロンと極めて類似性が高く、ニューロン同士の連結部にあるシナプス前終末と呼ばれる部分を構築するタンパク質を持っていました。
通常のニューロンは「シナプス前終末」から神経ペプチドなどを放出して、細胞間をまたいで信号を伝達します。
平板動物のペプチド作動性細胞も同様に、神経ペプチドを分泌することで化学信号を使った細胞間の情報ネットワークを形成していたのです。
一方で、ペプチド作動性細胞は電気信号を伝達する機能がなく、ニューロンに存在するシナプス後半部分の受信端が存在しないことが判明しました。
そのためペプチド作動性細胞は真の意味でのニューロンとは言えません。
しかし研究者たちは、ペプチド作動性細胞とニューロンの類似性は極めて高く、ペプチド作動性細胞を使った神経系が、ニューロンを使った神経系の前に存在していた可能性あると述べています。
(※この電気を使わず化学物質のみで情報伝達を行う仕組みは「化学脳仮説」と呼ばれています)
人間や昆虫など幅広い動物が使う現代的なニューロンが登場したのは6億5000万年前と考えられています。
もしかしたら平板動物が誕生した8億年前から現代的なニューロンが誕生する6億5000万年前までの1億5000万年間は、動物たちの脳で行われる情報伝達は、全てペプチド作動性細胞に依存した化学信号で行われていたのかもしれません。
また今回の研究により、遠く離れていると思われていた人間と平板動物が、細胞レベルでは類似点があることが示されました。
研究者たちは、単純な平板動物にニューロンの起源があるのならば、平板動物は動物の神経系の成り立ちを知る上で最良のモデルとなると述べています。
というのも、現代的なニューロンのひな型となるペプチド作動性細胞を用いた神経系や脳がどのように形成されたかを知ることができれば、神経とは何か、あるいは脳とは何かを解明する手掛かりになるからです。
平板動物は人間よりも遥かに単純な生物ですが、情報伝達システムは見た目によらず、かなり洗練されているのかもしれません。
参考文献
Tiny sea creatures reveal the ancient origins of neurons https://www.crg.eu/en/news/tiny-sea-creatures-reveal-ancient-origins-neurons元論文
Stepwise emergence of the neuronal gene expression program in early animal evolution https://www.cell.com/cell/fulltext/S0092-8674(23)00917-0?_returnURL=https%3A%2F%2Flinkinghub.elsevier.com%2Fretrieve%2Fpii%2FS0092867423009170%3Fshowall%3Dtrue#%20